+ 偶然と必然の狭間で +
やっぱ、量より質でしょ?
「はいvv」 目の前にはにこにこ笑顔の壱与。 ハートマーク付きで手渡されたそれに、紫苑と紅真はそろってハテナマークを浮かべた。 朝である。 身支度を済ませてさて学校に行こう。と、いつもと同じ時間。いつもと同じように玄関の戸を開けて外に出た紫苑と紅真。 家を出て互いにいつもと同じように挨拶を交わして(ちなみに紅真は朝練サボリvだって紫苑と一緒に学校行きたいんだもん) 目の前に現れた壱与からの突然の第一声がそれである。 二人は訳が分からずに目をぱちくりさせた。 今日は2月14日 バレンタインデー。 そんなことすら頓着しない彼らのことだから、壱与はやっぱり。と、云いたげな苦笑をもらして云った。 「バレンタインデーだよ、二人とも」 それくらいは気にしなよ。 そう云って渡されたものの中味は当然チョコレート。 二人は勢いのままにそれを受け取った。 「ああ…サンキュ」 軽くお礼の言葉を述べれば、壱与は「ふふ」と、なにかを含んだような笑を漏らし、楽しそうに二人の不思議そうな表情を見た。 「なんだよ?」 「ん〜?わかんないかな〜…やっぱり。……………あのね、今日は片思いに心を悩ます女の子にとっては一年で一番の最大イベントなのよ。分かるかな〜……この乙女心ッ!」 やけにうきうきとした様子で、身振り手振りをつけてまで話す壱与に、どこか妖しい…疑わしい気配を感じ取り、紫苑と紅真は僅かに後ず去った。 「いや…バレンタインデーはさすがに知ってるぞ、壱与」 いくらなんでもそれくらいは知っている。 冷汗を流しながら云うのは紫苑だ。 特別に気にしたことはないが、かれこれ十三年は同じ国で生きてきた。年中行事の内容くらいは知っているし、その活気もまぁ大体知っている。 「違うわ!違うのよ!!紫苑くん!!」 紫苑の答えに、壱与は身を乗り出して鬼気迫る勢いで云った。 何か云おうと口を開く暇(いとま)を、紫苑、紅真のどちらにも与えずに、壱与はさらに言葉を浴びせかけた。 その様子はまるで喜劇でも見ているようである。 「いい?あなた達は女の子の本当の情熱を知らないのよ!それはとにもかくにも言葉では語れぬ熱き血潮なのよ!!分かる?!!」 いや…分かりません……。 二人は胸中で同時に突っ込んだ。 壱与はいったい何がそんなに楽しいのだろうか。 二人はただもう呆然と熱く語る壱与を眺めているしかできなかった。 「コホン。で、まぁ、二人に云いたいことはっていうとね、つまりは今日の朝これから学校終わるまで…終わった後もかな?は、大変だから頑張ってね。ってことと、気をつけてね。ってことなのよ。うんうん」 私って親切だよね〜。 と、一人で納得している壱与に二人は何のことだかさっぱりである。 ポカンとして見つめている二人の視線に気が付いたのだろう。 壱与はポンっと、二人の肩に手を置くと神妙な面持ちで、 「漫画やドラマはバカにできないから見なさいね」 と、それだけを言い捨て、学校へと向かうために去って行った。 後に残された二人も、しばらくは尚もまるで台風のような壱与の勢いに呆気にとられたままでいたのだが、 「マズイッ、遅刻する!」 という事実に気が付き、慌てて走り出した。 それはもう速い速い。 なんとか遅刻もせずにギリギリセーフ。 ……だが気分は最悪だった。 ―――漫画やドラマはバカにできない――― 朝の壱与の言葉が蘇る。 「どうしろってんだよ…これ……」 紅真はげんなりとした面持ちで項垂れた。 その原因である物は今、彼の目の前にある大量のチョコの山。 どれも綺麗にラッピングが施された手の込んだ物である。――朝、下駄箱を開けたら雪崩のように落ちてきた物と、机の中、ロッカーの中に無理矢理詰め込まれていた物である。 ついでに云うとこれらの物のために「遅刻ギリギリ」になったのであった。 二人の俊足はかなりのものであることが窺がえる…かも? 無論、紫苑の状態も同じだ。 こちらにはなにやら女性外からのものも含まれている…らしい。 紫苑も頭を抱えて机に突っ伏していた。 放課後は部活があるのに…。 疲れ果てた身体でこんな大量の荷物を持って帰れと? しかし二人の予想ははずれた。 何がはずれたかといえばそのチョコの量。 「増えた…」 呆然とした面持ちで呟いたのはどちらであろうか。あるいは両方だったか。 二人は目の前にある、朝の3倍くらいは軽く越える量になっていたチョコレートの山を見ていた。 全校生徒数を合わせたよりも多くないか? などと思ってしまうのは決して過剰な考えではない。 というか、いったいどのようにしてなのか。そのチョコレートの山の中には他校の人間の物までも含まれているようであった。 なんかもう捨ててもいい? 余りに数が多すぎてそんなことが脳裏をちらつく。 知りもしない人間から、いつの間にか食べ物が置かれていれば、普通はそうするだろう。…妖し過ぎて食べられたものではない。 しかしそれは壱与によって阻まれた。 二人の考えなどお見通し。とでも云うかのように、壱与は颯爽と二人の前に現れ、チョコを背負って帰れるように巨大な袋を二人に差し出したのだ。 「ふふん。ちゃあんと用意しておいたんだからvv」 ウィンクしていう彼女にはもはや言葉が出ない。というよりも、壱与というバイタリティ溢れるこの少女は、はなから二人が意見できるような存在ではないのだ。 そうして二人は大量のチョコレートを引き摺るようにして家に持ち帰ったとのことだった。 ……ちなみに。 さすがの壱与も「全部自分で食べろ」とまでは云わなかったらしい(健康面で見てもあまり良いとは云えないしね) 夜。 紅真は自分の部屋の大半を占めているチョコの山を見ながら溜息をついた。 もう何度目なのかもわからなくなっていた。 チョコレートが特別好きではない紅真――別に特別大嫌いというわけでもないが――だ。こんなに大量にチョコがあっても嬉しくもなんともない。 しかも異性から好意を受けて生き甲斐を感じるタイプでもない。 (っつーか、そうとうのチョコ好きでも、これ見たら吐き気がして気が滅入んじゃねーのか?) 紅真はベットの上にうつ伏せになったまま、チョコを横目に見にして再び溜息をついた。 視線を反らしても目の端に写ってくるそれに嫌気がさし、まるで気でも紛らわすかのように、その黒い髪を掻き上げる。 別に期待してたわけではないけれど。 (チョコ…欲しかったなぁ……) 矛盾したことを考える。 バレンタインデーのチョコレートは量より質である。 その点において、彼の今日貰ったチョコレートはどれもこれも申し分ない。 が、しかし。 (本命から貰えなけりゃ意味ねーじゃねーか…) そう。 数ではないのである。 どれほどの数のチョコレートを貰っても、自分がもっとも愛しい人から貰えなければ意味がない。 紅真はますます滅入る自分の考えに嫌気がさし、落ち込んでいても仕方が無い!と、勢い良くベットから顔を上げた。 せっかくだから…と、チョコレートの山から一つチョコを手に取る。 それは偶然に取った物だった。 もしかしたら一度も触れることなく捨てられていたかもしれないチョコレート。 手に取られる確立はどれも同じ。 紅真は呆気に取られていた。 「取らなかったらどうする気だったんだよ…」 思わずぼやいてしまう。 それは数あるチョコレートの中でも特に質素なものだった。 特別綺麗なラッピングがかけられているわけでもない。 普通の…昔からある板チョコ。 カードも何も挟まれてはおらず、代わりにメーカー名の印刷されているそこに見慣れた文字で一言。 紅真へ 差出人の名はないが分かる。 この文字は間違えない。 この言葉遣い。文字の書かれてある場所。 そのチョコレートから見て取れるすべてが、その差出人が自分の知り得る人だと示して聞かない。 しばらく呆気に取られたままでいて…。 紅真はようやくその顔を崩した。 思わず笑みが洩れてしまう。 (もったいなくて、食えねぇじゃん) 紅真は胸中で苦笑しながら、一月後(ひとつきご)はどうしようかと思いを馳せるのであった。 零れる笑みは止められない。それはあまりに幸せだから……。 夜。 紅真は幸せに胸を満たしながら眠りについたのだった。 |
悲しいかな
どんな良質の物よりも
貰う側にとって
最愛の人が捧げる物には
とうてい敵わないのである
やっぱ、量より質でしょ?
好きな人からの物が
何より良質なんだから
だから
きっとそれは偶然では無くて
ね、あなたもそう思うでしょ?
だって
それに勝るものは何も無いから
それは偶然と必然に狭間に存在する至上の存在
----* コメント *---------------------------------------------------------------------- バレンタインです。ちなみに、ゆうひはマンガや小説のように大量に(それこそ下駄箱から雪崩のようにね)チョコレートを貰っている人を生(ナマ)で見たことがありません(っていうか、いるの?) 一度くらい見てみたいな。そういうの(爆) 久しぶりに邪馬台幻想記で書きました。やっぱ行事ネタはやっておこうと…。 もっと紅真×紫苑っぽくしたかったのに…あんまりなってない(泣) 壱与さんは元気いっぱい書けたかな?(←ただ暴走しているだけとも云う/汗) 本当はレンザ→壱与もいれようと思っていたのですが…話の都合上カット(ただ入らなかっただけ) 紅真。部活さぼりです(笑) 無理でしょ。それわ。……とか、自分で突っ込みながら無理やり書きました。 今回は本当にムリヤリです。 なのでおかしいところたくさんあります。そしてまったく面白くないという…(←それはいつもv) ちなみに今回一番困ったのが、タイトル。浮かばない、浮かばない。 こんなダメ人間の書いた駄文ですが、読んで下さった方いましたら、ありがとうございます。 心よりお礼申し上げます。 -----------------------------------------------------------------------* モドル *---- |