食事のお誘い












 彼の傍には、かならず一羽以上の鳥がいる―――。











「やったーーー!」
「あーー。いいなぁ…」
「拗ねない。拗ねない」

 邪馬台国のとある家。
 そこで、数人の少女達が集まり、
 何事か話し合いを催していた。

「だって、邪馬台国内で区域を分けて、
さらにその中から抽選だよ。
なかなか順番も回ってこないのに、
その上、さらに抽選だなんて酷いよぉ」
「しょうがないでしょ。
それだけ競争率激しいんだから」
「そうそう。
これはみんなで決めたことなんだからね。
今回は諦めなさい」
「分かってるわよぉ」

 少女の一人が拗ねたように言った。
 他の面々の表情も様々だが、
 ほとんどの者が、がっかりしたような…
 そんな表情をしていた。

「と・に・か・く!
今回の紫苑さまとのお食事権は、
私が頂きだからね」

 言ったのは、少女達の中でたった一人。
 にこにこと、晴れ晴れとした表情を
 し続けていた少女だった。





 邪馬台国内の兵士は、
 兵士採用試験によって、
 各地から集められた者も多い。
 つまり、彼らにとって兵士というのは、
 役職なのである。

 たしかに、邪馬台国を守りたいという
 志の元に構成されてはいるが、
 決してボランティアではないのである。

 よって、彼らにはそれなりの
 給料と呼べるものが存在する。
 武器や鎧などは仕事を行なう上で
 必要な物なので、それには入らない。
 配られるのは、おもに食料などだ。
 米や野菜。肉や魚など、種類は様々である。

 壱与の護衛を勤める紫苑にも、
 もちろんそれらは支給されていた。

 先にも述べたとおり、
 邪馬台国の兵士は各地から集められた
 旅人も構成員に含まれている。
 つまり、邪馬台国内に家や家族を
 持っていない者もいる。という事だ。

 そこで、兵士には宿舎のような場所が
 設けられており、
 女王の護衛である紫苑にも
 そのうちの一室が
 自室として割り当てられていた。

 もちろん、自分の家庭や家がある者は
 そちらに暮らしても構わない。
 宿舎で暮らすというのは、強制ではないのだ。
 宿舎はあくまでも、
 邪馬台国に来たばかりで、邪馬台国内に住む家のない
 旅人に対して割り当てられた、仮宿。
 そんなものであると考えても良い。

 夜の警護や見はりの当番などの時には、
 また別にそのような宿舎があるのだ。

 兵士達に割り当てられた宿には、
 特に決まり事は存在しない。
 もちろん、訓練の時間などを無視して
 寝ていていいかといえば、
 それはもちろん許される事ではないが。

 ある程度の起床時間などは決まっていても、
 夜間護衛などの当番制によって、
 それらはある程度、人それぞれに分かれていた。
 結局は、自己の管理は自分の責任。
 ということなのである。

 よって、食事の仕度も自分で行なうのが常だ。
 食事に限らず、
 それは家事一般すべてに値するのだが。

 兵士達の中には、何人かでグループを作り、
 当番制にしている者達もいる。
 何もかもを自分で行なうのは大変だが、
 誰かと共同でやれば、
 一人頭の負担は、なかなか軽くなるのであった。

 紫苑が、ここの宿舎の一室を割り当てられた時、
 そんなグループを作っているうちの
 何組かが、彼を誘ってくた。
 一人では、何かと大変だと気を回してくれたのだ。

 しかし、紫苑はそれらを丁重に断った。
 今まで他人と特別な関わりを持ってこなかっただけに、
 集団行動というのは苦手なのである。
 一人で家事などをこなすよりも、
 相手に気を使って逆に疲れてしまう
 可能性の方が高かった。

 彼らも紫苑のことは知っていたし、
 それまでにも一人の方が楽だという者は
 少なくもなかったので、
 彼らは特別、無理強いをする事もなかった。
 ただ、困った時は手を貸す。
 それだけはきちんと伝えたかったし、
 紫苑もその好意は受け取ったのだった。

 だが、自炊を行なうにあたって、
 紫苑が困ることは何一つなかった。

 陰陽連にいた頃から、
 国と陰陽連支部との移動の際などの時に、
 道すがら自炊をして夜を明かすことも
 決して少なくはなかった。

 紫苑の自炊経験は、かなり豊富であり、
 しかもその腕はかなりの物だった。
 だてに五年近くも一人で物事を
 こなしていたわけではないのだ。
 彼は、家事全般におけるプロだった。

 しかし、一人ですべてを行なうのが
 大変であるのに間違いはない。

 しかも、彼は女王壱与の護衛だけでなく、
 兵士達へ方術の指南も行なっているのである。
 いかに彼が家事のプロフェッショナルだとしても、
 これでは疲れてしまうのは仕方がない。
 というか、疲れて当然である。

 そこに目を付けた…ではなく、
 心配した者達がいた。
 邪馬台国中の女性全般(一部男性含む)であった。
 彼らは紫苑に様々な物を差し入れしたのだった。

 食事はもちろんの事、服や髪留。
 その種類は多岐に及ぶ。
 彼らの思惑など到底知らぬ紫苑。
 親切な人ばかりだなぁ…と、
 慣れぬ親切に戸惑いながらも、
 心から感謝していたとか。

 その陰に、嫉妬渦巻き、
 涙する者達がいたということには
 まったく気付かずに…。

 そんなある日のこと。
 紫苑が宿舎に戻って来たときの事だった。
 一人の少女が、
 彼の部屋の前に立ってたのだ。

 紫苑は何事かと思った。
 最近頻繁になっていた差し入れを、
 また持ってきてくれたのかな?
 と、一瞬思ったが、そうではない様子である。

 少女は紫苑が帰ってきたことに気が付くと、
 恥ずかしそうに、何か言うのを躊躇う様子を見せ。
 しかしその後、意を決したように言い放った。

「家にお食事にきませんか!」

 その言葉に、紫苑は目を点にして
 きょとんとした。
 少女の勢いに
 びっくりしたのもあったかもしれない。

「ああっと。でも…。
俺なんかが邪魔したら、迷惑なんじゃ…」
「そんなことありません!!」

 どうしたものか。
 と考えあぐねて言った言葉に、
 ものすごい勢いで否定の返事を返され、
 紫苑は言葉に詰まった。

 別に断る理由はなかった。
 食事を作りたくないと思うほどではないが、
 疲れているのは確かである。
 他人と関わり合いを持つ事には
 未だ慣れたとは言えなかったが、
 それも以前ほどではない。

 差し入れなどをしてくれる人々との
 関わり合いなどで、少しずつ。
 本当に少しずつではあるが、
 人と接する事に慣れてきてはいるのだ。

 しかし、他の人々と比べれば、
 自分は未だ無愛想の部類に
 入るのだろうという自覚が、紫苑にはあった。

 なので、少女の申し出に対して、
 自分のような人間が他人の食事に招かれても、
 気分を悪くさせるだけなのでは?
 と、危惧したのだ。

「絶対にそんなことありません!!っていうか、
むしろ来て下さった方がすっごくいいです!
っていうかぜひ来てください!!ね!」
「え?!あ…ああ…それじゃぁ――」
「来て下さるんですか!?」
「ああっと。本当に迷惑じゃないんだったら…」
「迷惑なんかじゃありません!!」

 少女の勢いに、紫苑は
 思わず了解の返事を返してしまった。
 少女の勢いに負けたというのもあるが、
 彼は基本的に押しに弱いのである。

 紫苑の了承の返事を貰えた少女は、
 実に嬉しそうな様子で笑っていた。
 そんな少女の姿を見て、

(たまには、こういうのもいいか…)

 などと、溜息交じりにそんなことを思って
 紫苑は僅かに苦笑した。
 誰かが嬉しそうに笑ってくれるのが、
 なかなか心地良いものだと思えた。

 しかし、それは今回だけではなかった。
 その日を境に、
 紫苑を食事に誘う者が急増したのだ。
 というより、紫苑は毎日、
 どこかの家の食事に招待されていた。

 それは今日も例外ではなかった。
 紫苑が宿舎に戻ると、
 数人の少女が彼の部屋にいたのだった。

「あっ!紫苑さま」

 紫苑の姿を見つけた少女達は、
 紫苑の元に駈け寄ってきた。

「あの、今日のお食事は家でどうかと思って
お誘いに来たんですけど…」

 少女の中の一人が、
 恥ずかしそうに言った。
 紫苑がそれに答えようと
 口を開いたその時――。

「おっ、紫苑。またデートのお誘いかぁ?」

 後ろの方から男の声がした。
 紫苑が振り返ってみると、
 それはこの宿舎に暮らす兵士の一人だった。
 紫苑と同じ。
 丁度兵役の交代時間で戻ってきたらしい。

「デート?何言ってるんだ?」

 紫苑は兵士に言った。

「なんだ?違うのか?
いつも誰かしら女の子と出かけていくから、
てっきりデートにでも
出かけてるのかと思ってたぜ」

 他の兵士達ともそういう話をしていた。
 その兵士はそう言った。

 しかし。
 その兵士の話は大嘘である。

 紫苑のように人の気持ちに
 鈍感な者ならともかく。
 普通の若者が気が付かないはずがない。
 少女達の戦略?に。

 しかも。
 邪馬台国全体で、
 紫苑は今やアイドル状態なのだから…。

 そう。
 少女達は紫苑と食事をしたくて
 彼を誘っているのだ。
 紫苑が思っているような、
 ただの親切心でのことだけではない。
 もしそうであるのなら、
 紫苑以外の他の者達も
 食事に誘われているはずだ。

 厳密に言うと、今日彼を誘っているのは、
 紫苑に話し掛けた少女だけである。
 他の少女は、食事は出来なくとも、
 せめて彼を一目みたいという理由から
 付き添って来ただけであった。

「そんなわけないだろう。
人の親切をからかうもんじゃないだろ。
俺が言うことじゃないだろうがな…」
「……。お前、それ本気で言ってるのか?」
「当然だろう」

 兵士の台詞に、
 紫苑は些か気分を害したように言ってみせた。
 確かに自分は他人と関わるのは苦手だが、
 人の親切を仇で返すようなことを
 してもいいとは思っていない。

「ああっと。
そう言う意味で言ったわけじゃないんだ。
悪かったって。紫苑。
それよりも、お嬢さん方が
後ろでお前の返事を待ってるぜ」

 兵士の言葉に、
 紫苑は慌てて少女達に振り返った。
 はっきり言って忘れていたのだ…。

「ああ、すまない」
「あっ!いえ、ぜんぜん平気です。
気にしないで下さい」

 少女はちぎれんばかりに、首を横に振った。

「ああ・・・その。このことだけじゃないんだ。
その・・・せっかく食事に呼んでくれたのに
悪いんだけど・・・今日はこれから、
見張りの当番なんだ。だから・・・」

 紫苑は申し訳なさそうに言った。
 少女も残念そうに顔を歪める。
 だが見張りならしょうがない。
 我侭を言って
 紫苑を困らせる事こそ本位ではない。

「あっ…。ええっと。気にしないで下さい」

 少女は必死で手を振り、首を振った。
 言葉とは裏腹に、
 その表情はかなり泣きそうになっていたが
 …だからといって、
 こんなことで見張りを
 交代してもらう事は出来ない。
 申し訳ないと思いつつも、
 紫苑はその場を後にした。

「はぁぁぁぁーー」

 紫苑の姿が見えなくなってから、
 少女達は一斉に溜息をついた。

「ああ!もう!!
やっと順番が回ってきたと思ったのに!」
「残念だったわねぇ」
「本当。せっかくご馳走用意したのにね」
「どうしようか?」

 少女達が一斉に話し出す。
 その話を聞いて、兵士が口を挟む。

「なんだぁ?それだったら、
俺が呼ばれてやろうかぁ?」

 その言葉に、少女の顔をが引き攣る。
 額に青筋が浮かんで見えるのは
 気のせいだろうか。

「…なんで?」

 少女の低い声が響く。
 本当に先ほどまでの
 高い声で話していた人物と
 同じ人間から発せられた声なのだろうか。
 兵士の顔も引き攣った。

「い、いや…。
食事が余っちゃうんなら、
もったいないかぁ…と」

 兵士の額から冷汗が流れ出す。
 後ずさる足がうまく動かない。

「…あなた、紫苑さまといつも一緒に居るの?」
「へ?」
「…随分親しそうに話してたじゃない」
「あ…」

 兵士の脳は振る回転した。
 どう答えればこの場を切り抜けられるのか。

「あ…まぁ、けっこう、仲は良い方かな」

 兵士の脳は選択した。
 と。

「ぐっ!」

 少女の拳が兵士の腹にめり込んだ。
 兵士はにぶい呻き声を上げて、
 崩れ折れた。

「私達だって紫苑さまと
お近付きになりたいのに!」
「なんで、あんたみたいな
むさくるしいのと
紫苑さまが親しくなれるのよ!!」
「不公平だわ!!」

 兵士は選択を間違えた。
 あろうことか、恋する乙女の
 逆鱗に触れてしまったのだ。
 というよりも
 少女達の怒りを増幅した
 と言った方が良いだろうか。

「「「絶対に、許せない!!」」」

 邪馬台国を命がけで護る兵士。
 厳しい訓練に耐え、誰よりもこの国と、
 この国の民を護ろうと尽力している者の一人である。

 が、しかし。

 民にとってそんなむさくるしい兵士の
 一人や二人どうでもいいのである。
 特に夢見る少女達にとっては――。

 その日。
 一人の兵士が、
 少女達の八つ当たりの標的となった。

 運がなかったとしか言いようがない。











 彼の傍には、かならず一羽以上の鳥がいる―――。

 朝も昼も夜も。
 決して眠ることも、離れることもせずに
 彼を見守る鳥達。

 その鳥達が、時々争うのを見るが。
 勝つのはいつも決まっていた。

 黒い羽根に、赤い瞳の鳥。

 あとは、より一層大きな鳥。

 彼の傍にいるためには、
 これだけの数の鳥達も
 相手にしなければならないということ。

 その事実を知る者は、
 邪馬台国内においては以外と少ない。

「でも、負けないんだから」

 鳥達に不敵な笑いを見せ、
 そう呟いたのは。
 邪馬台国現女王壱与。
 その人だった。











 内も外も、気の抜けない敵だらけ。











「それだけ魅力的って、ことでしょ?」

 さぁ。今度は誰が、彼への招待権をゲットした?













 おわり








■あとがき■

900HITリク小説です。遠琉さまに捧げました。
リク内容は「陰陽連VS邪馬台国(+邪馬台連合)紫苑争奪戦〜内部紛争編〜」でした。
いや…。なんかもう、申し訳ありませんです(汗)
リク頂いてから、大分お待たせしたにもかかわらず、
なんか説明ばかりの話になってしまいました…。
しかもよく分からない。こんな物しか書けなくてすみません。
兵士を殴り倒す少女が書きたかった…(自爆)





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