+  七夕 +




願い事一つだけ叶えてくれるなら





「おーい、劉鳳、久しぶりだな〜…って、なんだ、それ。そんなの前から生えてたか?」

 ごそごそと低木の陰の隠れ穴から這い出してきた銅毛の少年は云った。その指の示す先には重たそうに細長い葉と、色とりどりの短冊を下げた濃緑の植物。
 少年の名はカズマ。いつも前触れもなくいきなりやってくる、この少年の浸入口は、劉鳳が両親に内緒でこっそり作られた壁の穴だった。
 今日もまた突然現れたカズマの姿に驚きながらも慌てて駆け寄りながら、出し抜けに訊ねられた劉鳳は、カズマの柔らかな髪についた葉っぱを払い落としてあげながら答えた。

「ああ、あれは七夕の笹です」
「たなばた?ささ?」

 なんだ、それ?
 と、ばかりに首を傾げるカズマに、劉鳳は小さく微笑った。無知に笑ったのではなく、その姿のかわいらしさに自然と洩れ出た笑みだった。
 カズマと接するときはいつだって、劉鳳はこうやって心穏やかにさせられる。

「今日…7月7日を七夕というんです。この日、本土ではああやって、短冊に願い事を書いて笹に吊るすんだそうです」

 劉鳳は本土へ行ったことがない。だからそういった行事に関する知識のすべては、両親や、両親の客人たちから得たものばかりで、実際それがどういったものであるのかは知れなかった。

「ふ〜ん…。なんであんなのに願い事なんかぶら下げるんだよ」

 しなる竹を見て、カズマにはそれがその重みに潰れてしまいそうな、弱々しいものに写った。
 願いを託すに値するような力強さや頼りになるといった感じを受ける植物ではないと感じるのだ。

「天の川を渡って、彦星と織姫が一年に一度、7月7日だけ会えるんだそうです。それで、人々の願いを叶えてくれるって」

 天の川も、彦星や織姫についてもカズマは知らなかった。
 一年に一度会えて、だからなんでそれで願いを叶えてくれるのかという、その考え方も理解の範疇を超えていた。
 劉鳳は面倒くさがることもなく、一つ一つをカズマが理解できるまで丁寧に、一生懸命に言葉を選び、尽くして説明した。
 そしてカズマの感想はといえば。

「つまり、バカなオヒトヨシなんだな」

 である。
 せっかく逢えたのだから、もっと二人だけで楽しめばいいのに。誰かのためにその時間を無駄にするなんて、どうしてそんなことができるのだろうか。
 自分のことだけで精一杯のロスト・グラウンドで一人生きるカズマにとって、そんな上手い話は甘い罠でしかない。

「でも…幸せだと、それを誰かにも分けてあげたくなるんだと思います」

 幸せだと、とても優しい気持ちになれるから。

「そんなもんか?――なぁ、劉鳳も、何か願い事書いたのか?」
「え?…えっと、一応……」
「ふ〜ん」
「カズマも書いてみる?」
「ん〜でもなぁ…。オレ、字ぃ書けねぇもん」
「じゃぁ、僕が代わりに書いてあげるよ」
「そっか?」

 劉鳳は急いで家の中に戻り、余っていた短冊とペンを持ってくる。

「なんて書く?」
「ん〜?やっぱ、腹いっぱいの食いもんかな〜」
「あはは。だったら、後でお菓子を持ってくるよ。カズマがいつ来てもいいように、たくさん用意しておいたから」

 上目遣いになって考えるカズマの出した答えがらしくて、劉鳳は声を上げて笑った。
 菓子をあまり積極的に食べることのない劉鳳が、たくさんの保存の利く菓子を欲しがるようになったのは最近のことだ。
 両親やメイドたちはびっくりしてわけを訊ねたけれど、カズマのことを云うことが出来ない劉鳳はしろどもどろの言い訳をすることしかできなかった。
 それでも菓子を用意してもらえているのは、一重に普段の彼の得の賜物と云う他ないだろう。

「―――じゃ、やめた」
「え?」

 短冊に書き込もうとペンを下ろしきる直前に、カズマはあっさりと言う。
 劉鳳は驚いてカズマを見上げた。

「それじゃあ、なんて書くの?」
「うーん…と、えっと、ああ!そうだ!」

 腕を組んで頭を右に左に傾けて、眉根を寄せて考え込んでいたカズマは、不意に顔を輝かせて手を打ち鳴らした。

「高いところにいけるようにって書いてくれよ」
「高いところ?」

 今度は劉鳳が首を傾げる番だった。
 それに、カズマは嬉々として身を乗り出さんばかりの勢いで話し出す。

「ああ、クーガーのやつにきいたんだ。男に生まれたからには、高みをめざせって」
「高み…」
「おう!チョウテンをめざすのがつよい男だって云ってたぜ!!」

 カズマの言葉を頭の中で反芻していると、今度はカズマの叫び声が聞こえた。

「あ〜!!やっぱダメだ!!なし、それもなし!!」
「ど、どうしたの?カズマ」
「強くなるのは、だれかにつよくしてもらうんじゃなくて、じぶんでじゃないといみがねぇんだった」
「自分で…」
「う〜…他に何かあったかなぁ…」
「……ねぇ、カズマ」
「ん〜?」
「どうして、一番初めの…食べ物じゃだめなの?」
「あ?だって、劉鳳と食ったらそれ以上はいまんとこいらねぇもん」
「……」

 なおも悩み続けるカズマに、劉鳳長い沈黙の後、静かに声を掛けた。
 その表情は、柔らかな微笑を湛えている。

「ねぇ、カズマ」
「ん〜?」

 おざなりな返事にも腹が立たない。

「やっぱり、やめよう」
「ん〜〜って、へ?」
「僕も、願い事、やめにします」
「へ?なんで?」
「カズマが云ったでしょう?」
「オレが?」
「そうだよ」
「なんか云ったけ?」
「云ったよ」


 願いは、自分で叶えなくちゃいけない。


「人に頼ってたら、ダメなんだよね」
「ふ〜ん。…まぁ、どっちでもいいけどさ」
「うん。それじゃ、おやつにしようか」
「おう!!」

 カズマは嬉々として拳を天に振り上げた。
 劉鳳は笑ってそれを見上げた。
 太陽の光が眩くその拳の輪郭を隠し、劉鳳は深紅の瞳を細めて笑んだ。





僕は君と自分で歩む道を行く





----+ こめんと +----------------------------------------------------

 ぎりぎり間に合ったかな?もっと早くに書けばよかったのですが、漫画よんじゃって…(てへ←蹴)。
 本当は拍手ssだったのですが、長くなりすぎたので小説に格上げ。でもss用にと描写をいろいろはしょりすぎて中途半端。なんかもういろいろ申し訳ございません。
 ご意見ご感想お待ちしております_2004/07/07

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