+ 10年目の真実 カズマ +
何がどうなってこうなっているのだろうか。 ぼんやりと、ようやく覚醒してきた頭を使って考える。 久しぶりに、まったくの偶然に出会ったその相手は、相変わらずの様子で、自分もやはり相変わらずだった。 あるいは何か変わっていたのかもしれないが、取りとめもない変化でしかない。 出会い、対峙し、そのあとに起こることに、何の変化も成長も見られないのであれば、自分たちにはそれで十分だ。 もっとも、その中身にはある程度の成長が見られえいないというのは、自分も相手も限りなく不本意だとは思うが。 しかし、それさえも変化のないことの証のような気がするのだ。 今となっては、些細なことだとは思うが。 カズマはぼんやりと考えていた。まず必要なのは状況の把握なのかもしれない。 上を見上げなくとも、視界にはどこかどんよりと曇った空が、いつもと変わらずに写る。自分は仰向けに倒れている。 視界を意識的に下方に向けようとすると、首から下が動かない。写るのはいつみてもキレイだと思う碧。なぜか自分の首筋の辺りで蠢いている。 体を這い回るのは人の手の感触ではないだろうか。素肌を触られるが、くすぐったいのとはまた違うそれ。 ああ…腹の辺りを彷徨っていた手のひらが、胸にまで移動してきた。そんなことをぼんやりと知覚して。背中に当たっているのはやわらかくもなんともない、日頃そいつが愛用しているジープの椅子だと、これもやはりぼんやりとした頭のままに思った。 「なぁ…」 とりあえず声を発してみた。 相手の予測はついている。 答えを求めてはいなかったから別にかまわないといえばそうなのかもしれない。答えは返らなかった。 体を這い回る手のひらと口唇の動きと、その動きとともに広がる熱。意図せずに疼き始めるそれは、自身の中心から――なんだか腹の奥深くから湧き上がってくる。 小さくため息をついたかもしれないし、ついてないかもしれない。それは呆れたためのような気もするが、何に対して呆れてついたため息なのだろう。 こんなことを本人の了解もなしにしている相手に対してか。それともそれを別にいいかと受け入れ始めている自分に対してか。 そう、別にいいかと思っているのだ。云いたいことは大小含めて多々あるが。 理由はたいしたことではない。 (まぁ…こいつ、顔だけはいいしな……) しょせん、そんなものである。 ともすれば、奇しくも珍しくも、その相手がただ今はこの身だけを、まっすぐに求めてくるからかもしれない。 夢を見たんだそうだ。 目の前から消えてなくなる夢を。 何が消えるのか、聞いたすぐには理解できずに、自分はきっとたいそう間抜けな顔をしていただろうと、カズマは思った。 劉鳳は云った。 夢を見た。 目の前からカズマが消えてしまう夢を。 どれほど腕を伸ばしても、どれほど早く走っても、永遠に走り続けても、追いつけない。 これ以上の恐怖はないと、そう思う出来事が淡くなるほどに、恐怖支配されて目覚めを向かえたと。 そして、出会ったと。 荒野の一隅。 特別なものなど何一つそこで。 偶然に。 それで十分だったと。 けれど虹色の輝きは互いを包んだ。 それは必然だ。 たしかに感じたそれは、何も変わりがなかった。 高まる心とは裏腹に、あまりの乾きに身が引き裂かれそうだった。 渇望していた。 目の前に見つけたそれが、どうしても欲しかった。 砂と陽光だけの砂漠で、水を求めるように。 話を聞いて、こいつはやっぱり馬鹿だと思った。 今も自分を抱きしめて離さない男の顔を見上げながら、カズマは思った。特に気にもとめずに、ふと、ぼんやりと。 怖いのだという。 離れるのが。 一緒にいたいのだという。 『カズマ』と。 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、嫌悪がわかないから、まぁ、別にいいかと思った。 嫌になったら自分はどこへでもいける身だ。 朝になって、今、目の前で安心しきって寝入っている馬鹿が目を覚ましたら。 そのキレイすぎる深紅が顔を覗かせたら。 云ってやろう。 飽きるまでは、一緒にいてやると。 腹が出てきたら動き回るのをやめさせられた。 一つどころにとどまるのは嫌だったが、動くのがきついのだから、それも仕方ない。そう諦めた。 腹がへっこんだ。 連れが二人増えた。むしろ二匹。 劉鳳はなんだかひどく喜んでいた。 その顔を見ると、なぜか自分も少し嬉しくなった。あくまでも少しだ。 育てられた記憶がないので、育てるというものができるのかと思ったが、まあ、なんとかなるだろう。主に育てるのは、あいかわらずキレイすぎる容貌の目の前の男なのだから。 それにしても。 今更ながらに思う。 なんでこいつは好き好んでこの薄っぺらい躯を抱いているのだろうか、と。 しかもたいそう幸せそうに。これ以上ないってくらい幸せそうな顔で抱かれたら、抱きしめられたら、なんか、別にいいかって気になるから、始末が悪い。 そう思う。 思うけれど、ぎゃくにこいつが自分以外の女を抱いていたら、それはそれでものすごく、自分が不愉快になるような気がして、それに不愉快になった。 チビども二匹は随分と走り回るようになった。 「おい、劉鳳」 呼びかける。 そうすれば、そいつはかならずこちらを振り返る。 それがかなり嬉しいかもしれない、なんていうのは、気づかない振りをして放っておく。 なんとなく、そうするのがいいような気がする。 「あのさ―――」 抱きしめてくる腕の、頬に当たる胸の。その確かさを感じながら、口を開く。 そろそろ、会いたい人に、会いに行こう。 これはもう、自分だけのもの。 |
----+ あとがき +-----------------------------------------------------
久しぶりすぎて文体変わってますね。多分。本当は火焔、劉鳳と続けて、最後に持ってくる予定だったのですが、書き終っちゃたからね。アップです。 それでは、ご意見ご感想頂けたらありがたいです------------2003/09/21 |
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