+ 10年目の真実 水守 +










「お母さんは良く分からないけど、お父さんはお母さんにぞっこん(死語)だから」(by火焔)

 その一言で、私の決意は固まったのです。





 桐生水守。
 本土においては政治的にも経済的にもなかなかの権力を持つお家のお嬢様だ。ここロストグラウンドにおいて本土とは独立した通貨を流通させ、ここが完全独立自治区となりえたのは、彼女の父親の力によるところが大きい。
 18歳という若さで、もうすでにノーベル賞受賞候補者として名を連ねるほどの頭脳の持ち主でもあり、現在このロストグラウンドにおいては並ぶもののいない知識人であろうと思われる。集落では子供たちに勉学を教え、医療にも通じているので医者としても働いている。

 そんな本土生まれの彼女が、なぜこのロストグラウンドに現在生活しているのか。
 それは一重に、ある男性が、このロストグラウンドにいるから。ただその一点に尽きる。
 彼女にとっては唯一のその男性の名は劉鳳。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群で武道もこなし、加えてお家柄も抜群。さらにはこのロストグラウンドにおいては「悪魔」と称されるほどのアルター能力を有している。
 これだけ書くと二人はお似合いのようだが、しかし。

 20年近くも待ち焦がれ思い続けたその男性との再会。
 彼にはすでに妻子がいたのであった。





「やっぱり、ずっと二人でいたのかしら?」

 水守は小首をかしげて自分の隣りにいる少女に問い掛けた。
 少女の名前は由詑かなみ。水守と共に暮らしている。
 聡明で愛らしいこの少女は、この集落を含む周辺の集落での人気を独占している。その噂はロストグラウンド中に知れ渡るといわれるほどだ。
 だがしかし。
 この少女にもまた待ち続ける男性がいた。

 そしてその少女。かなみは現在、にこにこ笑顔で水守に向き合い、両手に包むようにして持った紅茶のカップに口をつけた。

「カズくんはそう云ってました。女の人だったのはびっくりでしたけど、でも、やっぱり私はカズくんが一番大好きです。特別なんです。カズくんはあの頃のまま、全然変わってなかったです。ちゃんと、誤魔化さずに全部話してくれました」

 かなみは柔らかな微笑をその愛らしい面に乗せて語る。
 なぜだろう。少女にしてみれば、それは思いもかけない…ひどく理不尽な失恋なのに。水守には、かなみが心底嬉しそう笑っているように思えた。

 その心を読んだかのように――実際、この少女はそういった能力のアルターを使えるのだがそうではなくて――再び口を開く。

「カズくんが帰ってきてくれただけで嬉しいんです。それに、カズくん云ってくれたんです。感じさせてくれたんです。私は、カズくんにとっての他の誰とも違って、他の誰にも立つことのできない特別な位置を占めてるって。だから、嬉しいんです」

 微笑んで云いながら、かなみはカズマにそういったことを話すきっかけを作った出来事を思い出していた。それはカズマよ劉鳳が帰って(?)きてその日のことだ。
 カズマが女性だと知ってどうしていいかわからずに途方にくれていたかなみに、話し掛けてきたのは件(くだん)の双子の兄弟だった。

「あんたが『かなみ』か。おれたち、ずっとあんたにあってみたかったんだぜ」

 云う蓮華の台詞に、かなみは小首をかしげて翡翠の瞳をきょとんと瞬く。態度でその真意を問いかければそんなかなみの疑問を正確に察したのだろう。
 今度は双子の片割れ、火焔が口を開いた。

「お母さんの心は、いつもどこか遠くにあるような気がしてたんです」
「もちろん、おれたちやおやじのことをおふくろはそれなりにとくべつにおもってるけど、いちばんたいせつなこころはいつもべつのところにあるようなきがしてたんだよな」
「それで、思い切ってお母さんに聞いてみたんです。お母さんは僕たちに云いました」

「『もしてめぇらがそう感じたんなら…そうなんだろうな。きっと、『かなみ』のところにある』」

「カズくんが…そう云ったの?」
 訊ねるかなみに、火焔と蓮華は揃って頷く。

「そんときにおもったんだ。『かなみ』にあってみてえって」
「はい。だって、『かなみ』さんの名前を口にしたときのお母さん」

「「すっごいきれいでうれしそうだったから」」

「嬉しそう?」
「あんなおふくろはじめてみたもんな」
「ちょっとお父さんがかわいそうかもだけどね」

 笑って話す二人に、かなみの心は笑顔を取り戻していた。
 迷う必要も、悩む必要もなかった。

 大切な人が大切であることに。
 特別な人が特別であることに。
 かけがえのない人が、自分を思ってくれていることに。

 自分の心は、その人への思いは、何も変わらなかった。





 嬉しそうに微笑みつづけるかなみを他所に、水守もまた自分の思考に沈んでいた。
 カズマは劉鳳との間に子供を作ってもなお、かなみが彼にとってもっとも大切な存在であるということに変わりがなかったという。
 普通、女は恋人、もしくは夫ができればその男に、子供ができればその子供に心が傾くのが一般的だと思っていたが、二人の関係はもしかしたらそういった一般的な男女の関係とは違うのかもしれない。

 考え出せば、どんどん都合のいい方に思考が傾いていく。
 劉鳳とカズマはけっきょく正反対でありながらも、互いが互いに対となるような唯一無二の存在のようなものでもあるのだろう。
 それが男女で、他の一切とか変わらずに二人だけでいた。
 ならば、そこに愛はなくともそういうことも起こりうることもあるとは云い難いといえなくもない。というか、きっとそうなるだろう。

 子供達には悪いがきっとそうだ。
 劉鳳は私になんと云った?
 たしかこう云わなかったか?

「……(中略)……母様と『水守』。『きみ』のおかげだ…」(これは水守の理想化された記憶であって実際の(アニメ)の劉鳳言葉とは若干異なります)

 そう、劉鳳は優しいその瞳で見つめ、二人は手を取り合ったはず。
 ならば!!
 ならば、劉鳳にとっても自分は掛け替えのない存在のはず!!
 あのときはシェリスさんのこととか本土からの侵攻とかいろいろあって一緒に入られなかっただけなのよ。

 でもそれを劉鳳本人に確かめるのは、少々気が引ける。
 かなみのように他者の心を感じる能力はない。いっそかなみに頼んで……。だがしかし!!手本となるべき者がそんな個人的理由で人の心を探るようなことを頼むわけには…。この少女にさせるわけには……!!
 ぐるぐる考えて、水守はふとひらめいた。

 劉鳳の子供に聞けばいいのよ。

 思い立ったら側実行。
 水守は家を飛び出した。





 水守がやってきたのは劉鳳とカズマの子供の一人。カズマ似の蓮華の元であった。とはいっても、双子の兄弟はまだこの集落に友人どころか知り合いもいないので二人揃っていたのだが。
 水守は蓮華に声を掛けたのだ。
 火焔でも良いのだが…なにせ火焔は出会った頃の劉鳳を思い起こさせるのには十分に(というか余りあるほどに)劉鳳そっくり。
 ……少々照れるのだ。

「なんだよ、おばさん」
「おば…!!」

 声を掛けていきなり、水守はそのあまりの衝撃に口篭もった。しかも火焔もそんな蓮華の言葉になんの疑問も持ってはない様子。
 ここではっきり云っておこう。彼女の年齢はかろうじてだがまだ20代だ。おばさん呼ばわりされるいわれは断じてない。現に、水守は今まで一度たりとて「おばさん」と呼ばれたことなどないのだ。人々は彼女のことを「水守さん」と名前で呼ぶか、「先生」とか「おねえさん」と呼ぶ。

 しかしここで取り乱すのはあまりにも大人気ない。
 蓮華の親は劉鳳とカズマ。二人は彼女よりも年下だ(一つ二つだが)。両親よりも年上なら、子供にとってはそうなるのだろう。
 水守はむりやり自分を納得させた。
 そしてどことなく(むしろ思いっきり)引き攣った笑みで訊ねる。

「蓮華くんのお父さんの一番愛してる人って、誰だか知ってるかしら?」

 水守が訊ねると、蓮華は眉を顰めて訝しげな表情を作る。
 まさしく、「こいつなに云ってんだ?」とその表情は如実に語っていたが、ひたすら笑顔を保つことで精一杯の水守にはそんな蓮華の心情など気づきようもない。
 蓮華は口を開いて答えた。

「んなの、おふくろにきまってんだろ」

 後ろに「バカかお前は」と付け足さなかったのは、ただ単に云うのが面倒臭かっただけだった。
 水守は引き攣った笑顔のまま再度訊ねる。

「でも、お母さんは違うんでしょ?もしかして、愛してるって云い方が良くなかったのかしら。お父さんが、一番大切な人って云えばいいのかしら?」
「だから、どっちにしてもおふくろだよ。なぁ、火焔」

 蓮華はそれまで隣りで黙って聞いていた双子の兄に同意を求める。
 問われた火焔は一瞬の躊躇いも戸惑いもなく頷いた。

「うん。お父さんはお母さんしか見えてないよね」
「おれたちのこともいろんなやつよりもべっかくてきにたいせつにはおもってるけどな」
「他にも大切な人はたくさんいるみたいだけど、その中でも僕達のことは特別な感じだよね」

「「でも、お母さん(おふくろ)への思いは次元が違う感じだよね(な)」」

「お母さんは良く分からないけど、お父さんはお母さんにぞっこん(死語)だから」

 火焔のその言葉を最後に、水守の意識は遠のいた。
 そして目覚めたとき。
 彼女の決意は固まっていたのだった。





 そうよ、今度こそ失敗しないわ。
 彼のことはきっぱり諦めるの。
 もともと何かがおかしくなっていたんだわ。あのときに別れてしまったのがいけなかったのよ。
 だから、今度こそ絶対に失敗はしないの!!

 名付けて「逆光源氏計画!(←ありがちネタ)」!!

 劉鳳そっくりの火焔くんを、理想の男性に育て上げて見せるんだから!!
 これからは待つだけじゃダメ。
 行動するのよ!!
 働きかけるのよ!!

 もっともっと積極的に!!



 絶対幸せになってやるんだから〜!!





 私の決意は固まったのです。










----+ あとがき +-----------------------------------------------------

 タイトル「桐生水守」にしようとも思ったのですが、彼女は最後にインナーの「水守」として。といってたので。
 なんとなくこの話では水守さんが一番不幸みたいですね。だって、この人もう劉鳳さんの幻影から逃れられなさそうです。本土にいれば、それなりに幸せになっていただろうにと思います。劉鳳と同じで、この人も望めばなんでも手に入れることのできた人でしょうし。でも何も手にはいらなかったですね(ちなみに劉鳳は何もかも捨てて、カズくんを手に入れたんだからこれ以上の幸せはないでしょう。この結末は彼にとっての本望です←by劉カズ系腐女子)
 今回のお話の結論として、水守さんが火焔を手に入れるのはほぼ確実に無理だと思います。彼から見れば水守は間違いなく「おばさん」ですから(爆)
 さり気に水守さんに対して酷評云っているような気がしますが、まぁあまりに気にしないで頂けると嬉しいです。これは書いてる本人だけが楽しいギャグですから。水守さんギャグさせやすい(笑)頭使わずに書くのは楽しいですね〜。
 一気に書き上げたのでおかしいところ多々ありますが、いつものことと流してやって下さいです。
 それでは、ご意見ご感想頂けたらありがたいです------------2002/11/17

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