+ 木洩れ日の日 +
僕らは日々成長している
少しずつ
少しずつ
それでも確実に成長している
僕らは歩んで行く
一歩一歩
誰も、僕らの成長を止められない
毎年毎年。この日はどうしようかと迷っていた。 二人が出会って随分経つが、この日を二人だけで過ごした事は、今まで一度もない。 今年はどうなるだろうか。 9月24日。 この日は紫苑の生まれた日。 国がまだ滅ぼされる以前、この日の紫苑は国全体で催される祝いの席から抜け出すわけにはいかず、紅真は一度たりとて、紫苑に直接会う事が叶わなかった。 国が滅ぼされ、陰陽連に入った後は、しつこく厳しい監視を気にし、やはりそれらしい態度を取ることも叶わなかった。 今年。 紫苑は陰陽連にはいない。 しかし、近くにもいない。 監視は相変わらず。 一緒にいられない。 逢うことが出来ない。 言葉を交わせない。 大切な、かけがえの無い存在が誕生した記念すべきその日。 しかし、紅真にとってそれは、愛しい人との距離をより遠く感じる、寂しく切ない日に他ならなかった。 紫苑は空を見つめていた。 冬にはまだ早い、しかし夏よりもずっと寒い日だった。 空は随分高くなり、その風の冷たさに空気が澄み渡る。 日陰と日向との気温の変化が、はっきりと分かれ始める頃だった。 (逢いたいな…) ふと呟いてみる。 決して声には出さない。 時々涙が出そうな程に胸がつまり、顔を歪めそうになる。 今日は自分が生まれた日。 この日は…何時も騒がしかった。 心からの祝福と笑顔。数多くの幸福。幾つもの祝いの品。温かな思いに満ち溢れた空間の中で過ぎて行く一日。 何時より幸せな筈の日。 けれど、一度だって。 そんなふうに感じたことは無いような気がする。 だって一度だって。 最も傍にいて欲しい人はいない。 何時だって一緒に居たいと願う人が、この日そこに居たことは無い。 紫苑にとって、今日と云う日は、逢いたい人に逢えない日だった。 温かな空間を失って久しい現在も、それは何一つ変わらない。 今はもう、自分の誕生した月日を知る者はその人しか居ない。 けれど、その人は傍には居ない。 納得しているはずだけれど、心が寂しがるのは止められない。 空(から)になりそうな心の空虚さに、自分の意識や意思が風に攫われそうになる。心がふわりと飛んで行き、何処へとも無く流されそうな錯覚を思える。 涙と共に切ない感傷のすべてを飲み込んで、紫苑は空に背を向けた。 歩く先に在る物は、謀(たばか)る自分を受け入れるところ。 紅真は掌に意識を集中させていた。 ここは深い森の中。自分を見ている者は誰も居ない。紅真以外にここに居る存在と云えば、それはこの森に生きる人外の住人達だけだった。 開かれた紅真の両の掌に、淡い光が灯っていく。 熱の無いその光は少しずつその明るさを増していき、次第に明確な容姿を形造っていく。 それは一枚の白い羽だった。 光の羽が出来、柔らかくも冷たい秋の風が吹く。 羽は風に乗り、空へと舞い上がる。 流れる風に乗って舞う羽の行く先は、眩しく輝く夕日の向こう。 紅真は夕日の眩しさに目を細めた。 羽の姿は、橙色の巨大な輝きにその姿を消す。 木々がざわめき、夜の近付きを告げる冷たい風が、紅真の横を通り抜けていった。 夏の気配はまったく消え、その身を冷たい風が包む。秋の夜空に、星々が美しく瞬いていた。 紫苑は小さな丘の上に腰を下ろしていた。 高い木々の無いそこからは、夜空の星がとても良く見える。紅く輝く星に目を止め、遠く思いを馳せる。 ふと。 白く輝く光が目に止まった。 手を伸ばしてみる。 指先に触れたそれは一瞬大きく光り輝き、そしてその光量を落として紫苑の手の上に収まる。 それは一枚の羽だった。 紫苑は呆然とした表情で、掌に舞い落ちたそれを見つめた。 羽の発する柔らかな光は、夜空に輝く月のそれとどこか似通っている。降り注ぐ星の光とは違う、包み込むような儚さがあった。 (紅真…) 紫苑の頬を、一筋の雫が流れて落ちた。 涙はその一滴(ひとしずく)。 思いは胸中で。決して声には出さない。 君が生まれて来てくれた事に、感謝の意を―― 音にはならないその思いが伝わり、羽は粉々に崩れ去った。まるで氷が割れるように崩れたそれは、雪が解けるように消え――。 紫苑は微笑んでいた。泣きそうな笑顔。 逢いたい気持ちが溢れ出る。 苦痛でないといえば嘘になる。けれど決して悔いてはいない。 自分で。自分達で決めた事だから。 紫苑は一度瞳を閉じ、それから今度は掌に力を集中する。 光が膨らみ、掌には一枚の羽。 それは、紫苑と紅真。二人が作り出した方術だった。 思いを光に変換し、それを光の羽という形に実体化する。風に気を紛れ込ませて、思いを伝えたい相手に確実に届けさせる。思いを凝縮した羽は相手の掌を通してその思いを直に伝え、そして跡を残さず消える。 離れていても確実に思いを届ける方法だった。 紫苑の横を風が吹き抜け、紫苑はその風に思いを託す。 風は丘の向こうへと羽を運んでいく。 はじめは上手く伝わらなかった思い。 少しずつ少しずつ改良を重ねていき、完成に至った。 どうしても逢えない時。 どうしても逢いたい時。 一人で居るのが辛い時。 寂しさと不安に押し潰されそうになった時。 互いに気持ちを届けあった。 言葉にならない思いまでもが強く胸に届く。 支え合いながら、互いに成長していった。 一見すると、それは何も変わっていないように見えるが、それでも確実に変わっていく自分達。 強い決意はそのままに――。否、それは更なる強さと重みをもって。 生まれてからここまで。 多くの人に支えられて生きてきた。 それらの人々が、すべて自分に対して良い思い出だけを残してくれたわけでもなければ、自分がそれらの人々に対して何かをしてやれたというわけでもない。 苦さも痛みも味わってきた。 もちろんその逆も。 多くの時間の流れの上に、今の自分は立ち。 今の時間の上に、これからの自分は立つだろう。 もしかしたら立ち止まるかもしれない。 それでも、いつかは再び立ち上がり、そして流れゆく数々の時間の上に、再び立ち上がることだろう。 その時には、大切な人が隣に居て欲しいと思う。 |
君が生まれて来てくれた事に感謝の意を
君が生きていくその道の先に幸福がある事を願って
君を護ってくれた数多くの者達の愛を思い
君にはこれからを生きて、生き抜いて欲しい
僕らは日々成長している
その一歩一歩は微々たる物かもしれない
けれど、それは何時の日か
空を覆う大木の葉のように広がり
影を作り焼け付く陽の暑さから護り
木洩れ日の眩しくも美しい輝きを作り上げるだろう
君が生まれて来てくれた事に感謝の意を
君の隣に居られる事に幸福の思いを
いつか、木洩れ日の輝くその日を夢見て
その夢を実現させる力を、君は持っている
今日は、君が初めてその一歩を踏み出した記念の日
■あとがき■
紫苑さん誕生日記念小説です。 初めは24日限定物に仕様かと思ったのですが、ゆうひは限定物を見逃して泣きを見る事がとても多いので、それは止めました(笑)。 「夏夜の気配」設定での小説其の四です。 邪馬台幻想記で行事ネタをやるのは、つくづく難しく思う今日この頃です(←だって今ある行事の多くが今と違う形を取っていたり、行事その物事態ない時代) 感想下さい(切実/泣)。 |