+  とっておき さくら +










 とっておきを、見せてあげるね。










 赤銅(あか)いふわふわとした髪が、弾むように揺れている。
 天気は快晴。
 頃は春。
 吹き抜ける風はまだ少し肌寒いけれど、降り注ぐ陽気はやわらかく、あたたかい。

 カズマは色とりどりのタイルで塗装された街道を掛けていた。
 その道はおしゃれなデザインの家が整然と、しかしゆとりをもって並ぶ風景に挟まれていた。季節に合わせた花や植木が、さらにそこを美しく飾り立てる。
 カズマの暮らしているところからはほど近く、しかしまったく違った世界。金持ちたちの特権でもあるこの住宅地は、本来カズマのような粗雑な格好の子が駆けているところではなかった。

 カズマの住んでいるところは、ここのように道路が塗装されていたりなどしない。
 土が剥き出しで、雨が降れば泥まみれになる。所々に雑草が生え、しかし美しい花も揃えられた木もない。転がる小石の中には相当に大きいものもあり、車で走ればたいそう悪い道に、走る車の方が壊れそうだった。

 けれどカズマはそちらの方が、固められた道よりもずっと好きだった。
 道は道と呼べるものではなく、ただ吹きさらしの大地であったが、そこには行き止まりも導かれるべき決まった道筋もない。
 気が向くままにどこへだろうと道を反れることができ、気がつけばどことも知れぬところにいて、そこには時にその表情を輝かせるに足るものが存在することがある。もちろん、その逆も多いが。

 そんなカズマが、この塗装された道を元気に駆けるには、もちろんそれなりの理由がある。
 友達に会いに行くのだ。

 友達。
 たぶん、そう呼んでいいのだろうと、カズマは思っている。
 初めて逢ったのはいつだったか。それは偶然だった。
 貧民街の復興の為の視察に来ていたそいつの父親について訪れた彼とカズマは出会った。
 はじめは喧嘩して、気に食わなくて、気がついたら友達になっていた。

 会いに行くのはいつも自分。
 気が向いたときにしか行かないから、出向いても会えないときがある。そういう時、カズマは自分が連絡もいれずに訪れることを棚に上げて、たいそうムカツク。そしてまたしばらく音沙汰なしの状況を作る。

 今日もそう。連絡などいれていない。
 そもそも、連絡をいれる手段がないのだから仕方がない。電話なんてカズマの住むところでは使い物にならないし、そこでも使える電話は値段が高過ぎて見ることすらできない。
 手紙は送ったところで途中で弾(はじ)かれるだろうし、そもそもカズマの性格上、手紙を前もって書く行為など思いもつかないだろう。何より彼は文字の読み書きがほとんどできない。住所の概念もできていない。

 しかし今までこうしてきたから、きっとこれからもこのままこういうふうに続いていくのだろう。
 そんな漠然とした思いがある。

 てってって。
 足を鳴らして駆けて。ようやく辿り着いたのは、回りの立派な家に二十三重の輪をかけて立派な家。カズマに云わせれば、それもう家じゃない。おそらくカズマではなくともそう云うだろうと思わせるほどに豪奢で大きなお邸。
 ぐるりと周りを取り囲む、自分の身長よりも遥かに高い塀を、カズマは軽い身のこなしで難なく飛び越えた。

 着地成功。
 きれいに切り揃えられた手入れの行き届いた芝生の上は、多少の衝撃を和らげてくれる。この芝生の上で眠るのも好きだったが、今日はそれよりももっと大切なことがあって訪れたのだと思直して、カズマは再び走り始めた。




 コン。
 机に向かって本を読んでいた劉鳳の耳に、いつも待ち続けている軽い音が響いた。
 それは自分の部屋のバルコニーへ続くガラス窓に、小石の投げつけられた音。
 彼が訪れた証。

 急いで立ち上がり、バルコニーに出る。
 二階の自分の部屋から見下ろせば、そこには待ちに待った彼の姿。

「カズマ!!」

 劉鳳はすぐに踵を返して階下ヘ降りて行った。




 そこは劉鳳がカズマのために(親の目をだまくらして)作り上げた隠れ場所。カズマは劉鳳の部屋の窓に一度だけ合図を送り、そこで待つ。
 ある一定上(カズマが劉鳳を待っていてもいいと思うほど)の時間が経っても劉鳳がやって来なければ、カズマは容赦なく帰る。劉鳳の都合など無視して帰る。
 カズマが訊ねてきて劉鳳が留守だったとき、劉鳳は塵一つ残さず掃除されたバルコニーに小さな小石が転がっているのを見つけて、顔を青くするのである。

「カズマ」
「おう、劉鳳。久しぶり〜」

 実に二月(ふたつき)振りであるが、カズマはニ、三日振りにでもあったかのような態度で、軽く片手を上げて応えた。
 そんなカズマに多少の不満や心の痛みは湧いたけれど、あえて劉鳳はそれを胸の内に押し止めた。カズマは誰かに行動を制限されたりするのを何より嫌がると知っていたし、自分から会いに行かない自分が、何か文句を云えることではないような気がしたから。

「久しぶり。……今日は、どうしたの?」

 劉鳳が聞けば、カズマは華が綻ぶようにぱっと、顔を輝かせた。
 しばしその表情に見惚れてから、劉鳳ははっと我にかえる。
 劉鳳の腕をくいくいと引いて、カズマが外出を促がす。

「すっげぇいいもんがあるんだ。見せてやるから来いよ」

 劉鳳は慌ててカズマを止めた。
 黙って外出するには、劉鳳には様々な立場がありすぎた。
 それでもカズマが来てくれたのだ。劉鳳はこういうときのための外出準備(彼御愛用、おもしろ身代わり人形設置など)を大急ぎで済ませ、二人は手に手を取り合って駆け出した。






 そこは貧民区のさらにはずれ。荒涼とした岩場だった。
 よくまあ子供がたった二人だけでこんな所まで来れたものだと感心するが、この二人はかなり普通ではないので、お互いにまったく気にならない。

 茶色の大地が向き出しのそこは、春の暖かな陽気さえも寒々しいものに変える。やわらかな陽の光はそここにある岩や崩れたビル群の残骸に阻まれて、大地にまで届かない。
 僅かにある日向と、日影の間をぬってカズマと劉鳳の二人は辿り着く。

 それは一本の桜の木だった。

 岩を押しのけるように、力強く。
 限りある陽光を受けて。

 それは決して立派でも壮大でも、流麗でもなかった。
 どちらかといえば貧弱で、形も悪い。
 けれど、なぜか、目が放せない。引き込まれる。桜の、その花びらの一枚一枚に。その、佇まいに。
 岩と岩の合間から。
 影と影の合間から。
 陽の光の中へ。

 咲く、桜。

「なっ、すげぇだろ」

 嬉しそうな笑顔で聞いてくるカズマに、劉鳳はただ頷く。
 本当は、見惚れた桜による呪縛など、彼の笑顔の前では霧散してしまうのだけれども。
 きっと、彼と一緒だからこんなにも美しいとも思えるのだろうことも事実だけれども。

「ここ、俺だけのとっておきだったんだぜ」

 劉鳳は自分の心が満たされるのを感じていた。
 春の陽光も、爽やかな風も。
 力強い生命力にあふれた桜も。
 彼の存在の前にはかなわない。

 また来年も、彼とこのとっておきのさくらを見に来よう。

 とっておきのさくら。
 とっておきのひかり。

 君が僕に教えてくれたもの。










 とっておきを、きみだけに、教えてあげる。










----+ こめんと +---------------------------------------------------------------------

 パラレルもパラレル。もはや龍カズかどうかも謎ですが、私はそう思って書いてるからヨシ(爆)
 なんか本当に書きたかったはずのところ(カズマが劉鳳に秘密の桜を見せてあげるとこ)がイマイチ微妙なできになったので反省。というか、ショック。絶対に来年リベンジ(きっと忘れてるけど)。
 タイトルに捻りも何にもないです。タイトル見ればなんとなく話しの筋が見えてくるという…(汗)
 久しぶりの更新がこんなのすみません。
 蜂蜜や飴玉の設定で書いても良かったんですよね…これ。変に説明めいたことを書き連ねてから思い出して、まあ、それはそれでいつか書くかもしれないし…ということで。
 ご意見ご感想お待ちしております---2003/04/13

-----------------------------------------------------------------------+ もどる +----