+ 10年目の真実 火焔 +
「なんとなく――なりゆきで」 それが、お母さんの答えだった。 僕には双子の弟がいる。名前は蓮華。彼はお母さんにそっくりで、僕はお父さんにそっくりだ。二卵性の双子なのだ。 けれど、僕と蓮華は仲良し。 まったく正反対だけど、僕と蓮華は仲良し。 だって、兄弟だもの。 でも、お母さんとお父さんは違う。 お父さんには絶対にお母さんが必要なように見えるけど、お母さんはそうでもないような気がする。蓮華に訊ねたらまったくその通りだとの返事がもらえた。 母にその答えを求め、どうにも納得した。 火焔は何かを知るということが好きだ。知らないことを知るのが楽しいのだとは、本人の言である。彼の知識の7割は彼の父親から得たものであり、2割が母親から、残りの1割がその他といったところだろうか。 故に、彼の考え方はどちらかというと父親に似通っているかもしれない。 火焔は様々な事柄を観察するのを好む。好むというよりはせずにはいられないといった感じだ。知っていればする必要もないが、知らないが故にせざるを得ない。 その最たる被害者が彼の双子の弟である蓮華だ。 火焔は蓮華が料理を作るところをしょっちゅう観察する。蓮華の隣でじっとその手の動きを見つめ、しかし彼自身が料理をするかといえばそれは皆無だ。 蓮華は双子の兄たる火焔のその行動をたいそう無意味に思いながら、しかし実害が何もないので止めてはいない。 蓮華にしみれば、火焔に料理を実践して、その結果として彼がとんでもないものを作ってしまったりしたらたいそう困るのだ。出来上がったとんでもない物は作り手に食わせるので、正確に云えば困るのではなく、貴重な食材が無駄になるのが許せないだけだが。 火焔は彼の家族の中ではもっとも協調性があるといってよい。逆にもっとも協調性がないのが彼の母である。 訊ねられれば丁寧に返す。頼まれれば手伝う。目上の者には敬語も忘れない。 ちなみに、彼の母はまったくその逆である。彼の父はまあだいたい彼と同じだ。彼の双子の弟は相手を選ぶ。しかも気分屋だ。 そのことを、蓮華自身が曰く。 「きらいなやつに笑えるか、ボケ」 とのことである。 彼は彼の本能で好き嫌いを判断する。一目見た瞬間になんとなく気に入るか、気に入らないかが、彼にとってのすべて…ではないにしろ、かなり重要であるらしい。 そんな蓮華にとって、両親は一応尊敬する対象ではあるらしい。彼にとって特に尊敬すべきは両親のその強さだ。あらゆる方面で、彼らの両親は最強だと、彼ら二人は思っている。もっとも、その他の点で蓮華が尊敬しているかどうかといえば、それはかなり微妙なところであるようだなとは火焔が思っているところである。 とにもかくにも、そんな蓮華であるから、彼の両親が揃って頭が上がらないという「かなみ」に直感的に従うのは、ある意味当然かもしれない。その割りに、彼らの父の友人であるという「水守」のことはどうにも自分より下方に見ている節があるが、火焔は蓮華にそのことをはっきりと確認したことはなかった。 火焔自身についてはどうかと言えば、彼は間違いなく両親を尊敬している―――親だから。 礼儀を守れとは父の言だが、火焔は一応それを守っている。少なくとも、本人はそのつもりでいる。実際、彼の言葉遣いは丁寧だし、態度も当たり障りがない。 蓮華はといえば、上に上げた通りだ。本人はかなり守っているつもりである。 もっとも、彼ら二人ともに母があれなので何をとって礼儀を守ると考えているのかはかなり微妙なところだ。 彼らの母は右半身が不自由だ。彼らが生まれたときから不自由だ。けれどめちゃくちゃ強い。 彼らの母は右半身が不自由だ。彼らが生まれたときから不自由だ。故に、彼らの父は彼らに母を手伝うように言い聞かせた。 彼ら兄弟は極自然にそれに従った。 火焔は父親似だ。 彼は物心ついた頃から微妙に疑問に思っていた。母は本当に父を愛しているのだろうか? それは図(はか)らずも、彼の半身もまた思ったことであったので、二人は母に訊ねた。それはもう単刀直入に。 「「お母さんはお父さんのどこが好きなの?」」 「顔」 母の答えは一言だった。 「「……それだけ?」」 双子は意を決して再び訊ねた。瞳に脱力感が伺える。 「目の色も好きだぞ」 母の答えは再び簡潔だった。 「目の色は僕もお父さんと同じだよ。そうじゃなくて、僕たちはどうしてお母さんはお父さんと結婚したのって、聞いてるんだよ」 「どうしてって、云ってもなぁ…まぁ、あえていうなら…なんとなく――なりゆきで」 「成り行き…って……」 「なりゆきだな。あいつの顔とか目とか…あとは声もけっこう気に入ってたし、まあ、飽きるまでは一緒にいてやってもいいかな〜と」 「……へぇ…そうなんだ…」 「?そうってなにがだよ。ぜんぜん分からないよ、お母さん。火焔もひとりでなっとくしてないでおしえろよな」 「……そのうち蓮華にも分かるよ…」 「いまおしえろ〜!!!」 こんな感じに質問会は終わりを迎えた。 正直言って、聞かなければ良かったと思った。 「なんとなく――なりゆきで」 それが、お母さんの答えだった。 あまりにもあまりな答えだったので、それから母のことを目で追い駆けてみた。 今までは、母が珍しく起きて、なんでもいいから、何か仕事をしているときにだけ注目していたけれど、ぐーたらとして寝ているのが大半の母は、むしろその寝転んでいるときの方が、父への愛情に溢れているのだと気がついた。 それまで気にも留めていなかったことだが、母はよく父になつくのだ。猫が気まぐれに擦り寄ってくるように、母は父によく懐(なつ)く。 父のことを呼ぶのも、それまでただ雑用を押し付けるだけだと思っていたらそれだけではないらしいということに気がついた。おそらく、一番の理由は雑用をやらせることなんだろうけど、それともう一つ、母は、父が呼ぶと振り返るのが酷く嬉しいらしいのだ。 父が母の声に振り返ると、すごく、すごく微かだけど、母はすっごくすっごくきれいに微笑う。 見ているだけの僕まで幸せで嬉しくなるくらい、すっごく優しく微笑うんだ。 だから、きっと母は父が呼んだらかならず応えてくれるのが嬉しいんだ。 よくよく考えてみれば、あの超絶に飽きっぽい母が六年も同じところにいるなんてだけで、十分な愛のカタチだったんだ。父がそのことにはっきりと気がついているのか、知っているのかどうかはともかくとして、母はちゃんと父を愛してた。 そして、僕たちのことをそれと同じくらい愛してくれているということは、その笑顔が僕らにも向けられるそのことで確信できる。 なにより、父と母の手は、どちらもとても暖かい。 共に生まれた片割れがそれを知っているかどうかは分からないけれど、あれは考えない代わりに感じ取るので、おそらく気がついているだろう。 確かめようにも、うまく訊ねられる自信もないし、それを逆に突っ込んで訊ねられても、難しくてうまく答えられそうにないのできっとこの先も確かめたりはしないだろうが。 そろそろ小腹が空いてきた。 今日は父を手伝って畑仕事に従事している。 先ほどまで一緒に泥だらけになっていた双子の弟は、先ほど昼食の用意にと、この集落に来てから住み込んでいる小屋へと戻って行った。 父はいろんな人に頼りにされていて、それを目(ま)の当たりにする度に、ものすごく驚くのと同時、なんだかすごく誇らしくて、嬉しくなった。 母は不器用で、そのことをこの集落の人たちがものすごく知っていたので、手伝うなと云われて今は小屋で休んでいる。最後に分かれたときよりも右腕の傷がひどくなっているのを、かなみさんが気にしていたから…というのが真相だ。 顔を上げれば眩しく輝く太陽。 てふてふと銅茶の髪を揺らして走ってくる、自分の半身の姿が見えた。 |
----+ あとがき +-----------------------------------------------------
突然名前ネタバレ。火焔は華炎、蓮華は蓮火の字をあてようと思っていました。別に変更したわけではなくて間違えてただけです。 どちらも炎の如き花の意味を持ち、意味的に揃うかな〜とか。 最後はもっといろいろ描写を細かく入れようとかとも思ったのですが、あれくらい簡潔なほうがすっきりしていいな、と。変に文をごてごてと伸ばして、せっかく気に入る雰囲気が出たのを崩すのももったいないですし。 「蓮華は自分の体ほどもあるバスケットを抱えている。その中身は、きっといつもと同じく、どれほど探しても答えの出せぬ不思議なまでに、強烈においしいのだろう」とかね。 さてさて、前編のUPから一年経たない内にUPできました!!…平謝!! さあ、これで残すは劉鳳だけだ〜…たぶん。 それでは、ご意見ご感想頂けたらありがたいです---2003/11/01 |
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