+ 其は眠りにつき 第一…「-ai-其は夜の帳と供に」 +
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それはある夜のことだった。 大して珍しくもないパーティーのあった日。夜。 いつもと違うことがあったというのなら、それは「桐生水守」という自分よりも一つ年上の少女と出会いだろうか。そしてアルター能力を暴走させたこと。 たいした被害が出なかったことだけが、自分の心をぎりぎり慰めた。 こんな能力、欲しくなかったのに。 心はいつも叫んでいる。 そして自分はそれさえも押さえつける。 感情を殺していれば、誰も傷つかない。そして、誰かを傷つけて自分が傷つくこともない。 我慢ではないんだ。ただ、逃げているだけ。 パーティーの終了した後。母である桂華は劉鳳に一つペンダントを渡した。 緑の宝石の付いた、至極小さく控えめな…けれど上品な作りのものだった。 「これはね、以前にあなたのお父様が母様に贈ってくれたのよ。その前はあなたのお祖母様が、同じくお祖父様に贈られたっのですて。あなたがこの人だ、と決めた女性が現れたら贈ってあげて。これは、この世に二つとないもの。決して見失いたくない人、決して失いたくない人が現れた時に…」 桂華は不思議そうに自分とペンダントを見る息子――劉鳳に優しく云った。 そしてこれはその夜のこと。 結局のところ、この夜は特別な夜だったのだ。 寝入っていた。窓は閉じられていた。けれどなぜか目が覚めた。 ベットから身を起こすと、閉じられたカーテンの隙間から僅かに金の光が煌いた。猫か何かだろうか…。なんとなく――不思議な力にでも引かれていたのだろうか――カーテンを引く。 そこには血に塗れた自分とそう歳の代わらぬとおぼしき少女がいた。ぐったりと座り込み、しかし油断なくその美しい琥珀の瞳を真っ直ぐとこちらに向けている。 美しい瞳だった。思わず見惚れ、束の間息をするのも忘れる。劉鳳は無意識の内に喉を鳴らし、それによって漸く我に返った。 「て、手当てを…」 慌てて窓を開け、少女を招き入れようとした。 しかし少女はそんな劉鳳の手を払う。 強い拒絶に、劉鳳は驚きに目を見開いた。どうしていいか分からずに佇む。しばらくそうしていた。 先に行動を起こしたのは少女だった。まっすぐに、射るような視線を劉鳳に投げかけたままで、少女は口を開いた。 血の気の失せかけた、小さな口が動く。紡がれる言葉。まるでスローモーションのようだと思った。 「俺をどうする気だ」 少女の紡いだ言葉が耳から入り脳に届く。それでも劉鳳にはその意味を瞬時に解することはできなかった。目の前にいるのは怪我をして血を流してうずくまる少女。自分よりもずっと小柄で華奢に見える。発見したのならするべきことは一つだ。 手当てを―――。 「手当てを…しないと…それから、病院に―――」 だから言葉にした。 まるで熱に浮かされていたようだったなと、後で振り返って苦笑した。けれどそれはまだずっと先のこと。今は―――このときは、そう。確かに浮かされていたのかもしれない。 目の前の、見たこともないような強い意思をたたえた瞳に。命のみなぎる光に。ただ、浮かされていたのかもしれない。 「っ、いらねぇ。病院なんてうそつきやがって。ほんとはホールドにでも連絡するつもりなんだろうが」 激昂したりはしなかった。気分的にはそうだったのだろうが、少なくとも大声を出したりするようなことはしなかった。それくらいには冷静だったということなのだろう。 少女はつまりそれくらいにはこのような状況にも慣れているということなのだろうか。後々になってそう思い考え付いたときに感じた不快感は、今になってようやく理解できた感情。無意識の。 「そんなこと…そんなことしません!」 思わず叫んでいたのは劉鳳だった。あわてて口を紡ぐ。 誰も来ない。誰にも聞かれずにすんだのだろうか。 小さく深呼吸する。胸をなでおろす程度のものだが、それで少し落ち着いた。今度は声を普段よりもずっと落として言葉を紡いだ。けれど落としたのは声音だけ。その中に込める強さは変わらない。いや、先ほどよりも強く語る。主張する。しなければならない。無意識かもしれない。 そんなことは、どちらでもよかった。ただ、こんなに必死になったことも久方ぶりだった。 「怪我をしている人が目の前にいたら手を貸すのは当たり前のことです。困っている人を見捨てるような人間だとは思われたくありません」 「誰にも…俺のことは云わない?」 「あなたがそれを望むなら」 「……」 劉鳳は少女から視線をそらすことなく、まっすぐと正面からその瞳を見つめ返していた。少女の琥珀の瞳が、闇に同化するような亜麻色に光り輝いている。強い光に、けれど視線をそらしはしなかった。そらしてはいけないと思った。 おずおずと。少女がその腕を差し伸べてきた。 嬉しかった。心が一気に浮き上がるような。 そんな感じ。 劉鳳は差し伸べられた少女の手を取り、少女の傷に響かないようにそっと立たせて部屋に招きいれた。ベットの端に座らせて、急いで救急箱を持ってくる。 怪我は少女の右腕にあった。右腕のほぼ全体が傷になっていると云ってもいい。特にひどいのはその手の甲だった。けれど少女はそこには一切触れなかった。前からある傷で、決して治らないし、治すつもりもないからと。 部屋は暗いままだった。 明かりは点けなかった。考え付きもしなかった。 黙々と作業をした。 少女の腕を取り、その腕を洗い、消毒をし、包帯を巻いていった。 二人は無言だった。 「…サンキュな」 少女は照れたように頬を気持ちばかり朱らめて云った。そっぽを向いているのが――であって大して経ってもいないないのにこんな風に思うのはおかしいのかもしれないが――彼女らしいと思い、劉鳳は僅かに口端を上げた。 「もう帰る…な…」 寂しそうにそう云ってくれた少女のその態度が嬉しかった。少なくとも、少女は自分との別れを惜しんでくれているのだと思えたから。 けれど、ならばこそ余計に。 まだ、一緒にいたい。離れたくない。 「まだ…!もう少しいても…」 必死だった。 けれど少女は軽く首を横に振った。柔らかそうな赤茶けた髪がふわりと浮いて、揺れた。 「何でですか?!」 焦っていた。 必死だった。 どうにかして繋ぎ止めようと。 「アルター…」 「え?」 「俺…アルター能力者だから。壁の…外にいるから……」 少女は云った。その琥珀の瞳は、まっすぐと劉鳳の視線を捉えていた。 自分の顔がその融けるような金色の中に映っていることを、何かぼんやりとした心持ちで、劉鳳は眺めていた。 「あっ!待って下さい」 窓へと踵を返しかけた少女の姿が目に映り、慌てて声をかける。思わずその腕をつかんでいた。 先ほど感じた嬉しさも驚きも、何もかも忘れていた。一瞬で消えてしまった。 少女が去る。 ここから。 それが今一番重要なことだったから。それはなんとしてでも防ぎたい事象だったから。 「なんだよ」 警戒したような瞳の色。 劉鳳は自分の心に痛みが走ったのを感じた。けれど今はそれにかまっている暇はなかった。 「あの…名前を…教えてはいただけませんか?」 「名前?」 「はい。僕は、劉鳳っていいます。あ、あの…あなたは……」 どうしても知りたかった。 誰かをこんなに気にかけたのは初めてだと思った。 「何で?」 「…あなただから…です。きっと……」 「俺だから?」 「はい」 正直にいえば、なぜだなんてわからなかった。 問いたいのは、むしろ自分自身だった。 「何でだよ?」 「アルターを持っています…僕も……」 「おまえも?」 わからないから、一番納得させやすそうな言い訳を口にした。 あながち、間違ってもいない気がしたから。 そう、正当化して、なんとなく苦しくなった自分の心をなだめた。 少女はさすがに驚いたようだった。目をまん丸に開けて、それを隠そうともしない。 少し羨ましかった。 自分でそうしていることだけど…こんなにも、自分に正直に生きている人を始めてみたから。自分の心にまっすぐと生きてる人は、初めてだったから。 少女は少しだけ逡巡するように視線を上方にさ迷わせてから、今度は劉鳳の視線にぴたりと自分の視線を合わせて、口を開いた。 「……カズマ、だ」 「カズマ…さん?」 「さんってなんかへんだよなぁ…。カズマでいいぜ。俺も劉鳳って呼ぶし。つっても、次にまた会うかどうかもわかんねぇけどな」 「そんなこと…!」 ない。 必ずまた会える。また、会う。会いたい。 そう云おうとした。けれどそれは言葉になる前に阻まれ、消えていった。 そして、劉鳳は自分の言葉を阻んだそれを耳にし、これまで以上に驚いて目を見開いた。耳を疑った――というよりも、何を云われたのかの意味を解するのに随分と掛かってしまった。 「今度もし会えて――もっとも、次に逢えた時に、俺だって気がつくかなんてわからねし、会えるかもわからねェけど…そしたらさ、お前に、なんか礼でもしてやるよ。一応な」 「礼?ですか?」 「ああ。何がいい?俺が持ってるもんなら…まぁ、ドーナツ以外ならやってもいいか…う〜でもな〜。まぁ、そん時になってから考えるか。また会うかどうかもわかんねぇんだし」 「じゃぁな」 そこで劉鳳はようやく我に返った。 窓の外へと足を向けようとしていたカズマを慌てて引きとめ、急いで机の引出しの中に閉まっておいた、今夜母に貰ったあのペンダントを差し出す。 「あの、これを…」 それは緑の宝石の付いた、至極小さく控えめで上品な作りのペンダントだった。劉鳳が母である桂華から受け取ったばかりのものだ。 「これはこの世に一つだけのものだそうです。持っていて下さい。僕は、必ずあなたを見つけます。絶対に、またあなたと会います。そして、あなたを手に入れます」 劉鳳の台詞。 彼はほんの少し微笑っていたようだった。 カズマはにっと笑ってそれを手にとり、後は真っ直ぐに夜の帳の中へと消えていった。 結局、この夜が特別な夜だったのだ。 |
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ずっと書きたかったお話の一つです。にもかかわらず何なんだ、この文は?
こんなのばっかりストックにたまっています。パソを変えて初めて書いた小説。
なので文字の漢字変換が出ない出ない。文章は余計にまとまらないない。
当初、章題の「ai」には「逢」という文字を当てはめていましたが
もっといろいろな意味を「アイ」という言葉に込めさせたかったのでこうなりました。
2002/08/31---一部修正しました。
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