+ ある秋の日に +
陰陽連。 古の戦術を駆使して国崩しを行なうその集団は、倭国中にある国々の脅威の、最たるものだった。 強大な力をも持つ者達の頂点に在り、彼らを束ねているのは、まだ歳若い一人の青年だ。名をシュラという。目下、彼の一番の楽しみは、彼の下(もと)で方術の術(すべ)を磨く、二人の少年達との一時(ひととき)だった。 二人の少年の名を紫苑と紅真と云う。 方術を扱う才能はぴかいちだ。まだ幼いながらも、二人の少年はそこいらの大人達よりもずっと強い。 シュラはそんな二人の少年達の親的気分だった。 その日は方術の修行の為に、数ある山の一つに訪れていた。もちろん紅真と紫苑も一緒だ。 二人はまだ十歳。シュラの下で方術を学ぶようになって、二年目の秋の日のことだった。 「…今日は何をするんだ?」 静かに尋ねて来たのは、美しい銀髪に藤色の瞳の少年――紫苑だった。 シュラは物静かな――しかしその身の内には熱い思いをたぎらせているその少年に笑顔で返す。…最も、元来表情を表に出さないように心掛けている彼のその顔は、彼自身が思う欠片ほども動いていなかったが。 「今日は生き物の操作法を教える」 「生き物を操る?そんな事が出来るのか?」 シュラの表情は、端から見れば見事なまでの無表情であった。 シュラの答えに更なる問いを投げ掛けたのは、黒髪に赤い瞳の鮮やかな少年――紅真だった。厳しい目付きのその少年は、先に言葉を発した少年――紫苑とは、まったく正反対に見受けられる。しかし、この少年も紫苑と同じ。強い思いを身に募らせる、シュラにとっては可愛い可愛いもう一人の愛弟子だ。 シュラはこちらも極上の笑顔で――傍目からは尊大な他者を見下したような微笑に見えたが――答える。 「己の氣を相手の氣に同調させ、相手の意思に自分の氣を紛れ込ませる。それにより、相手が自分で考えて行なっていると錯覚させ、こちら側の意思を実行する様に仕向ける技だ」 紫苑と紅真には、いまいち良く分からなかった。しかしさすがはシュラの愛弟子。シュラ同様、二人とも普段は自分の感情を簡単に表に出してしまうような事はしない。 それを見て取ったシュラは、 (フッ。さすがは我が愛弟子だ。これはかなり難しい理論だが、一度の説明で理解したようだな) 大いなる誤解をし、胸中で不敵に微笑んだ。表の涼やかな表情からは想像も出来ない。シュラは事務的とも云える声と表情で言った。 「では、まずは実際にやって見せてみる。良く見ておけ」 それから、彼は頭上を飛び去った一羽の鳥に手を差し伸べた。 彼の周りの風が、彼の氣を乗せて巻き上がるのを、紫苑と紅真の二人の少年は固唾を飲んで見守る。 場を緊張が包んだ。 静寂。 鳥が一声鳴き、シュラの手の上に舞い降りる。 「つまりはこう云うことだ。慣れれば大型の肉食獣を操り敵を襲わせたり、身を守らせる事も出来る。知能の低い者や意志のない無機物の方が、氣を同調させるのは楽ではあるが、応用をすれば、人間をも操る事が出来るようになるだろう」 シュラは淡々と言い、二人に実践してみる様に指示する。 紫苑と紅真は、石などに己の氣の波長を合わせると云う方術の基本的な訓練を以前にやっている。二人はその応用であると理解した。 「氣は精神力の強さによって生み出される事は知っているはずだな。氣はありとあらゆる物質に存在してはいるが、それを実体化させたり操ったりすると云うことは精神力の強さがなければ行えん」 獲物を探して周囲を見渡している紫苑と紅真の姿を眺めながら、シュラは淡々と言葉を紡いでいく。 視線は周囲に注意深く向けながらも、二人はその言葉の一言一句聞き漏らしてはいない。言葉を聞き、反芻し、そしてその意味を追求する。 「方術士とは氣を操る者のことだ。それが己のものであるか他人のもであるかをいとわず行なえる方術士は、およそ最強といっても過言ではないだろう」 先に行動を起こしたの紫苑だった。目の前に現れた一羽の兎と視線を合わす。見詰め合うような格好になった両者の間の空気が一瞬ふわりと揺れ、それから兎は紫苑の元へ駈け寄った。紫苑の足元に耳を擦り付け、気持ち良さそうに目を瞑る。 その直後、紅真も行動を起こす。 彼が見つけたのは、まだ子供の狼だった。遊び半分に兎を追い掛けて来たのかもしれない。 紅真は鋭く子供の狼を睨み付ける。電光が走ったかのように空気が一瞬帯電して震え、それから子狼はぺたりと地面に伏せの格好を取った。 「氣を物質化させるには媒介が必要だ。でなければ、氣は直ぐに霧散してしまう。しかし、どんな場合にも例外が存在する。真の方術士とは、氣を操るだけでなく状況に応じた対応も出来なければならない」 シュラの言葉は、今、行なっている事とは到底関係がないようにも思える。だが決してそうではない。彼は大切な愛弟子の為、自分の持てる限りの物を授けようとし、そして彼の弟子達は貪欲にそれを吸収し、進化させていく。 兎と子狼。 共にその氣の色に不自然な変化があり、その行動もまた不自然だった。 本来警戒心の強い野生の獣が、こんなふうに無防備な格好をするわけがない。操られているのは明確だ。 (くぅッ!さすがは私が見込んだだけの事はある。二人とも一度の説明でこの高等術をマスターしてしまうとは…) シュラは胸中で唸った。ともすれば握り拳くらい握っていそうだ。 (そろそろ刺客として送り出すか…。しかしもし怪我でもしたら…。って云うかここはやはり本部の方に連れていき陰陽連の中心を担う一角として――) あれやこれやと考えながらも、彼の行動が止まる事はない。 紫苑と紅真を呼び寄せ、修行の次の段階へ進む為の指示をしようと口を開きかけ――止めた。 頭上から、ひらひらと紅葉の葉が舞い降りてきたのだ。 紅く彩付いた紅葉を見、シュラは目を細めた。 「ほぉ…。もうそんな季節か。どうだ?紫苑。紅真。今日の修行はこれくらいにして、秋の紅葉(こうよう)を愉しむと云うのは…」 シュラは心から思い、そう言ったのだが、二人の弟子達はそうは思わなかったらしい。 理由は簡単だ。 シュラには穏やかな微笑と云うものが基本的に出来ていない。彼がそうだと思って造っている微笑は、どう見ても嘲笑だ。 二人の少年の内の一人。紅真は顔をあからさまに不愉快げに歪め、もう一人の少年である紫苑は些か呆れたような表情を向ける。 バカにするな。 そんな酔狂な冗談に付き合っている暇はない。 やるなら一人で勝手にやれ。 興味ない。 くだらない。 二人の向ける表情は、普段仕事にかまけて家族と過ごす事の出来ない父親が、たまの休暇に家族旅行に行こうと一人突っ走って騒ぐ姿に向けられる、冷めた子供のそれだった。 二人のそんな意の込められた視線を、しかしシュラは別の意で受け取った。 (フン。二人とも遊ぶ間も惜しいほどに勤勉だと言うわけか。少々寂しい気もするが、それならば仕方がない。二人とも、私の立場を気遣っているのだろうからな。今回は諦めよう。この二人の為、私もとことんまで彼等の修行に付き合おうではないか) まるで悟ったかのように、一人気合を新たにした。 シュラは勘違いしている。 彼は、二人は陰陽連の中心人物である自分の多忙さと、その弟子である事の事実への誇りを確固たる物にする為。しいてはシュラの立場を気遣って、遊びたい盛りの少年が申し出を断ったのだと思ったのだ。 彼は二人の少年が自分を尊敬し、敬愛していると思いっきり激しく勘違いしていた。 紫苑も紅真のシュラのことなど欠片も思ってはいない。ただ己の求める物の為に方術を磨いているだけだ。 遊ぶ間も惜しいほど…というのは、ある意味間違ってはいないが、決してシュラの立場を気遣って己を高めているわけでもなければ、シュラに方術を教わっている事に誇りを感じてもいなかった。 誰に教わろうとも目指す先に変わりはない。 それに向けて努力する自分自信もまた変わらず、何を諦めるつもりもない。 彼の愛する子供達は自分に自信と誇りを持ってはいるが、他人から向けられる愛情には疎かった。 親は居なくとも子は育つの言葉通り。 二人の子供達は立派に親離れを終えており、彼の出る幕は欠片もない。 かくして三人の修行は続く。 そして彼の勘違いは増していく。 子を愛する親に幸あらんことを――。 おわり |
----* こめんと *----------------------------------------------------------
大変大変遅くなって申し訳在りませんでした。 遠琉さまに捧げます1500HITリク小説です。 リク内容は邪馬台幻想記小説「紅真と紫苑に親バカな壊れたシュラ」でした。 ああもう!こんなにも待たせておきながら、こんな物しか書けない自分に腹が立ちますです。遠琉さま、本当にに申し訳ありません。 シュラって書くの難しいです(泣)。 こんな物でも受け取って貰えたら心の救いです。 本当にすみません(謝)。---2001/09/25---2002/12/08微改 |
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