+ 10年目の真実 蓮華 +










「なんとなく――なりゆきで」

 母親にどうして父親と一緒になったのか、とか。
 自分たちはどうして生まれたのか、とか。
 成長していくにあたって、いつかは必ず湧き上がってくる疑問。

 父親に聞くか母親に聞くかによってその答えは異なり、先の人生や性格にも大きな影響を与えるものだ。
 どちらに聞くか迷うところで、ぼくらは決断した。
 そちらに決めたのは、単にそちら側の気持ちの方が、子供心に分かりにくかったからだ。
 常に風のように飄々としているその人がにずばり訊ねてみよう。

 答えを聞いて、はっきり云って聞かなければ良かったとは思った。





 物静かな火焔に、止まっているのは寝ている時くらいだといっても差し支えないほどに元気な蓮華。一見正反対に見えるこの双子の兄弟は、だがしかしやはり双子なのだった。
 喧嘩になりそうなくらいすっぱりきっぱり正反対なのに、なんだかんだでいつも一緒。
 それはどうやら、歳の近いいつでも遊べる子供というのが、互いにとって互いのみしか身近にいなかったということも関係しているようではあったが、結局のところ、二人は互いに互いがもっとも気心の知れた相手という奴なのだ。

 火焔に比べ、蓮華の方が少々学力面に関しては疎いようだった。
 喋り方が火焔に比べてしたったらずなのだ。火焔の知っていることを蓮華も知っているかといえば決してそうではない。その逆はほとんどなかったが。
 だからといって知能が足りないというわけではないようだ。物覚えが極端に悪いというわけでもない。蓮華の事をもっとも良く知るだろう火焔曰く。

「知りたいことしか知ろうとしないんです」

 つまり、自分がどうでもいいと思った事柄については容赦無く捨て去る。ということらしい。
 漁師が海に詳しくとも山に入れば海の上と同じように立ち回れないのと同じである。とは、火焔の例えである。海と共に暮らすものと山と共に暮らすものでは、その知識が違うのは当たり前のことであり、それで困ることは何もない。

「蓮華は自分から知りたいと思ったこととか、知らなければどうしようもないことしか聞かないし、覚えない…って云うか、覚えようとしないんです」

 しかしそれでは勉学は成り立たない。
 今ある人間の勉強とは生きることに必要なことなど基本的には皆無であるのだから。
 やりたくない、必要ないからいらない、やらないでは通らない。

「本土じゃあるまいしなにばかなこといってんだよ。それよりうまいめしの一つでもつくれるようになれよな。しかもじゃま。おれはいまはらへってんだよ」

 そう云う蓮華の前には彼作の美味しそうな自家製パン。
 ふっくらと膨らんだできたてのそれには、ほかほかと湯気が立ち上っていた。
 口に一つ。

 こんなにおいしいパンは食べたことないよ…(遠い目)

 この集落にやって来る前に、彼の両親が住み家にしていた廃屋から近い集落で作り方を聞き、より美味しくなるように研究とアレンジを蓮華自ら加えていったらしい。
 お勉強が蓮華にとって必要なことではないということであることがここに証明された。

 ちなみに火焔にもあまり必要なかった。
 なぜなら彼は、彼と同じ年頃の年齢である子供が教わる程度の知識など、とっくに父親から吸収済みだったので。
 そんな火焔を蓮華が曰く。

「あいつはひつようねぇことばっかおぼえててやくにたたねぇんだよ。火焔みたいのを「あたまでっかち」っていうんだって、おふくろがいってたぞ」

 である。
 ここでもう一度云っておこう。
 二人は仲良し。誰よりも何よりも深い絆と信頼で結ばれた双子の兄弟である。

 さて。
 劉鳳とカズマ、火焔に蓮華の家族がこの集落にやって来て三日が過ぎた。
 突然の四人家族は崖の上に残されたままになっていた廃屋を簡単に修繕して生活している。
 料理担当は云わずもかな、蓮華である。

 劉鳳もカズマも食事は作れるが、作れるだけである。食べれるだけの二人の料理に比べ、こと蓮華の料理の腕は本人の努力とこだわりの賜物。
 蓮華は不味いものにお世辞も云わなければ我慢もしない。容赦なくこけおろす。
 そして不味いものを食べるくらいなら自分で用意する。
 彼が不味くてもその料理を食べることがあれば、それは死ぬほどお腹が空いているにもかかわらず、他に食べるものがないときだろう。

 時刻はちょうど昼時。
 できあがったほくほくの食事を運ぶ蓮華の後ろでは、二人仲良くソファに座って眠るカズマとかなみ。寄り添いあって眠るカズマの頭はかなみの頭に凭れかかり、かなみの頭はカズマの肩に凭れかかっている。
 健やかな寝息を立てて眠る二人を尻目に、蓮華はとりあえず双子の兄と父のために食事をバスケットにつめて外へ出ていった。

(あっちのがふうふみてぇ…)

 それが、カズマとかなみ。二人の関係に対する蓮華の感想であった。





「なんとなく――なりゆきで」

 少し考えるように宙を見つめてから、自分たちに向けられたのはきょとんとした母の顔。その琥珀の瞳にはなんの躊躇いもなく。
 紡がれた言葉に頭は真っ白になったし、ショックも大きかった。

 けれどなぜだろう。
 そうであると同時に、なぜかその母の言葉はすとんと、すっきりと胸の中に落ち、そして当然のように自分の中に収まった。
 もしかしたら、はじめから分かっていたのかもしれない。

 父は母を愛している。
 それは間違いない。

 でも、母が父をどう思っているのかはわからなかったんだ。
 そして、今もわからない。

 わかるのは、母が父を嫌っていないということだけ―――。

 ちょくちょく、共に生まれた自分の片割れと共に、両親(主に父)の目を盗んでは、家からほど近いところにある集落に下りていた。
 そこで見かける「ふうふ」もしくは「こいびと」というものと、自分たちの両親の関係は微妙に違っているように見えた。何がどう…というのは分からない。ただ、なんとなくそう思っただけ。

 でも、父の手も母の手も、自分にとっては何よりも暖かかく、穏やかだった。


 6年前。
 父と母の間には、何が起こったのだろう?

 実はなんとなく感じただけで、はっきりとは分かってなくて。
 でも片割れの兄の方は分かっているらしい。
 訊ねれば「そのうちわかるよ」といって視線を逸らす。

 ……なんかむかつく。

「火焔の奴、いつかぜったいくちわらせてやる」

 銅(あか)い髪をふわふわと揺らしながら、蓮華はお弁当の詰まったバスケットを抱えて丘を駆けて行った。
 眼下に広がる緑の穂。
 風に揺れるそこは陽の光にあふれ、母の手と同じく優しい。
 それに負けないくらい温かな、逞しく強い大きな手と、自分の半身が、そこにはいる。










----+ あとがき +-----------------------------------------------------

 一度書き上げたあとで、きちんと修正しようと思い一ヶ月以上もほったらかしにしていました(汗)なので前半と後半に少しおかしい点があるかもです。
 別名「6年前の真実-前編」。つまり後編があるということです。後編は「10年目の真実-火焔」です。今回の話が蓮華の設定紹介であるのと同様、火焔の設定暴露になるかと思われます。いつになるかわかりませんが、気長にお待ち下さると嬉しいです。
 それでは、ご意見ご感想頂けたらありがたいです------------2002/12/13

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