+ 安心して +















気まぐれな猫
だからいつも不安
いつだって、不安















 一週間に一度。この曜日。
 その日のために、いつもとても気を使っている。残りの曜日――六日間。すべてをそのたった一日のために使っている。そのくり返しの日々。けれど決して嫌にはならない。
 一週間に一度。いつも決まった曜日の決まった時間。
 あの、気まぐれで愛しいその猫がやって来るのですから。





 いつもこの曜日は決して残業などいれない。
 決して余計な仕事などいれないようにし、他のことには目もくれずにその日は仕事をためることのないように黙々と作業を続け、大多数の人間がそろそろ夕食にでもしようかと思う頃――思うよりも大分前――には家に帰りつき、決してその待つがまったくもって苦手な愛しい猫のために食事を整えておくのだ。

 整えておくのは食事だけではない。なにせその猫は気まぐれで飽きっぽい上に短気だ。
 食事をし、しばらくはその満足感から動くことも億劫だからといわんばかりに、大人しく自分の膝の上で抱かれてくれるが、少しでも機嫌を損ねる。もしくは飽きればふらりとどこかへ行ってしまうのだ。

 その猫の大好きなふかふかのソファーもクッションもきちんと用意しておいてあげたい。そこに温かそうに、気持ち良さそうに擦り寄り、寝転がるその姿が何よりもかわいらしいから。
 決して苦にはならないそのいつもの作業が、何よりの楽しみなのだ。
 準備をしながらその猫の姿を思うだけで、心が温かくなる。思わず笑みが零れてしまう。

 それなのに…。今にも己がアルターで職場と同僚を粉々に吹き飛ばしいたい衝動――つまりはただのやつあたり――を、どうにか抑え込み碧い髪に深紅の瞳の彼――劉鳳は、眉間に寄った幾筋もの皺を隠すこともできずにじっと黙り込んでいた。
 彼が今いるのはHOLYの巡回用トレーラーの中。午後から夜にかけての巡回を、彼は行なっている最中だった。

 本来であれば今日この日のこの時間の担当は彼ではないのだ。彼にはどうしてもはずせない重要な用事――とは云い難いが、本人は何よりも切実な予定がある。にもかかわらず彼がここにいるのは、今日のこの日のこの時間に本来の担当であるはずの彼の同僚が、急に病(やまい)を発病――おそらくはただの風邪。無理をすれば仕事ができないこともない――させ、その同僚とチームを組んでこの日の巡回に当たっているもう一人の同僚の女性――今現在彼の隣で至極幸せそうに微笑んでいる――シェリス=アジャーニの鬼気迫るほどの要求に、彼らの上司であるHOLY隊長マーティン=ジグマールが職権乱用よろしく有無を云わせず命令したからであった。

 劉鳳の機嫌は今だ急降下中。
 もうそろそろ星が明るく輝く頃だ。もう絶望的。猫は帰ってしまっているだろう。
 いや、それだけならまだいい。一番恐ろしいのは――。

「――もう、二度と来ないこと、か…」

 劉鳳は溜息混じりに呟いた。思わず零れた…そう云った方が正しいかもしれない。
 猫は気まぐれで、飽き易いから。すぐに忘れてしまうから。だから、一度でも自分が無視されたと思えば…確実に寝床が手に入らないと思えば、すぐにもうまた別の寝床を見つけ、もう二度と寄りつかなくなってしまうかもしれない。
 いつまでも外で待つくらいなら、その猫はさっさとそこを離れるだろう。そして、もう二度と来ない。

「来ないって…誰が?」

 笑顔で覗き込んで来たのは青い髪の鮮やかな少女だった。シェリス=アジャーニ。彼の同僚の一人で、今現在においては彼の機嫌下降の一因を作った人間でもあったりする。
 劉鳳は急に飛び込んできたシェリスの表情に、自分が思わず声を漏らしていたと云うことに気が付いた。それまで考え込むように俯き、腕を組んだまま腰掛けていた椅子からわずかに腰を上げ、彼女の真っ直ぐな視線から逃れる。

「いや…なんでもない」

 毎日通ってくる猫。
 猫が通って来なくなるのを恐れている…とは、口が避けても云えない。ましてやその猫に会えないから機嫌が悪いなどとは…。

「もうそろそろ巡回も終了だな」

 何事もないかのように立ち上がり、彼は無理矢理話を逸らした。上手い具合にごまかす。そんな器用なことは、彼には不可能だった。





 漏れるのは溜息ばかり。
 家路を辿る足は重い。

 空には月がくっきりとその姿を写し出し、家々の明かりはもうすっかり消えている。
 そんな時刻。
 劉鳳はそれでも希望が捨て切れなくて――自分でも女々しいと、胸中で苦笑を漏らしながらしながら――家路に付いていた。

「……」

 家の前に辿りつき。
 劉鳳は思わぬことに言葉をなくした。あまりの驚きに、ただ呆然と佇むことしかできなかった。

「なに呆(ほう)けてんだよ」

 なにもできずにいると、声が掛けられる。
 ずっと…今日一日ずっと。いや、いつもいつも求めてやまない声。琥珀色の瞳。
 いつも泪に濡れたように煌くその琥珀の瞳が、呆れと僅かな怒りを含ませて自分を。間違いなくこの自分を写している。

「カズマ…」

 猫の名前。
 呟けば、猫は怪訝そうな顔をした。

「あ?なんだよ?悪いモンでも食ったのか?」

 彼らしい。
 素直にそう思った。
 嬉しさに心が温かくなり、思わず笑みが零れそうになる――零れたらしかった。

「なに笑ってんだよ」

 不機嫌そうな猫の声。
 非難がましそうなその琥珀の視線。

「すぐに食事の用意をする」

 嬉しすぎて、心が云いようのない、なにかふわふわとしたもので満たされる。
 決して不快ではないそれを胸に抱(いだ)いたまま、彼は家の扉を開ける。
 扉を固く閉ざしていた鍵の開く音がする。猫が黙ってそれを見つめ、扉が開くのをじっと待つ。
 たったそれだけのことすらもが嬉しい。心が満たされていく。

 扉を開ければ当然のように家の中に滑り込むその猫。
 ああ…たったこれだけのことが、こんなにも自分を満たしてくれる。

 劉鳳は、猫の後姿を見つめ、またそっと微笑んだ。
 微笑まずには…いられなかった。





 食事をして、いつものようにふわふわのソファーに腰掛けて。そんな自分の膝の上。ころんと横になって転がるその猫に、劉鳳は躊躇いながらも尋ねた。―――なけなしの勇気を振り絞って。

「どうして…待っていたんだ?」
 ―――いつ帰るかも分からないのに。

「ん〜?」

 猫は気(け)だるそうに劉鳳に顔を向けた。
 眠たそうに下ろされた瞼から覗く、とろんとした瞳が深紅の瞳と重なった。

 よっと…。

 小さな掛け声と共に、勢いをつけて起き上がる。
 上半身を起こした状態になった猫は、劉鳳と向き会うようにして彼の太腿を挟む形で膝立ちになった。柔らかいソファーの上では、膝は少しも痛くならない。
 彼の肩に預けるようにして猫はその細い腕を――手首を、劉鳳の首に回した。じっと。見つめるようにして深紅の瞳を覗き込んだ。

 思わず見惚れた。
 だから反応が遅れた。

 猫は優しく微笑むと、そっと…。
 そっと、彼の流れるようにさらさらとした手触りの碧い前髪を掻き揚げる。
 覗いた額にそっと押しつける。

 やわらかな唇。

 しばらくして。
 劉鳳はきょとんと瞬(またた)いた。
 それからまたしばらくして。
 今度は顔を真っ赤に染め上げた。

 猫はそんな彼の様子を見て楽しそうに笑った。
 それからまた優しそうな瞳で。優しい微笑で。

「安心しろよ。…この日は、いつまでだって待ってやるから」

 一週間に一度。この曜日。
 この日は、あなたのもとで夜を過ごすと決めているから。


 彼は、その日はじめて猫を抱き締めた。















ただの気まぐれじゃないよ
ここに今いること
だから、安心して















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こめんと *--------------------------------------------------------

 劉カズ小説&イラストを見て回って心の洗濯(笑)
 日常生活の疲れで荒んでいた心が洗われるようでした。心が澄み渡るというか…(注/読んでいるのはすべて女性向けと呼ばれる小説ばかり)
 そんなこんなでどうしても書きたくなったラブラブ。意味もなくとにかく今の劉カズでラブラブ。純粋(女性向けで純粋っていうのもちょっとおかしいかもだけど)な甘々が書きたかったのです。最近あまりにもスクライドからはずれた感じのパラレル書いているので。いや、これも外れまくってるんだろうけど(汗)
 2時間くらいで書き上げたので所々おかしいかもしれない。ご愛嬌ってことで寛大な気持ちで許して下さい(爆)
 そしてなんとなく私の心の中での副題「原点に戻ってみようってか戻りたい」
 どうしても入れたかったのは「カズくん劉鳳のおでこにチュー(笑)」です。
 なんとか入って良かった良かった(^ ^)
 ご意見ご感想いただけるとたいへん嬉しいです。

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