+ 金色の草原を走り +
















きらきらとひかる
草と雫と風















 稲穂は陽の光を浴びて黄金色に輝いている。ひんやりとした清々しい冷たさと、気持ちのいい健やかな風を運ぶ。

「ねぇ、いっしょにあそぼうよ」

 まだ幼い子供達がいる。
 輝く黄金色の稲穂に隠れてしまいそうな背丈で、きらきらと輝かんばかりの笑顔をそのかわいらしい顔にたたえている。

「いっしょにあそぼう」

 きゃっきゃっ。
 子供特有の高い声が楽しそうに響き渡る。

「あのね、わたしは壱与っていうの。あなたたちは?」

 元気な明るい声で。まるで太陽のような笑顔で。
 壱与と名乗った幼い少女の目の前にいるのは、その少女よりもまだ一つ二つ幼いだろう二人の少年だった。
 二人。しっかりと手を繋ぎあった、けれどまるで対極にあるかのような印象を与える少年たち。

「…紅真だ」
「紫苑…おねえちゃん、太陽のお姫様?」

 紫苑と名乗った少年は訊ねた。
 壱与は楽しそうに笑った。それから小さく小首を傾げ、逆に訊ね返す。

「壱与でいいよ、紫苑くん。わたしは太陽のお姫様じゃないよ。なんでそう思うの?」
「だって、太陽にあいされた姿をしてる」

 豊かな大地の色を宿した髪と、陽の光を浴び続けた大樹の葉色の瞳と。そして、健康そうな陽に焼けた肌。まるで太陽の膨大なエネルギーをその見の内に治めているかのような、生命のエネルギーに溢れた笑顔。

「うん。そう云ってもらえるととっても嬉しいな。でも、なんか照れるね」
「てれなくてもいいぜ。お世辞だから」

 はにかんだように、けれど嬉しそうに云う壱与に間髪いれずに云うのは、紫苑の隣、彼と手を繋いで壱与の目の前にいるもう一人の少年だ。
 紅真と名乗ったその少年の赤い瞳の鮮やかさは、誰もが息を呑むほどに美しく、力強く輝いていた。何か得体の知れない妖しくも力強いその瞳の赤が、見る者の心を捉えて魅了する。

「こ、紅真」

 慌てたの紫苑だ。しかし紅真は我関せずかのように、自分の言葉を撤回する素振りも悪びれる素振りも見せない。
 別に悪くわない言葉だからだ。

「むぅ。そこまではっきり云うことないでしょ」

 壱与は僅かに頬を膨らませる。本気で怒っているわけではない。

「生命の体現のような姿だな」
「難しい言葉を知ってるね。でも、わたしが生命の体現だったら、紅真くんもそうでしょう?その瞳のほうが、すごく力強いもの」
「紅真の瞳は本当にきれいだろ?」

 嬉しそうに云ったのは紫苑だ。友人が誉められて素直に嬉しいらしい。

「うん、すごくきれい。漆黒い髪によく映えてる」
「紅真の黒い髪は他の誰も敵わないよ。ぼくも壱与や紅真みたいな髪の色が良かったな」

 自分達が立つ、自分達を育む、この豊かな大地を思わせる鮮やかな色。

「そういえば、紫苑くんの髪は不思議な…って云うか、珍しい色だよね。銀色?でも、蒼が混ざっているようにも見えるし…」
「曇りの日の灰色の雲みたいな色だよ…」
「紫苑の髪は白銀色だ。風と海の色だぜ」

 俯いて云う紫苑の言葉を遮るように強く云ったのは紅真だ。

「きらきら輝いててすげぇきれいなんだ。夜、月の光の下で見るととくにきれいにキラキラするんだ」
「うん。きれいだよね。今も充分きれいだけど、光の下ならもっと綺麗だと思う。太陽の下よりも、夜のほうがきれいに写りそうだよね。見てみたいな」
「そう…なのかな……」

 紫苑はぎこちなく笑った。
 自分の国には、あまり見ない髪の色だ。自分の他には父親しか、同じ髪の色の人間は見たことがなかった。
 太陽の下で透き通るように光るその髪の色よりも、鮮やかに力強く輝く髪の色を羨望していた。

「そういえば、二人の名前って瞳の色と揃えられてるの?紅真くんは深紅だし、紫苑くんは藤色だし」
「さぁ…どうなんだろう?そういう壱与は?」
「わたし?わたしは…どうかな」
「べつにいいじゃねぇか、そんなこと、それよりもっと奥のほうに行ってみようぜ」

 こんなに広いところ。
 ただじっとしているなんてもったいない。

「うん、そうだね。じゃぁ、わたしもいっしょにいい?」
「うん」
「やだ」

「「「……」」」

 笑顔で手を差し出し訊ねる壱与に、頷く紫苑と否(いな)を告げる紅真。
 沈黙は三人のものだった。

「紅真…」
「だって、ここはもともと俺と紫苑が見つけたんだぜ。おまえ、きゅうに来て。だいたいどっから来たんだよ」
「う〜そんなのわらないよ。二人はどこから来たの?」
「わからない。でも、ここはきっとふつうとは違うところなんだと思う」

 空の色が違う。
 いつも、いつまでも、ほんの一瞬のはずの秋の夕暮れの色をしている。

「俺と紫苑はここで初めて会ったんだ。ここ意外の場所では知らない」
「きっと、ここは何か一瞬の…時間の止まった場所なんだ」
「時間の?」
「向こうに太陽が見えるだろ?」

 紅真が指差した方へと顔を向けると、そこには地平に沈み込もうとしている太陽があった。朱く燃え上がる、稲穂を黄金色に染め上げている色だ。

「それで、向こうには月が出てる」

 次に指し示したのは紫苑だ。紅真が指し示したのとは反対の方向を向き指す。
 まだ白い月がぼんやりと浮かんでいた。これから夜に鮮やかに映えるとはとても思えない。酷く頼りない、太陽の光に圧(お)し消されてしまいそうな姿だった。

「きっと、何か短い…けれどいろいろな者たちが集まる一瞬が固まった時間なんだ」
「じゃぁ、なんでわたしたちがここに来て、話してるんだろうね」

 答えは出なかった。

「…ねぇ、二人は、ここで知り合ったんだよね?」
「ああ」
「初めて会ったときは、どうだったの?」
「……つい最近のことだよ。壱与と初めて会った今から振り返ってもそんな遠くない」

 壱与が訊ねる。紅真と紫苑が一つ一つ答える。
 子供に特有の、甲高い声で…けれど、とても静かに。まるで、この、夕暮れの一瞬のように。

「でも、もうそんなに仲良しじゃない」
「時間は関係ない」
「何か…不思議な何かが…駆け巡ったんだ。静かに、強く」
「うん…。なんとなく…わかる、気がする」

 何かが体の中を駆け巡り、自分と、その目の前にいる君との繋がりを訴えかける。
 目の前の相手から目を話すこと、心を引き離すことを許さない。
 その手を取り合ったときに、抗えない高揚感に襲われた。
 何か…きっと、何かが起こる。自分の意志ではどうにもならない、もっと大きくて、鋭く厳しい何者のかの手によって。

「わたしは…どうかな」
「壱与にはじめて会ったときは、すごくうれしくなった。安心した。それと同時に、強くなった」
「強く?何が?」
「わからない。でも、強くなった」

 答えたのは紫苑だ。
 紅真は逆のことを云った。

「俺は不安になった。おまえ…俺から、今、一番大事なものを奪う気がする」
「一番大事なもの?わたしが?」
「ああ…きっと、おまえ、俺から奪っていくぜ」

 取り返すけどな。

 それがなんであるのか、彼は語りはしなかった。
 誰かから何かを奪う。自分が。大切な何かを奪う。
 壱与は俯いた。本当に、自分はそんなことをするのか。誰かを、傷つけるのか。





「あそぼう」

 誰かが云った。
 三人の子供達が、黄金色に輝く草原の上を走り抜けた。
 幼い子供特有の、甲高い笑い声が、空に響いた。















風が吹く
笑い声が響く
ここは、いったい
いつの時なのか















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 あとがき +-----------------------------------------------------

 あ〜。何を書きたかったのかと聞かれれば、実は三人が小さい頃に逢ってたらな〜…と思って(妄想が浮かんで)書きたくなって、見事に自爆。だから裏。
 裏なのは他にも理由があります。
 確かに表に置けるほど、まとまったものではないというのも理由の一つですが、それ以上にあまりにもこの設定がオリジナルめいたもの過ぎているからです。いや…ここにあるのはほとんどみんなそうなのですが。
 っていうか、いつか書き直します。絶対に。最近大スランプ中。キーを叩くことからして失敗ばかりです。もういや(泣)
 泣きごと云ってすみませんでした。-----2002/06/30

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