+  柿の色 +






君の見た季節を聞かせて










 ふわふわとしたそれがあまりにもやわらかそうでしたので、おもわず手を伸ばして触れてみました。何かを考えての行動ではなくて、本当に、本当に、体が勝手に動いてしまったことでした。心が思い、体を動かした。そこに理性を介することなく。
 触れた瞬間に、ふわふわの赤毛のその子がこちらを振り向きました。琥珀色の瞳をまん丸に開けたその表情が、その子が突然髪に触れられどれほどびっくりしたのかを物語っています。
 その表情がかわいくて、僕は嬉しさと愛しさから、自然と微笑んでいました。
 その子の表情が、今度はいぶかしそうに歪められました。
 ころころ変わる表情が、見ればすぐにその感情の分かる様子が愛しくて、僕の笑みはただ深まるばかりです。その子がいぶかしんでいるのは分かりましたが、口に出しては何も聞いてこないので、僕も理由を語りませんでした。

 今日は天気が良く、スノーブルーの空が目に優しく、陽の光が肌寒い陽気に暖かく。僕は内と外とを隔てる一枚壁にぽっかりと開(あ)いた穴からやってきたその子と一緒に、庭の東屋でその季節を感じていました。
 壁の内側には、壁と地面の境目を隠すようにして、ぐるりと低い庭木が植えられています。そのため、その子が出入りしている穴は死角になって見つからないのです。
 僕もまたそれをさらに見えなく隠して、その子が来る頃には監視カメラの映像をすり替えて二重三重に予防線を張ります。この子が、僕以外の誰にも見つからないように。

 その子が何をしにここへ来るのかといえば、食事のためです。僕はいつだってその子のためにお菓子や果物を用意します。
 その子はなんでも大好きですが、特に甘いものが好きなようでしたので、僕はなるべく甘いお菓子を用意しました。ケーキにキャンディー、チョコにクッキー。それから…ドーナツ。
 ドーナツは特にその子の好みに合ったようで、めずらしくもおかわりを要求されました。
 その子はたくさん食べますが、いつも今ある以上を要求したりはしませんでした。ドーナツをお代わりしたいと言ったときも、とてもとても控えめに、決してはっきりと口に出して要求したわけではありませんでした。
 (僕にとって)残念なことに、その時のドーナツはそれですべてであったため、その子のあまりにもめずらしい「わがまま」を叶えてあげることができませんでした。その子がおねがいを云ってくれることなんて、本当に、本当に、滅多にないのに。僕はそれを叶えてあげることができなかったのです。
 それ以来、僕はおみやげも用意するようになりました。ですが、あまり量があってもいけませんでした。その子が帰るときの邪魔になってしまいますから。なので、それはとても少量です。でも、それで十分なのです。
 その子が少しでも笑ってくれたなら、それでおみやげの役目は十分はたされたことになるのですから。

 今日、僕がその子のために用意したのは、今年初めての「柿」でした。
 オレンジ色の熟れた甘い果実を、僕の隣でその子がおいしそうに頬張ります。僕はそれを見ているだけで、この世の楽園にでもやってきたかのように幸せになれるのです。

「これうまいな、なんていう食いもんなんだ、劉鳳」

 めずらしく、その子が僕の名前を呼んでくれました。
 僕にその愛らしい琥珀の瞳を向けるその子の口周りは、柿の果汁でべとべとになっています。きちんとフォークを用意して合ったのですが、いつの間にか手掴みで食べていたのでしょう。その子の手にも柿の果汁が滴っていました。
 僕の方を伺いながら、その手は一生懸命に、口に柿を運んでいます。その一生懸命な様子がかわいくて、僕は口を開きました。

「柿っていうんだよ」
「かき?」
「うん。これくらいの季節になると採れるようになるんだって」
「そっか、だからこれがはじめてなのか」

 知りたいことを知ることができたので、その子は再び僕から視線を外し、また、目の前にある柿を食べることに専念します。
 僕はいつもと同じ、何を語るでもなく、その子のそんな様子を隣で見続けます。僕はその子が僕を気にせずに食事を勧めることをなんら気にはせず、その子もまた、僕はその子の様子を見続けることをなんら気にしませんでした。

 その子はあまりしゃべりません。
 そしてまた、僕もほとんど語りません。
 僕のところにその子がやってくるようになり、僕とその子が交わした会話の、いったいどれほどあるのでしょう。一緒にいる時間を考えれば、それはあまりにも少なく、けれど、それでも尚はっきりと言えるのです。
 僕らは特別だと。
 僕にとってその子が特別な存在であるように、その子にとって僕は特別な存在であるのです。それは言葉ではなく、僕らを取り巻く虹色の光彩の重なることで、交わることで通じ合うのです。
 その特別がどういった特別であるのか、何を意味するものなのかは、僕にもその子にも今の時点では分かりませんが、さして気にすることではありませんでした。意図せずとも、その答えはかならずやってくると確信しているのかもしれませんし、あるいはただ、どうでもいいだけなのかもしれません。
 少なくとも、僕にとってその子が今僕の隣に来てくれることが、一番重要なことで、大切な時間でしたので。

 僕らは互いに何を語ることもありません。
 ですが時々、僕は不意に思うのです。
 その子の見た風景を見たい、と。
 たとえばそれは、空の色だっていいし、土の色だってかまわないのです。その子の見たものなら何でもいいのです。その子が知るものなんでもいいのです。その子が思うものなら、何だっていい。
 ただ、その子の見たものが唐突に知りたくなるのです。
 今のように。

 ねぇ、君が見たもののすべてを僕に教えて。

 そう訊ねれば、その子は答えてくれるでしょうか。
 僕に、その美しい色の瞳で見たものを、共有させてくれるでしょうか。

「カズマ」

 僕はその子の名前を呼びました。












僕の世界は君と一緒に広がっていく










----+ こめんと +-----------------------------------------------------

 お昼に柿を食べた瞬間に思いつきました。一応子どもで劉カズです。タイトルが意味不明です。
 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せ下さいです---2003/11/08

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