+ 抱き締めて +
















ぎゅって、抱き締めて

ねぇ、力強く抱き締めて















 カズマは呆れていた。そして疲れていた。
 目の前には尊大な態度でふんぞり返る10歳程の少年が一人。碧い髪に深紅の瞳の少年の名は劉鳳。胸の前で腕を組みカズマを真っ直ぐに睨み付けている態度は、どこまでも偉そうだった。

 カズマは己が額を抑えて溜息を吐く。
 少年の要求は一つ。

「抱き締めろ」

 カズマは指の間からちらりと劉鳳を覗く。
 相変わらず偉そうにふんぞり返ったまま、自分を見上げる深紅の瞳に、カズマは再び腹の底から息を吐き出すのだった。



 いったい何があってこうなったのか。
 ことの始まりは今朝のこと。

 朝目覚めてみれば、ぬくぬくとしたシーツの中。いつもの温もりを無意識の内にも求めて寝返りを打ったカズマに、しかし彼の求める温もりは見つからない。
 いぶかしんでぼんやりと琥珀の瞳を見開けば、やはり期待した姿はなく。
 なんとなく。
 どうしようもないほどの心細さに見舞われて、シーツをはだけて上体を起こして見つける。

「……」

 普段見慣れた彼よりもずっと小さなその姿。
 カズマは言葉無く半眼になった。





 そんなこんなで劉鳳を起こして原因究明に乗り出そうかと思った矢先。
 深紅の瞳はあくまで正気のまま。

「抱き締めろ」

 と、ふんぞり返ってくれた劉鳳。

「お前…なんでそんな余裕でいるんだよ」

 普通は慌てるとかなんとかするだろうが。
 目覚めて現状況を確認して第一声が「抱き締めろ」とはいったい何なのか。

「何を云っている。こんな時でもなければお前は素直に俺を抱き締めたりはしないだろう」

 こんな時でも…というか、こんな時だからこそ抱き締めている場合ではないのでは?

 とか、カズマは思ったりしたのだが、こういう時の劉鳳に何を云っても無駄。ということは痛いほど理解している。
 よって口を噤んだ。

「って、だからってなんで抱き締めろなんだよ」

「せっかくだからな。常日頃から抱いている願望を叶えようかと」

「常日頃なのか?」

「ああ」

 カズマの疲れが2倍に増した。
 がっくりと頭を項垂れるカズマを深紅の瞳は不思議そうに見つめる。

「…とりあえず、ホーリー行って黒髪の姉ちゃんあたりにでも相談してこい」

 カズマの言葉に劉鳳は無言で顔を顰める。
 何が悲しくてこのような姿を進んで大勢の目に晒さねばならないというか。

「必要無い。お前が俺を抱き締めれば全て解決する」

「全て解決って…なんでだよ?…って、まさかお前……」

「……」

「…アルター使いやがったのか?!」

 こんなことのために。

「悪いか」

「悪いっつーか」

 呆れて言葉も無い。
 なんで今日は朝からこんなに疲れなければならないのだろうか。自分の日頃の行いはそんなに悪いのか?!
 カズマは頭の中がぐるぐるとして眩暈が起きそうだった。

「器用な奴…」

「お前が不器用なだけだ」

 皮肉のつもりで云えば、さらりと返されてしまい、カズマは憮然と顔を顰めた。
 小さくなった劉鳳はなんだかんだいってかわいいのだ。現在の彼の面影も残っていて、どこか切ない思いに捕らわれる。
 けれどそんな思いは絶対に云ってなんかやらない。
 カズマは固く心に誓った。

 早く戻って欲しくて云っているのに。
 心配している自分が馬鹿みたいだ。

 だから絶対に云ってなんかやらない。


 やっぱり、今の君が恋しいだなんて。


「で?どうするんだ?」
 素直に抱き締めるのか?それとも抱き締めないつもりか。

「俺が抱き締めなかったお前、どうするつもりなんだよ」

 そのまま子供の姿でいるつもりなのだろうか。
 仕事も?

「お前の前でだけこの姿でいるのも悪くないが」

「マジ…」

 カズマは嫌そうに顔を顰める。

 嫌。
 だって、それじゃあ自分は?
 彼の腕の中がこんなにも恋しい。

「……」

 だから。

「今回だけだからな」

 ぶっきらぼうに。
 それでも愛しいその人をぎゅっと力いっぱい抱き締める。

 暖かい。

 その人はやっぱり暖かい。
 その温もりにぼんやりとしていると、嬉しそうに細められた深紅の瞳が写るから。だんだんと近付いて…唇に触れる暖かい感触。


 ああ、そうか。


 いつも、自分は彼にこうやって抱きしめてもらっていて。
 こうやって抱き締められていて。
 そうしていると。
 今度は、その腕の中の愛しい人に、自分が与えるのと同じくらいの力で。それ以上の思いで。
 いっぱい、いっぱい。強く。きつく。


 抱き締めて欲しくなる。


 抱き締めている自分と同じように。
 君に抱き締めて欲しくなる。

「だからって…わざわざんな姿になる必要ねェじゃん」

 心配したんだから。

「……」

 劉鳳は僅かに苦笑しただけで、何も云わなかった。





 それは決して意図してやったことではなくて。
 幼い子供のように。
 愛しいあなたに抱き締めて欲しかっただけだとは。
 思いっきり甘えたかっただけたとは。
 それが積もりに積もって、無意識の内にアルターを使っていたのだとは。

 口が裂けても云えない真実。





















ねぇ、ただ、抱き締めて

それだけで安心できるから




















----+
 あとがき +-----------------------------------------------------


 橘ハルキ様に捧げます。19001hitリク小説です。
 リク内容は「チビ劉鳳の我侭にウンザリしつつも流されるカズマ」でした。
 劉鳳の性格は大きい時のままで。ということで…こんなになりました(汗)
 物凄く物凄く物凄〜くお待たせした挙句がこれ。一気に書き上げてこれ。
 はじめはちょっとパラレルっぽくして、ちび(お金持ち)劉鳳にお使えするカズマたん
。とか書こうかと思ったりしたのですが、まるで裏にでも置くようなパラレルになりそうだったので却下。
 リクに応えられているとよいのですが…む、無理っぽいですね。
 本当にすみませんでした!!(←他に云うべき言葉が見つからない…)

-------------------------------------------------------+ もどる +----