僕には僕の夢が 君には君の目標が それぞれあるから…。 だから、 同じではいられないけれど―――。 |
我、霄を見
互いの気持ちを伝え合ったわけではないから、本当のところは良く分からないのだけれど…。多分、僕らは…―――。 「壱与、鏡とかあるか?」 ある晴れた日のことだった。 一日の始まりに行なわれる早朝会議。そこでは、邪馬台連合全体の様子や陰陽連についてなど、現在倭国内における重要事項から、邪馬台国内の些細な事象まで。実に様々な事が女王へ、そして各々の臣下達へと報告される。 紫苑が壱与へ声をかけたのは、そんな朝の会議が終わってすぐの事だった。 「鏡?銅鏡ならあるけど…」 「もし良かったら一枚貰えないか」 きょとんとした顔で云う壱与に、紫苑は言い難そうに頼んだ。――鏡は中々に高価な代物だ。 「別に良いけど…鏡なんて何に使うの?」 もっともな質問だろう。 純粋に。好奇心をその瞳に覗かせながら、壱与は小首を傾げて尋ねてくる。 鏡など、普通祭事の時くらいにしか使わない。紫苑は自分の顔貌に注意をするようなタイプでもない。 一体に何に使うのか。 壱与でなくても気になるところだ。 「あー、その…方術で使うんだ」 紫苑は些か視線をさ迷わせて答えた。 どこか隠し事をしているような…そんな様だった。 「方術で?」 「ああ…。遠くの様子を見るような…そんな術だ」 やはりきょとんと訊いてくる壱与に、紫苑も相変わらずの煮え切らない態度で答えた。 真実を誤魔化すように濁された気がしなくもない言葉遣い。 そんな態度だった。 「ふーん。――別に良いよ。待ってて、後で届けさせるから」 「ああ、悪いな…」 「紫苑君。こう云う時は、「ありがとう」でしょ♪」 ウィンクを一つ。 壱与は彼女独特の青空のような笑顔を翻して去って行った。 紫苑は陰陽連から程近い森の奥にいた。 鬱蒼と繁る濃い緑の葉が影を作り、同時に作り出す木洩れ日が美しかった。 紫苑は両の腕を真っ直ぐ前に延ばして佇んでいた。 静寂が辺りを覆う。 鳥の羽音がした。 伸ばされた紫苑の腕の先。軽く開かれたその手の上空10センチ程の所に、細かな装飾の施された一枚の銅鏡が浮いていた。 先刻、紫苑が壱与の出した使いから渡された物だった。 辺りの静けさが見せる幻覚だろうか。 紫苑と銅鏡と。その周囲が、淡く発光しているようだった。 木の根の影に隠れて、愛らしい――リスか何かだろう――小さな生き物たちがその様子をそっと見守るようにして覗いている。 ―――まるで、何か神聖な儀式を目の当たりにしているかのよう。 静かな。静かな所だった。 「…」 紫苑がそれまで閉じていた瞳を開けると、どこからともなく一匹の蝶が姿を現した。 ひらひら、ひらひら。 まるで風と戯れるかのように、蝶は軽やかに空(くう)を舞う。 月の光に朱を滲ませたような…そんな蝶だった。 蝶は一通り紫苑の辺りを飛び回ると、ふらりと高く飛び上がる。 ひらひら、ひらひら。 きらきらと星でも降らすかのように、蝶はどこへともなく飛び去って行った。 「ふぅ…」 紫苑は蝶が飛び去ったのを、その姿が見えなくなるまで見送って。それから一つ溜息を吐いた。 止まっていた時間が緩やかに動き出すような…。そんな錯覚を覚える。 リスがうさぎが…。 ぴょこんと跳ねて去って行く。 祭事が終わり、見物人たちが去って行くかのようだった。 紫苑の両の腕は、もうすでに下におろされている。 だがしかし。まるでさも当然だとでも云わんばかりに、銅鏡は宙に浮いたままだった。 ―――己の存在を主張するかのように、それはそこに存在していた。 「成功…かな」 直径12、3センチ程のそれ――銅鏡――には、澄みきった青空が映し出されていた。 たとえ鏡といえど、モノの姿をこんなに鮮明に美しく映し出す事は出来ない筈だった。 理由は簡単。 紫苑が方術を使っているのだった。 それは以前シュラが紫苑と紅真が常世の森で戦った時に、二人の様子を見ていたものと同じ物であった。 規模は当然違う。 それは、決して紫苑の力が足らないと云うわけではなく。用途が違う為。というのが正しいだろう。 偵察に大きな鳥は不自然で存外目立つのだ。 紫苑が見ようとしているのは、かつて自分が陰陽連の刺客であった頃によく使った、陰陽連支部の一つであった。 支部とは云ってもかなりの規模のそこは、当然のようにこれからの作戦などが話し合われている事がある。紫苑はそれを探ろうとしているのだ。 壱与にそれを云わなかったのは、このような術が簡単に使用できると云うことを知られたくなかったという所から来ていた。 いつでもどこでも監視され、監視し。 壱与だけでなく、邪馬台国とそれを指示する各国の民達に、そんな精神的な疲労を与えたくはなかった。 銅鏡に小さく森が写り始めた。だんだんと大きくなっていく。 森の中に入り、その映像は幾分懐かしくも思える建物を映し出した。 森の中に佇む要塞。 その中を、一匹の蝶がひらひらと舞う。 蝶は一匹だけではなかった。 白、黄、黒、斑。 様々な種類の蝶たちが、思い思いに宙を舞う。 華に戯れ水に寄り。 空に境界線は無かった。 ひらひらひら。 一匹の蝶が迷うように建物の中に入っていく。 月に朱を滲ませたような、他のどの蝶よりも美しい蝶だった。 ひらひらひら。 蝶はきらきらと星を零すかのように飛んでいく。 暗い廊下を渡り、一つの部屋に入った。 それは偶然だった。 紫苑の息が止まる。 見開かれた瞳は銅鏡に映し出される映像に釘付けられた様に動かない。 「…紅真」 ポツリと零れたその声は、ともすれば震えていたかもしれない。 風の流れる音よりも小さな声だった。 銅鏡が映し出したその姿は、紫苑と同じほどの年頃の一人の少年だった。 黒い髪のその少年こそ、かつて常世の森で紫苑が戦ったその人。 強い意志を鮮やかな赤色の瞳に湛え、鋭く自分を見つめてくるその姿を、彼は忘れた事など一度も無い。 しかし、今その瞳は閉じられ、頬はうっすらと朱く染まり…。額には汗が滲んでいる。苦しそうに身体全体で呼吸するその姿は、彼が明らかに何らかの病で寝込んでいる事を裏付けていた。 紫苑は我知らず駆け出していた。 何も考えてはいなかった。 頭の中にはただ一つ。 ――行かなきゃ―― 紅真の元に行かなければならない。 何故か。なんてことは思い付きもしなかった。 ただ駆られた。 紫苑は森の中を、迷い無く走っていた。 ――行かなきゃ―― ただそれだけが心を占め。 彼の目的地はたったの一ヶ所だった。 ひらひら。 ひらひらひら。 ひらひらヒラひら…。 舞う蝶に、紅真は幻を見たと思った。 月に朱を滲ませたようなその蝶は、熱に浮かされ心許ない、自分の求める姿を写す。 赤い光点。 それは軌跡を残しながら宙を回る。 幻想的な情景。 まるで炎の綿が舞っているかのようだった。 ひらひらヒラ…。 ぼやける視界に映るそれを眺める内に、紅真は再び眠りの中へと誘われていった。 久しぶりに訪れたそこは何も変わっていなかった。 相変わらずの完璧な防衛。 抜け穴の一つも無い。 それでも変わっていない事は紫苑にとっては僅かばかりの救いであった。 知り尽くしたそこに踏み込む。 決して楽ではなかったけれど、不可能でもなかった。 人がいない一角。 あたかもそれは鉄壁の防御にある穴のようである。 しかし紫苑は知っていた。 それが侵入者を誘い込む為の罠である事を。 一度(ひとたび)足を踏み入れた途端。 張り巡らされた数々の罠が容赦無く襲い、逃れるすべは無い。 しかし、人がいないのはそこしか無かった。 紫苑は迷わず足を踏み入れる。 鋭い音と共に何かが飛んできた。 迷わなかった。 |
逢いたい人がいる。 それは心から愛する人。 きちんと言葉で確かめ合ったわけではないけれど。 きっと…。 ずっと一緒にいたい人。 隣にいて欲しい人。 一緒に歩んでイきたいと願う人。 僕と君の気持ちは同じ。 心許ない今の自分を。 足元おぼつか無い今の自分を。 幻さえ見る今の自分を。 愛してる。 今の自分の求める人。 ただ一人。 待っていて…。 |
紅真はそっと目を開けた。 胸の苦しさが幾分か消え、頭や身体の痛みも随分楽になっていた。 「……」 起き上がろうとしてふと気づく。 隣に眠る、傷だらけのその人に。 紅真は柔らかく微笑んだ。 自然と出た微笑み。 やわらかな…温かな。 喜びと慈しみに満ちた微笑。 愛しい人。 紅真は小さく苦笑した。 こんなにも無防備に眠るその姿。 (誰かに見つかったらどうするんだよ…まったく) さらりとした白銀の髪。白い肌。今は閉じられているその瞼の奥には、美しい藤色の瞳があるはずだ。 所々…では済まない程の傷は、彼がこんな所で無防備にも眠り込んでいる理由を十分過ぎるほどに物語っていた。 乾き、こびりついたその大量の血が、時間の経過を生々しく伝える。 紅真は眉を顰め、それでも嬉しさに顔を綻ばせた。 心が温かい。 「紫苑…」 そっと呟いたその声は、彼の心をそのまま表したかのような温かさに満ちていた。 紫苑の長い睫が軽く震える。 紅真は再び微笑んだ。 紫苑が目を覚ます。 小さな小さな自分の声。 その声に応えてくれた彼が愛しくて。そのことが嬉しくて。 思わずその腕を引き寄せ、抱き込んでいた。 「紅…真……?」 紅真の胸に顔を押し付けるような形になって、紫苑はようやくはっきりしてきた頭を働かす。 血を流しすぎた為だろうか。 身体は酷くだるかった。 「何で来たんだよ…」 ―――こんなになって。 紅真の言葉に、紫苑は顔を歪めた。 酷く心が痛い。 ――来てはいけなかった?―― 「紅真?」 紫苑は恐る恐るその名を呼んだ。 拒絶の言葉も否定の言葉も恐ろしい。 けれど、呼ばずにはいられなかった。 一抹の希望に縋るように―――。 「…嬉しすぎて、耐えられないだろう」 続く紅真の言葉。 より強く、その腕が抱き締めてきた。 紫苑は目を閉じた。 紅真の鼓動が伝わってくる。 身体が重く、目を開けていられなかった。 「紫苑君?」 呼ぶ声に重い瞼を上げると、そこには見なれた顔。 「壱…与……?」 名を呼ぶと、その人物は不思議そうに首を傾げた。 薄茶の髪が赤く染まっている。 (夕方?) ぼんやりと考える。 酷く身体がだるかった。 「食事の時間になっても来ないから探しに来たんだけど…どうしたの?その傷……」 「傷?」 見ると自分は傷だらけで。 正確に云うと治療の後だらけと云った所か。 今だ停滞しかける頭を動かして、紫苑は記憶を探る。 「…なんでもない」 「でも…」 云って立ち上がろうとする紫苑に、壱与は心配そうに顔を歪めて尚も問うと言葉を発っしかけ…。 それを飲み込んだ。 紫苑が微笑んだから。 きれいにきれいに微笑んだから。 言葉を、つなげられなかった。 「…木からさ」 「木から?」 「木から落ちたんだよ」 ――空を求めすぎて―― 「何それ?」 「赤くてきれいなんだ」 紫苑はそう云って、再び微笑むから。 壱与は口を尖らせながらも押し黙った。 (なんか妬けるなぁ…) 壱与は胸中で呟いた。 一体何に妬くのかと、自分で自分に問い掛ける。 答えは出ない。 何となくそう思っただけだから。 (でも…) 壱与は僅かに前を歩く紫苑に追いついた。 駆け寄ってその腕に飛びつく。 「紫苑君が笑ってるから、それでもいいや☆」 こちらも笑って言った。 心と一緒に身体も声も弾む。 嬉しさで胸がいっぱいだった。 「なにがだ?」 きょとんとした顔で聞いてくる紫苑に、壱与は「内緒」と、一言だけ言って、含むように笑った。 ハテナマークを飛ばす紫苑に、壱与は再び笑みが零れる。 赤く色づく夕焼けが、二人を、森を。そして、限りなく続く空を鮮やかに染め上げる。どこまでもどこまでも染め上げる。 空に境界線は無かった。 |
君の傍にいて、 その手に触れていようか――。 |
再び眠りの中に身を落とした愛しい人に、紅真はやさしく微笑んだ。 腕に掛かる重みまでもがいとおしい。 傷ついてでも自分の元へ来てくれたことが嬉しすぎて。 もう君を放せなくなりそう。 繋がれた手のぬくもりは。 隣に感じるあたたかみは。 夢幻(ゆめまぼろし)ではなかった。 嬉しすぎて、耐えられない。 限りなく続く青い空を見て、君の美しい髪を思う。 暗闇に浮かぶ淡い光に、君への愛しさが込み上げる。 譲れないそれぞれの道があるから、決して同じではいられないけれど…。 それでも、近くにいたいと思う。 傍にいて欲しいと思う。 傍に行きたいと思う。 せめて。 想うことくらいは許してください。 「紫苑…」 愛しい愛しいその存在。 紅真は静かに部屋を出た。 |
霄を見る 境界線のないそこからなら、君に逢えそうな気がする ただ傍にいて その存在を感じて それが無理なら… せめて この霄に君を思うことを この霄に君の姿を見ること 許して下さい |
おわり
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真闇さまに捧げます2222Hitリク小説です。
リク内容は「邪馬台幻想記で紅真紫苑(両思い前提)小説
陰陽連(紫苑が昔いた支部)に紫苑が偵察の式神を出していた所
紅真が何と熱を出して寝込んでいる!!?
ソレを知った紫苑はコッソリ逢引きしに行く」でした。
いかがでしょうか?
リクエストに応えられているでしょうか?って云うか式神でてるのか?
せっかくの紅真紫苑のリクだったのにヘンテコで…(泣)
ううう。申し訳ありません。
受け取っていただけると嬉しいです。
もちろん返品可。煮るなり焼くなりお好きにして下さいです(逃)
--モドル-----------