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 晴天の…とはこういうことをいうのだろう。
 思わずそんな取り止めのないことを考えてしまうほどに、空は青く、そして太陽が輝いていた。それはいっそ、うるさいほどに。
 風はさわやかに吹けども、暑いものは暑いのだ。

「う〜ん!!気持ちいい!!」

 あまりの暑さに辟易していた紫苑の隣りでは、吹く風を全身に受けて伸びをしている少女。大地色の髪に新緑色の瞳のこの少女こそ、辺り一帯を束ねる邪馬台国の現女王壱与であった。
 彼女の護衛。
 それが紫苑の役目だ。

「元気だな…」

 些か呆れたように呟いてみれば、壱与はいつもとかわらぬ元気いっぱい、といった感じの笑顔を紫苑に向ける。そして云うのだ。

「あたりまえでしょ」
 ―――だってこんなに天気がいいんだから。

 紫苑は溜息をついた。

 夏。
 遠くの方で五月蝿く蝉が鳴いている。それがよけいに邪魔でしかたがなかった。

「ねぇ、紫苑くん。そういえば、なんで雲は光ってないのかな?」
「はぁ?」

 唐突に。
 そう、それはまさしく唐突に、小首を傾げて云う壱与に、紫苑は今度は一帯なんなんだとでも云いたそうな視線を投げ掛けながら、壱与に向き直る。
 彼女はそんな紫苑の態度にはなはだ不愉快になったようだ。ぷくりと頬を膨らませて怒りの表情を作ってみせる。
 そんな壱与の態度に、紫苑は今度は胸中で溜息を付いた。

 ―――まったく、これが近隣諸国を束ねる邪馬台国の現女王の態度か?―――

 そんなことを思ったりはしたが、決して顔には出さない。
 そのおかげかどうかは知らないが、それ以上紫苑が文句を云わないことで、壱与の機嫌は戻ったらしい。元々本気で怒ってなどいなかったのだろうが。
 感情をかくすことに慣れていることが、こんな所で役に立つとは…。
 彼の心境はそんな感じだった。

「あのね、空にあるものって太陽でも月でも星でも…みんな光り輝いてるじゃない?でも、雲は光ってるって感じじゃないし…」

 今日のような晴天の空に浮かぶ真っ白な雲は、それは確かに眩く感じるが、光っているとは云い難い。良く晴れた日の朝焼けや夕焼け時の雲も美しいが、雲が光っているのとは違う気がする。むしろ空が光り輝いていて、雲に反射しているように感じる。

「なに云ってるんだ?月はそれ自体が光ってるわけじゃないぞ」
「えっ?!そうなの??」
「ああ。ただ太陽の光を受けて、光っているように見えるだけだ。星だって、全部が全部光っているわけじゃない。月や…もっと他の星のように光らない星だって多い」
「月と星は違うでしょ?」
「同じだ。基本的なところはな。ただ、俺たちが遠くにあるその他大多数の星をただ「星」と呼び、より近くにあって大きく見える星を「月」だとか「太陽」だとか呼んで区別しているだけだ」

 紫苑が説明してやると、壱与は感心したように何度しきりに頷いてみせる。
 表情がくるくると変わるそんな少女の様子に、きっと自分は知らず知らずの内に助けられているのだろうな…そんな関係ないことを思った。
 思わず小さな笑みがもれていることに、彼は気がついていなかった。

「でもさ、紫苑くん。大陸から伝わった話だと、世界は大きな生き物が支えてるって話だよ?で、世界はここだけで、その外にはもう何もないの」
「そういう説もあるな。俺自身がこの目で見て確かめたわけじゃないから、はっきりそうだとは云えないし、俺が知ってることは、もうずっと昔からそうなんだと思っていたことだし。けど…」

 そこで紫苑はいったん言葉を切り、視線をさ迷わせた。自分の心を現すことのできる、より適切な言葉を探っているといった様子だ。
 だから壱与は黙って彼の言葉の続きを待った。

「多分、世界は限りなく広がってる」
「どうしてそう思うのか、聞いてもいい?」

 どこか遠くを見るような紫苑の瞳に、壱与は静かな声で訊ねた。
 なにか、彼にとってそれがとても大切なものなのだということを感じた。

「風が吹くときにや、光が巡るときや…大地に呼びかけているときに感じるんだ。漠然とだけど。もっと、広い世界を」

 彼は方術士だ。
 方術は古(いにしえ)の術。
 ヒトが、より世界そのものと密接しているときにうまれた術(すべ)。

「すべてが感じるんだ」

 理解することと感じることは違う。
 けれど、理解するよりも感じることの方がきっと簡単で、自分にとってはそちらの方が真実として確かに信じられるから。

「目に見えなくても、風が在るのだと感じるように」
「目に見えなくても、私たちが世界を愛していることが違えようのない事実であるように?」
「ああ…」

 世界を愛している。
 目に見えなくても、確かめる術などなにもなくとも、私たちはそれを感じている。知っている。思っている。

 世界が私たちを愛している。
 かたちなど何もなくとも、私たちは感じることができる。
 吹く風に。溢れる陽光(ひかり)に、新緑のざわめきに。大地を踏みしめるその度に。

 きらきら光る太陽や月や星を、輝いていると思う心。
 目で見たそれも真実だけれど、目に見えないすべても真実。

 そう。「かたち」はなくとも感じれば信じられる。
 「かたち」はなくとも感じたものだけ信じればいい。

 何もないなら特に。




 あの時。
 ただ死を待つのみだった
 あの時、

 彼の言葉

 ―――戦のない世界―――

 それを、本当のことと信じたんだ。
 彼の言葉、彼の心。
 本当のものだと感じたんだ。

 だから、その手を取った。



 そしてきっと、自分は信じている。


 彼の言葉を――彼を、きっと信じている。今も。かわらずに。
 そう、思う……。










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 あとがき +------------------------------------------------------

 今よりも昔だから、今知られていないことは知られていないし、今できないことだからできなかったなどとは、私は決して思っていないんです。
 もしかしたら、今よりもずっと遠い昔に、もう地球を飛び出してしまった地球出身の何かがいるかもしれないですしね。
 天動説の前に地動説はあったし、今ようやくこうなんだと発見されたことが、実は昔からの智恵として根付いているようなものも少なくはない。そんなわけで、これはあくまでも創作だから…と開き直るつもりはありません。
 きちんとした記録なんてあるといいきれる状態でないのなら、知っていたかもしれませんから。間違いなく知らなかったとも書いてないし、こうだと思われていた…という資料が残っていたとしても、そんなの一部の人の考えに過ぎませんからね。もしかしたら、そんなわけないと批判され続けてただけで、記録に残っていないだけかもしれませんから。
 歴史は面白いですね。
 ちなみにタイトルの読みは「きら」です---2002/08/07

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