+ 生命の海 +















 そこは、いつだって笑顔に溢れている。










 そこは、いつだって生命(いのち)に溢れている。
 光り輝く緑の絨毯。黄金色の稲穂。さんさんと降り注ぐ陽の光。白い雲が流れ、大地に影を作る。川のせせらぎが聞こえてくれば、ここに釣り竿を構える少女が一人。

「う〜ん。気持ちいい。久しぶりにのんびり出来てよかったよね、紫苑くん」

 生命力に溢れた声で語るのは、大地色の髪に木々の葉の色の瞳の少女。意志の強いその瞳、その心に秘めるものを守りたいと願う者たちが、その命さえ削っても構わぬと…。そう云う。
 少女の名は壱与。近隣諸国を纏める邪馬台連合の女王だ。

「ああ。本当に…久しぶりだ」

 壱与が釣り竿をたらす川から数歩離れた位置に立ち応えるのは、まだ幼いとも云えてしまう少女よりもさらに歳若い少年だった。
 その白銀の髪は風邪を体現したかのような柔らかさを持っている。藤色の瞳には、邪馬台国女王壱与にも劣らぬ強い意思が見え隠れしていた。
 少年の名は紫苑。壱与の護衛だった。

「ふふ。今ごろナシメったらまた顔を真っ赤にして怒ってるわよ」
「わかってるなら黙ってこんな所まで来るな。オレはむしろナシメに同情するぞ」

 ナシメとは邪馬台国で政務の中心を担(にな)っている宰相の名だ。壱与の子守り役だとは邪馬台国にいる者たち皆が親しみを込めて云っている。
 常日頃女王である壱与の無事を心配しながらも、ただ閉じ篭っていることなど出来ない行動的なその女王のために神経をすり減らしていることも、周知の事実である。

「だってこんなにいい天気なんだよ。外にでなきゃ罪だよ。紫苑くんだってそう思うでしょ?」

 悪びれることなく云う壱与に、紫苑は肩をすくめた。

「気持ちは分からなくでもない。オレにも似たような経験はあるしな。だが…さっきも云っただろう?今はナシメに同情すると」

 紫苑は壱与の護衛だ。壱与の生命の心配に常に気を配るものとして、彼は守られる立場にある壱与よりも、気を配る立場にいるなシメにこそ同情している。
 しかし壱与はそれを逆手にとって云う。

「大丈夫だよ。紫苑くんがいるもの」

 これ以上の護衛なんかない。
 最高の信頼の言葉だった。

「誤魔化してもダメだ」
「相変わらず固いな〜、紫苑くんは」

 壱与は静かに流れる水面(みなも)を見つめながら云う。その瞳、表情は流れる水面と同じように静かな微笑(え)みをたたえていた。
 紫苑も壱与にならい水面を見つめる。

「壱与さ〜ん」

 しばらくは川のせせらぎと風と草の音ばかりが流れ、ふいに風に乗って聞こえた声音に紫苑と壱与は首を巡らし顔を向けた。
 丁度彼らの背後からやってくるのが見える黒い人影。紫苑と壱与の方へと駆けながらその手を大きく振ってやって来る。

「うるさいのが来た…」
「くすくす。明るくていいじゃない」
「静かな方が好きだ」
「そう?私はどっちも好きだけど」

 壱与が覗き込むように紫苑の表情を窺がえば、紫苑は壱与からその顔をそらす。彼が口で云うほどに、これから彼らの元へやって来ようとしている者のことを嫌っても邪魔にも思っていないということだった。
 だから壱与は再び声を殺して笑った。この素直ではない少年の考えが分かるようになってきた嬉しさをも込めて。

「ああ!!紫苑!!なんでてめぇまでここにいるんだよ」

 やって来たのは黒髪黒目の、壱与と同じかわずかに年上の少年だった。名をレンザ。伊都国から邪馬台国へと使わされた使者の一人とでもいうのか。植物と心を通わすことの出来る能力を持ち、その能力を活かし壱与の――邪馬台連合の夢の実現のために戦う者の一人だった。
 壱与と紫苑が彼の視界に入る位置までに彼がやって来て開口一番の台詞が上のそれだった。

「オレは壱与の護衛だ。当然だろうが」
「こんにちは、レンザくん。紫苑くんは私が誘ったんだよ。って云うか、釣りに無理矢理連れて来たって云った方が正解かな」

 紫苑と壱与が順に口を開く。
 レンザが来ただけで場の雰囲気が一気に明るくなったようだった。静寂の変わりに騒がしさで場が満たされていく。

「壱与さん、久しぶり〜。ッつーか、紫苑!!壱与さんの護衛だったらお前なんかよりオレの方が相応しいぜ!!」
「壱与を守るのはオレの意志だ。お前に指図されるいわれはない」
「んだと、コラ!!」
「あはは。紫苑くんは頼りになるよ。もちろんレンザくんもね」

 二人とも、喧嘩は駄目だよ。
 まるで小さな弟達を宥めるかのような気楽さで壱与は云う。と。

「あっ」

 腕に軽い振動が伝わり、壱与は声を上げて川の水面へと視線を戻した。
 竿が引いている。

「ああもうっ。二人とも静かにしてよ!!魚が逃げちゃうじゃない!!」

 水面(みなも)に立つ波に壱与は声を荒げ、その後ろでは喚き続けるレンザと、それを五月蝿そうに聞き流し時折反論する紫苑。

 こうして、太陽の下での一日が過ぎていく。










「不思議な女だな。云ってることがバカらしすぎるのも当然と思えるくらいに」

 夜。
 高くそびえる木に寄りかかり語るのは、夜の闇に溶ける漆黒の髪に、それとは逆に夜の闇の中に鮮やかに映える赤い瞳の少年だった。
 歳は紫苑と同じ頃か。名を紅真といった。

「素直じゃないな…まったく。――な?けっこうなんとかなりそうだろ?」
「倭国統一か?ふん…まだわかるかよ」

 紅真に話しかけたのは紫苑だ。
 本来ならば敵同志であるはずのこの二人がなぜこの場に共にあり、そして共に言葉を交わしているのか。
 紫苑の表情は楽しそうな…しかし何か胸に秘めたものを含んだくせのある微笑を浮かべていた。
 瞳の色は静かなまま。闇に溶け込みそうなのに、その白銀の髪は昼の光の下では溶けて消えてしまいそうだったのと逆。夜の闇に煌き映えていた。

「そうだな…でも」

 紫苑の言葉は続かなかった。
 紅真はそれを訊ねはしない。
 云いたいことは…なんとなく分かるから。

 気の幹に持たれながら、二人は夜の空を仰いだ。
 月と、星が、静かに輝いていた。

「本当は誰だって同じなんだ。誰の中にも夜叉がいて、そしてそれとはまったく正反対の平穏な風が吹いている」
「あの女の中にもか?」
「そうだ。誰だって怒りを感じる。それに振り回されるかどうか。何を選び取るか。自分にとって何が一番重要なことなのか。……ただ、それだけの違いだ。オレたち全部」

 紫苑は俯き口端を歪めた。自嘲的な笑みが出来る。
 紅真は相変わらず空を仰いだまま、横目で紫苑を窺がった。
 背中に振れる木の幹から、隣にいる互いの思いが伝わるような気がした。

「別に…どっちだっていいけどな」
「お前なら…そう云うと思ったよ」

 紫苑はそっと。小さな笑みを一つ浮かべた。










 朝の下。昼の下。夜の下。
 陽の下。月の下。星の下。
 雲が流れ、緑が揺らぎ、影が風と共に移動を繰り返す。ここは海。生命が溢れる海。
 風に波が立ち。

 誰もが、精一杯に生きている。
 ここが、生命の海。















----+
 あとがき +-----------------------------------------------------

 ルル様に捧げます。22222hitリク小説です。タイトルは「いのちのうみ」です。
 リクエストは「邪馬台幻想記ほのぼの小説-オールキャラ、紅真も入れて」でした。…ほのぼの?オールキャラ?
 申し訳ありません。ことごとくはずしている気がします。ゆうひ的には紫苑と紅真と壱与でもうすでにオールキャラなのです(爆)本当はヤマジとかもいた方がよかったとは思うのですが…苦手なのです。書くの(汗)
 ほのぼの。ということで、初めはこの三人が実は小さい頃に会って遊んだことがあり、そんな場面でも書こうかと思ったのですが、さすがにリクエストされてもいないのにいきなり子供時代を書いてもさらにはずすことになるかと思い、それは別の機会に書くことにしました。
 随分とお待たせしてしまった上にあまりリクエストにも応えられていないとは思いますが、宜しければ貰ってやって下さいです。もちろん返品可ですので。
 本当に申し訳ありませんでした。

-------------------------------------------------------+ もどる +----