+ 真夏の夜の夢 +















花火を見に行こう

















 
うだるような暑さだった。
 冬は凍えるほどの寒さで、動きたくとも動けないが、夏は余りの暑さに動けるの動く気力が湧かない。うまくいかないものだ。

 じりじりと照りつける太陽を肌に感じる。陽に焼けるということは、魚や肉がじりじりと炎にあぶられていることと同じ事なのだと…妙な納得を感じた。
 何もしないのに滲む汗が鬱陶しかった。

 空はこんなにも蒼く澄みきっているのに。雲はこんなにも白く輝いているのに。
 朝はこんなにも明るいのに。

 ああ…動く気がしない。

 そういえば。
 彼が、「ハナビ」を見に行こうと云っていたっけ。







 
まだまだ復興したというには程遠いここにも、分け隔てなく季節は巡ってくる。そんな余裕はないのだといわれてしまえばそれまでだが、しかし心にゆとりは必要だ。
 誰もが認めること。
 こんなにも空が澄んでいる時は、夜空にもきれいな大輪の華が咲くことだろう。

 花火が行なわれると聞いた。
 一緒に見たいなと思った。
 思えばきっかけなどそんなことなのだ。

 どんなに大きなことだってそう。
 きっかけはとても些細で、しかしどこまでも自分に忠実な大切な思い。

 会いに行こう。
 夏の明るい陽射しの下にこそ、彼の笑顔は良く似合う。


 






 
「ハナビ」とは夜にあるものだ。まだ小さい頃に、遠く壁の向こうに上がるそれを見、ただ何も考えずにみとれた記憶だけがある。
 兄貴と呼んだのはもう遠い日。車の上からだった。

 きれいだな、とか。
 空はつながっているんだ、とか。

 そんな小さなことも思い浮かばずに、ただみとれた。まるで奇跡のようだと思った。
 まだ、素直にそんなことを思えるくらいには、自分は一人でなくて守られている存在だった。

 「よる」の記憶だから、夜にあいつは来るのだと思っていた。
 別にあいつは何も云ってはいなかったけれど、あいつは夜に来て、花火をぼんやりと眺めて帰るのだと、なぜか納得していた。
 自分とそいつが並んであんなものを見ている図を思い浮かべ、なんとなく心に違和感なく収まってしまうことに苦笑も出なかった。違和感などに、気がつきもしなかったから。

 きっと、夏の暑さのせいだ。

 そう思うことにした。
 だって、空はこんなにも天気がいい。遠くの山まで見えるようだ。







 
ふと目に写った「それ」を思わず買ったのは、間違いなく衝動買いと呼んでもいい。
 それは「浴衣」だった。
 大きな華の絵柄の浴衣。
 紺の鮮やかなそれが目に写った時、彼の朱に良く映えるだろうと思った。彼の朱が浮かんだ。

 まだ陽の高い頃に彼の元に辿りついた。時間など決めていなかったけれど、いや、だからからか。彼はひどく驚いたように目を見開いていた。
 きれいな琥珀の瞳が瞬き、それでも自分を迎えてくれたことが、どこまでも嬉しかった。

 浴衣を渡すと、彼は案の定顔を顰めた。
 受け取ることはもちろん、着ることを躊躇う彼に「かなみとお揃いだ」と彼の義妹の名を告げれば、先ほどまでの表情はどこへ行ったのか。
 にっこりと笑んでそれを嬉しそうに受け取った。

 着方が分からないというから着せてやれば、それは思った通り彼に良く似合う。まるで彼のためにあるようだ。
 黄色の帯びと裾の方に大きくある赤い大輪の華。シンプルだからこそ美しいとは、こういうことを云うのだろうか。

 一緒に揃えで買ってきた下駄を履かせてやれば「歩きにくい」の一蹴と共に、以前それとは別に買ってやったスニーカーを取り出してきて足を通していた。

 一見ミスマッチなそれが存外にあって見えるのは、彼が真実かわいいからか。それとも恋は盲目と呼ぶものか。
 おそらくは両方だろうなと思う辺り、自分の脳はそうとう暑さにやられているらしい。

 暑さ。

 そう、これはすべて夏の暑さのせいなのだ。
 たとえ実際は違うにしても、そういうことにしておこう。

 今は、彼の楽しそうな笑顔が見れているそれだけが、すべてだと思えるのだから。







 
夜空がきれいだった。
 星がきれいなのか、空自体がきれいなのか。おそらくはその両方なのだろう。
 夜の闇に浮かぶ影すらもきれいだと思った。

 となりにはあいつがいる。
 暑さは昼間に比べれば随分落ち着いている。汗が滲むほどにはそれでも暑かったけれど。
 でも風が気持ち良かった。
 ここの外では、人工的に冷たい風を吹かせることが出来るらしい。部屋は夏でも涼しいそうだ。

 でも…と、思うのはこんなとき。
 風が気持ちいいと感じる。
 やわらかく吹くこんな風も、きっと悪くない。そう思う。

 となりにいる、人工的な冷たい風を知っているそいつにそれを云ったら、今ではもうたいして珍しくもない柔らかな瞳で微笑んで頷いたから、自分の感覚はまだ正常なのだと思うことにした。
 ほら、やっぱり、風は気持ちいい。

 「ハナビ」が上がった。

 それはあの頃に見たのと同じ。
 やっぱり、奇跡のようだった。







 
きらきらと輝いているのは夜の星でもなく。打ち上がるいくつもの花火でもなく。
 いつまでも子供のような彼の瞳だった。

 良かったと思う。
 彼を誘って。

 こんなにも、幸せなのだと。

 伝えたかった。

 今はもういない…愛しい人たちに。
 今、自分を思ってくれている愛しい人たちに。

 いま、このとなりにいる、彼に。誰よりも。















花火を見に行こう


この、夏の夜にきみと

















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こめんと *-------------------------------------------------------

 はじめてのスタイルをとってみました。いかがでしょう?
 久しぶりに小説を書いたのでリハビリな気分です。
 タイトルはなんとなくこれしかない!!と、思い込んでつけました。ただ単に「花火」でもいいといえば良かったのですが。
 カズマと劉鳳はいったいどんな状況なのでしょう(笑)
 最終回後なのは間違いなしです。ちなみにかなみちゃんは近くの村でカズマとは別々に暮らします。多分。別に一緒に暮らしてても全然OKですけどね。
 はじめはかなみも一緒に花火を見に行くとか、浴衣を着るとか、そんなことも考えていましたが、やっぱりほのぼの甘々二人っきりでね(←何が)
 しかし、はじめて文をカズマサイドと劉鳳サイドで左右に分けてみたのでいまいち感覚がわからない。右に寄せたら文字も右揃えにした方がいいのかな?
 ご意見ご感想おまちしております----------2002/07/21

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