勘違い

 

 

勘違い

 

 風が吹いていた。

 乾いた風だ。

 荒野に吹き荒れるその風は砂を巻き上げ、霧のような砂埃を作り出し視界を覆う。

「紫苑くんを返しなさい」

 凛とした少女の声が響き渡った。

 黒髪に黒目の少女だ。

 その手には槍が握られ、その後ろには屈強そうな男達が勢ぞろいしている。

 いずれも皆険しい顔つきをしていた。

「それはこっちの台詞だ。純粋な紫苑をたぶらかしやがって」

 少女の言葉に答えたのは黒髪に赤い瞳の少年だった。

 こちらの少年の後ろには三つ穴のお面をつけた黒装束の集団が騒然と控えている。

 少年の赤い瞳は、少女を険しく睨みつけていた。

 少女の名前は壱与。

 若干15という歳にして邪馬台国女王であり、槍の使い手だった。

 そんな少女の後ろに控えているのは邪馬台国の兵士達だ。

 その先頭には、総隊長のヤマジ。そして、壱与に愛の忠誠を誓った男。レンザ。

 どちらも壱与に対して絶対の忠誠を誓い、また壱与自身も最高の信頼を寄せている人物である。

 そんな彼ら――主に壱与にだが――に向かい合っている少年の名は紅真。

 陰陽連という方術士達の集団――その中の上級方術士部隊心武衆――の一人だ。

 後ろに控える黒装束の集団は彼の部下。やはり陰陽連の一員だ。

「たぶらかしたですって?私は真実を伝え、心清らかな彼はそれに賛同してくれただけよ」

 暫くの睨み合いの後、少女――壱与――が口を開いた。

 その表情は相変わらず険しい。

 彼らがただいま睨み合っている原因。

 それが紫苑という名の少年だった。

 彼は元々は紅真と同じ陰陽連の一員だったのだが、とある事件により陰陽連と敵対関係にあるといっても過言ではない立場にある邪馬台国女王。壱与の護衛となったのだった。

 かなりの強さを秘めた銀髪紫翠色の瞳の少年で、かつてあった方術士の国。月代国皇子。

 現在壱与がもっとも信頼し、頼りにしている人物だった。

 そんな彼が3日ほど前から行方不明となっていた。

 原因は不明。

 壱与たちは審議の結果、陰陽連が何かしらの罠をしかけ、紫苑をさらった。と決定付けた。

 また、紫苑は陰陽連にとっても重要人物であった。

 そうである理由は様々であるが、主に彼が持つ心具がその理由となっている。

 ここでは詳しい説明を省くとして。

 ともかくそんな訳で、紅真は紫苑を邪馬台国より連れ戻すように任じられたのだった。

 もっとも。そには何やら私的な事も含まれているようではあったが…。

 とにもかくにも。

 それぞれ理由は違えど同じ原因と目的の下に現在に至っていた。

 もうすでに何度目かになるかもわからない沈黙が辺りを包む。

 今にも空気が貼りさけんばかりに張り詰めた面々。

 いずれも皆目が座っている(黒装束の者達はわかりようもなかったが)。

「…」

「…」

「もう一度だけ言う。俺の紫苑を返せ」

「これはこっちの台詞だって言ったはずよ。だいたい、いつから紫苑くんがあんたなんかの者になったのよ」

 紅真の台詞に壱与が言い返す。

 互いに引く気配は微塵も見せない。

 ビシッ。

 動いたのは同時だった。

 落ち着きかけた砂埃が再び辺りに舞い起こる。

 壱与が槍を突き出し、紅真が心具、紅星の剣を薙ぐ。

 それを合図にしたように、それまで一様に静を保ちつづけていた兵達が勢いも良く動き出した。

 猛々しい雄たけびを上げ、それぞれが武器を手に立ち向かう。

 そこは一瞬にして戦場と化した。

「だいたいてめぇらみてぇな奴らに紫苑が付くなんてことがおかしいんだよ!いったいなんていって紫苑をたぶらかしやがった!」

 壱与の槍をうけながら紅真が叫ぶ。

 紅真への攻撃の手は揺るめないまま、壱与もそれに反論する。

「さっきからうるさいわね!そもそも紫苑くんみたいに心の優しい人が、あんた達みたいな非人道的な集団にいること事態間違いだったのよ!散々紫苑くんを騙して、利用して傷つけておいて!今更返せなんて虫が良すぎるのよ!」

「うるせぇ!てめぇみてぇなブスのところに紫苑がいることだって十分おかしいんだよ!!」

「んだと、てめぇ!その言葉取り消せ!!壱与さんは誰より美しいぞ!」

 紅真の言葉に反応したのはレンザだった。

 指を突き出し、胸を張って大仰に言い張る。

「さっさと取り消さないと、この愛の戦士レンザ様がてめぇをぶっ殺すぞ!!」

「うるせぇ!やれるものならやってみろ!このバカ!!」

 紅真がその攻撃の目標を壱与からレンザに移す。

 バキッ。

 薙ぎ払われた紅真の紅星の剣に、哀れ、レンザは見せ場もなく遥か彼方へ吹き飛ばされる。

 彼はお星様になった…。

「くっ。レンザ君の敵(かたき)!」

 壱与が言い槍を突き出す。

 彼女の中では、もはや彼は空の上の人に間違いないようだった。

「壱与様。加勢します!」

「ヤマジ隊長、ありがとう!」

「雑魚が何人束になっても同じなんだよ!!」

 こうして混乱は混乱のまま。

 ますますエキサイトしていくのだった。

 

 その頃。

 紅真によって、戦場から遥か彼方へ飛ばされたレンザはというと。

 ふゅぅゥゥ。
 ボトッ。
「…」
 とある戦乱の跡地に落ちていた。
 もはや虫の息である彼を見つけたのは…。
「なんでこんな所にレンザが倒れてるんだ?」 銀髪に紫翠移色の瞳の少年。
 紫苑だった。
 ここは元月代国跡地。
 彼は弔いのためと常世の森で得た刻印の心具についての手がかりを求めてここにやって来ていたのだった。
 暫く跡地の片付けなどをしていた所に、レンザが落ちてきて現在に至る。
「おい、レンザ。無事か?」
 紫苑はとりあえず、どう見ても無事ではないレンザに声をかけてみる。
 頬を叩き、身体を揺すると(←本来はやってはいけません。危険です)、レンザが軽い呻き声を上げて目を覚ます。
「うぅ…。」
「レンザ、いったいどうしたんだ」
「くッ…紫苑か…?」
「ああ、いったい何があったんだ。レンザ」
 紫苑は追求を止めようとはしない。
 レンザがこのような状態になるということは、もしや邪馬台国に何かあったのか。
 ということは、壱与の身が危険に晒されているということなのか。
 紫苑の不安と焦りは高まる。
「うっ…陰陽連…紅…真……壱与さ(ん)…戦って…がくぅ」
 最後はレンザが力尽き崩れ落ちた音である。
 レンザのその言葉を聞き、紫苑は紅馬が邪馬台国――壱与――を崩しに来て、たった今戦闘中であると結論付けた。
「早く戻らないと…!」
 焦る紫苑は――それでもレンザを引きずって行く事は忘れずに――馬より速い俊足で邪馬台国の方向目指して走って行ったのだった。
 

「くぅ…なかなかやるわね…。でも…しつこい男は嫌われるわよ!!」

 壱与が吐き捨てながら、槍を連続に付き出す。
 紅真はそれをことごとくかわしながら。
「余計なお世話だ。俺は愛に生きてるんだ!!」
「それは俺の台詞だぁぁぁぁ!!」
 紅真が壱与に言い返した時、聞き覚えのあるような無いような雄叫(たけ)びが場に響き渡る。
 もっとも、この場でそれを聞いていたのは、紅真。壱与。ヤマジの3人だけだったが。

「「!誰(だ)?!」」

 紅真と壱与の声がはもる。
 二人同時に振り向いた先に居たのは…。
 雄叫びの主――レンザ――と。

「「紫苑(くん)!!」」

 だった。
 哀れ、レンザは無視。

「紫苑くん、なんでここに居るの?!」
「紫苑!いったい今までどこに居たんだ?!」

 紅真と壱与は互いに牽制し合いながら紫苑のもとへ駆け寄る。

「…」

 紫苑は黙ったまま俯いて動かない。

「「どうしたの(んだ)?紫苑(くん)」」

 またもや二人の声は、はもる。…実はかなり気が合うのではないだろうか。この二人。

「…」

 相変わらず黙ったままの紫苑。
 そこへ口を挟んできたのはレンザだった。

「おい!お前!!」

 真っ直ぐに紅真を指差し。

「壱与さんへの愛に生きるのはこの俺だ!!壱与さんに手を…がフッ」

 レンザは再び吹き飛ばされた。
 それをしたのが剣ではなく槍であった事は、レンザのみが知らぬ事実として記しておこう。

「もうっ!さっきからなんだったの?!うるさいんだから!!」

 これは壱与の台詞だ。
 後ろの方では一部始終を見ていたヤマジが遥か彼方を見つめている。
 恐らくレンザが吹き飛んで行った方角だと思われる。
 ヤマジの顔色が青くなっているのは気のせいではないだろう。

「アホか!うるせぇのはてめぇもだ!!」

 壱与の台詞にすかさず突っ込んだのはもちろん紅真だ。

「お前らみてぇな、能天気アホ集団に紫苑がなじめねるわけねえんだよ!」
「失礼なこといわないでよね!だいたい、紫苑くんみたいな美少年をあんた達みたいな怪しい団体に任せられるわけないでしょう!!」
「あやしい団体ってなんだ!だいたい、それを言ったらお前らの方だって似たようなモンだろうが!!あんな(ヤマジを指して)奴ばっかりのむさくるしい所に紫苑を置いておくほうが危険なんだよ!!」
「フン!それだったら心配無用の愚問よ!!紫苑くんの身の安全は私がきっちりガードしてるもの!!」

 胸をはって言う壱与。

 二人の言い合いはさらに熱くなって…いこうとしたところに。

「…さい」
「「えっ?」」


 微かな紫苑の声に、二人は途端に言い合いを止め、揃って疑問符を上げる。

「…うるさいんだよ!!」

 紫苑が怒りを露わに叫び、顔を上げると同時。
 辺り一帯の石や岩が狙いすましたように人々にヒットしてく。
 怒り狂った紫苑の気をまとったそれらの威力は尋常ではない。
 さらに。
 彼を中心に竜巻の如く渦を巻く真空の刃が、その範囲を広げながら人々を切り裂いてゆく。
 人々は敵味方の区別なくひたすら逃げ惑った。
 ちなみに。
 紫苑の最も近くにいた壱与と紅真(ついでにヤマジ)の両名は、紫苑が叫んだと同時に顔面に大岩のヒットを受け地に沈んだ。
 彼らがいたのは混乱の中心。
 紫苑はそこへ辿り着くまでに散々聞いたのだ。
 紅真と壱与がしていたようなあの言い争いの数々を。
 ほぼ同じ内容で更正されている理解不明の――だが明らかな不快感の沸き起こる言葉を。 

 その数時間後。

 もはや怒りと呆れにさっさとその場を後にした紫苑は再び見つける事になる。
 はじめよりも酷い傷を負い、大地と仲良くしている「元祖愛に生きる男――レンザ」の姿を。 

 そしてさらにその数日後。

 荒野であったはずの場所は瓦礫の山と化していたとかいないとか。
 そしてその中からは。 満身創痍の人々が自力で抜け出したとか発掘されたとか。
 そして彼らは自分達が埋まっていた理由がまったくわからなかったとか。
 互いに勘違いをして帰り着いたとか着けなかったとか。
 ちなみに。
 その中にいた黒髪黒目の少女と、黒髪赤目の少年は何故か無傷だったとか。
 そして最も酷い傷を負っていたのは、彼らの側から見つかった大男だったとか。 

 もはや全ては時の中。

 こうして陰陽連と邪馬台国の対立は続いてゆく。 

 余談だが。

 紫苑が月代国跡地へ赴く事を伝えたその日。
 邪馬台国では酒盛りが催されていたとかいないとか。
 そして。
 壱与のお守り役であるナシメは、酔いが表に出るとか出ないとか。
 もはや過ぎたるは及ばざるが如し。
 彼らの飽くなき挑戦は続く。 

 








 遠琉さまからの200HITリク小説。
 リクエストは邪馬台幻想記の紫苑くんの話。
 「陰陽連VS邪馬台国(邪馬台連合?)紫苑争奪戦」でした。
 どうでしょうか?
 出来ていますでしょうか?
 なんか消化不良を起こしたような話ですみませんです(汗)。
 「陰陽連VS邪馬台国」というよりは「紅真VS壱与」という感じになってしまいました…。
 受け取って貰えたら幸いです。
 



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