ひなあられ 




 紫苑君と紅真君は基本的に自分本位な我儘人間です。ちっちゃな二人は余計に自分の我を通そうとすることに剥きになり易い傾向があります。特に紅真君は自分勝手で、けれど紫苑君は紅真君ほど自分本意ではない代わりに、紅真君よりもずっと癇癪持ちです。
 そんな二人にも頭のどうしても上がらない人間というものがいるのです。
 それは二人よりも二つほど年上の女の子で、ご近所同士の三人は幼馴染で、その女の子は二人にとってお姉さんのような存在です。少なくとも少女と周囲の人間はそう思っています。
 少年たち二人にしてみればたいそう不服なことだとしても、どうしようもないほどに、それが現実です。
 その女の子の名前は壱与。
 明るくて活発で、世話好きのその子は人のことを思いやることができるとってもいい子です。幼稚園ではいつも年少の子供たちの面倒を見る、保母さんたちにしてみればとてもよくできた子で、けれど、二人のお姉さん的存在であるのはだてではないのです。
 我儘な少年二人の幼馴染のお姉さんで。しかも、少年二人がなぜかどうにも頭の上がらない存在。
 明るくて活発で、人の心を思いやれる優しさをもったその少女は、ちょっと強引なところがありました。
 つまり、壱与ちゃんは時々暴走するのです。考え方が。





「二人は男のでしょ! 今日は『女の子の日』なんだから、ちょっとは『れでぃふぁーすと』をするべきよ!」
 びしりと指を突き付けて宣言したのは壱与ちゃんです。宣言された当の二人――紅真君と紫苑君は、戸惑ったように顔を見合わせました。
 ちょっとだけおませな壱与ちゃんはきとんと意味を理解できないながらに言葉を使うことがあります。壱与ちゃんが使った言葉の中に、紫苑君には理解不能の言葉が混じっていました。
「『れでぃふぁーすと』ってなに?」
「えっと…。女の子ゆうせんって、こと!」
「ふーん。それで、なにをすればいいの?」
 きらーん。
 壱与ちゃんの目がここぞとばかりに煌めきました。
「ふふふ。よくぞ聞いてくれたわ、紫苑君」
「……」
 よくない予感に半眼になったのは紅真君です。いつものことなので逃げ腰になることも顔を引きる攣らせることでもなく、あやしさ爆発――またはよからぬことを考えている――とでもいえる笑みを浮かべる壱与ちゃんに疑心の目を向けるばかりです。
 首をかしげる紫苑君。
 壱与ちゃんは胸を張って宣言しました。

「つまり! 二人のもらった『ひなあられ』も、わたしのものってことよ!!」

 壱与ちゃんは甘いお菓子が大好きでした。特に和菓子は数少ない壱与ちゃんの理性を奪うほどの大好物です。
 けれど躾に厳しい壱与ちゃんの家では、好き放題にお菓子を食べさせてもらえることはありません。壱与ちゃんはある意味必死でした。
 七五三の折、紅真君と紫苑君が貰った千歳雨を奪うのと同じくらいの闘魂が見て取れるほどに、闘志をめらめらと燃え上がらせていました。

 紅真君は呆れました。
 紫苑君はいまいち理解ができずに、相変わらず首を傾げたまま、意気込みに握り拳まで作って闘志を燃やし続ける壱与ちゃんを見つめ続けていました。
 二人とも確かにお菓子は好きでしたが、紅真君はもともと『食』に興味がなく、紫苑君はとりあえず食べられればものには拘らない――不味くても食べてしまえばみな同じ――というタイプなので、壱与ちゃんほどが燃やすほどの情熱が理解できないのです。
 ぶっちゃけ、『食べたきゃ、食べればいいじゃん』ってな気持です。
 紫苑君と紅真君のお家でも季節ごとの行事を大切にしていますが、さすがに雛祭りまではやりません。雛人形だってないし、雛霰も甘酒もなければ、ケーキも特に用意したりはしません。
 そんな紫苑君と紅真君に『ひな祭り』を提供したのが壱与ちゃんでした。紫苑君はともかく、紅真君にとっては有難迷惑です。彼は特別お祭りが好きなわけでも楽しいと感じることもない、可愛げのない子なのでした。
 そんな壱与ちゃんの真の目的は、壱与ちゃんのお母さんが二人に配った『雛霰』。ピンクと若草の色重ねの和紙にかわいらしく包まれています。
 壱与ちゃんのお母さんがお仕事に出かけてしまうと、それを見送った笑顔をさっと引っ込めて、壱与ちゃんは開口一番、右手をずいと差し出して云ったのです。

『二人は男の子でしょ! (以下略)』

 あの台詞を。





 壱与ちゃんは顔を朱く火照らせて寝ていました。腕には白く光沢を放つ徳利を抱え込んだまま、すやすやと気持良さそうな寝息を立てています。
 ついさっきまで愉快に笑い転げてしゃべり続けていたのが、漸く収まったのでした。
 紫苑君と紅真君は眠る壱与ちゃんから一メートルほどの間隔を開けたそこに姿勢正しく正座姿――さすが、二人とも剣術道場に通っているだけあります――で、眠る壱与ちゃんを目して見つめていました。
 壱与ちゃんは僅か六つの幼さで、酒豪としての才能を見せ付けたようです。
 前世からの因果でもあるのでしょうか。
 まるで子トラの如く気持ち良く酔い唄い、二人に絡んだ壱与ちゃんが飲んだもの。それは、甘い甘いお酒。その名も『甘酒』でした。
 紫苑君は仄かに香る麹の香りが駄目なのようで、一口舐めただけで顔を顰めて放り投げたそれも、壱与ちゃんには甘い甘い、お菓子よりもお気に召すものであったようでした。

『それでもひなあられには負けるけどね〜』

 ほろ酔い気分で機嫌のいい壱与ちゃんは語り、紫苑君と紅真君は絡まれるまま。お正月で親戚が集まったときのうざいお父さんのようになってしまった壱与ちゃんにどうしていいか分からないまま、それでも逆らってはいけないような気がしていました。
 なぜかはわかりませんでしたが、いつだって、二人はどうしても壱与ちゃんには何だか逆らい難いのでした。

 すやすやと気持良さそうに眠る壱与ちゃん。窓から差し込む日差しは、三月にしては少し暖かめです。
 これなら風邪を引く心配もないでしょう。
 紅真君が徐(おもむろ)に行動に移しました。

「紫苑、やる」
「いいのか?」

 紫苑君は首を傾げました。それは壱与ちゃんから二人に一粒ずつ与えられた『ひなあられ』です。
 紫苑君には白色の、紅真君には若草色のあられを一粒ずつ分け与えたそれは、壱与ちゃんなりの誠意と優しさです。それだけの余裕しかないほど、壱与ちゃんはお菓子に飢えていたのです。
 一粒だけ貰ったそれを、食べる機会を逸していた紅真君が紫苑君に差し出します。
 紅真君の手のひらにころんと乗っかったそれを暫らくじっと見つめていた紫苑君でしたが、今度は自らもまた紅真君に差し出しました。

「じゃあ、紅真にもやる」

 微笑った紫苑君の手のひらには、白いひなあられが一粒、乗っていました。

 互いに顔を見合せて笑顔を向け合い、二人は互いが互いに差し出したひなあられに手を伸ばします。摘み上げたそれを互いの口に含み、その甘みにどちらともなく笑顔をこぼしました。

 小さな手のひらに包まれる色とりどりの丸型。ふわふわとした触感とさくさくとした歯応え。
 それは、まるで幸せに微笑う少女のようにやわらかく。



 ぬくもりを、与えてくれる――。








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 そして夕方になり。
 帰宅した壱与ちゃんのお母さんに甘酒を飲み乾したことがばれた壱与ちゃんは、生まれて初めて味わう二日酔いの頭を抱えながら怒られる羽目になりました。
 紫苑君と紅真君にはそれを止める術(すべ)も、壱与ちゃんを助けることも慰める術もありません。
 帰る時期もとりあえずのところ掴めぬまま、紫苑君と紅真君はやはり正座したまま。幾許か心に過ぎる罪悪感に、壱与ちゃんの怒られる様(さま)から視線を逸らすのでした。






talk
 裏の白百合革命の続編を上げようと思っていたのを急遽変更してお送り致します。雛祭ですね。随分と縁遠いものになって早幾年が経ちました。雛祭りが迫っていると気がついた一日。紫苑も紅真も男の子だし…。女体化にしても裏でもうすでにやってるし…。幻水では尚更考え付かないし…と、ぼやいていた仕事中。タイトル『ひなまつり』だとつまんないなぁ…と思い、『ひなあられ』の響きが思い浮かんだ瞬間に、ちっちゃな壱与ちゃんがなぜか暴走し出しました。元気いっぱいな彼女と、それに振り回される二人が書きたい!! 利害は一致しました(何と?)。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2007/03/01〜03_ゆうひ。
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