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+ 朱叫 +
記憶に残るのはただ揺らめく朱(アカ)と、黒。 皆、何を云っているのだろう? 声。 いくつもの声。 私は…どうしていたの? それはいけないこと? 泣き叫ぶそれを、熱く朱く揺らめくその炎を、煙を…。 悲しみ。 憎しみ。 恐怖。 消し去りたいと願うのは、行動することは…いけないことなのでしょうか? 私には、わからない――――――。 「最低だな…お前」 感情の窺えない表情で語る声は、いつかの彼を思い起こさせた。その瞳は冷たく、その声音は突き放すよう。 いっそ、憎しみや怒りを向けられた方がまだマシだと思える。 胸の奥が恐怖に震えるのを自覚しながら、少女――壱与は相対していた。 深い森の中、夜。 頭上にて仄暗く輝く月の光は、聳え立つ木々の葉に遮られてしまい届かない。 陽の下(もと)であれば輝くばかりに流れる豊かな大地を彷彿とさせるその髪も、生命(いのち)溢れる喜びと力強さを体現したかのような翡翠の瞳も、今はただ闇に飲み込まれ霞むだけ。 胸の前で硬く手を組み合わせたのは無意識による自己防衛だった。何の役にも立ちはしないけれど、身体は自然と急所となるべきところを庇う。 壱与は必死で言葉を紡ぐ。 戦慄く口から零れた言の葉は、やはり震え、掠れていた。 「何で…」 彼の表情は崩れない。 蔑むような真紅の瞳がただ鮮やかなまでに自分を突き刺すのに、壱与は自分の中の恐怖がさらに膨れ上がるのを感じた。 はじめて出会った彼は「紅真」と、そう、自らの名を名乗った。 その名に、ひどく納得したのを覚えている。自分よりも年下と思しき彼の瞳は、夜空のどの星よりも鮮やかだった。 「神威力を手にし、なぜ高天の民は滅びた?」 彼らは手にしたのか? いや、その存在を知り、封じただけかもしれない。 あまりにも巨大すぎるその力を危険視し、封じ、そしてその道を選んだからこそ滅んだのかもしれない。 「高天の都への路を開く鍵。五つの刻印。それを持つ血筋を守るために、国を築き、その存在を隠すために国にくくられたとしたら?」 封印を破られないように、高天の民はばらばらに散り、そして滅びていった。 だがなぜそうした? そんな危険な力なら、もう二度と封印が解けないように、鍵すらも残さずにおけばいいのに。 「あなたは…何が、云いたいの?」 壱与は訊ねた。 紅真。彼は、なぜ接触を試みた? 「いつの時代だって、いくつもの犠牲があった」 紅真はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。 まるで子供に寝物語でも語り聞かせるように。 「あんたが戦で死んでいく犠牲を少しでも減らしたいように、この倭の島の民すべてが笑って生きていける世を創るために…自分をも犠牲にすることを覚悟しているように。 俺にも何を犠牲にしてでも優先させたいことがある。…意志の強さが同じならば、あとは、肉体の強さで勝敗が決する」 赤い瞳の強さが増した気がした。 視線が逸らせない。息が詰まる。嫌な汗が背中を伝って落ちるのを、壱与は感覚だけで捕らえていた。 「あれが、おまえが護るべき御方だ」 そう云われて見たのは者の印象は、ただとにかく白だった。 白くて、儚く見えるのに、すごく真っ直ぐで、強くて…。何よりも、綺麗だった。 美しさに息ができなくなるのだと、目の逸らせぬほどの美しいものがこの世に本当に存在するのだと、初めて知った。 その美しさに目が離せず、その姿に魅入り、そして、知った。 感じた。 彼は…きっと、死んでしまう。 「……俺は…強くならなければならないんだ」 僅かの間をおいてから、紅真の口から再び言葉が紡がれるのを、壱与はただ聞くことしかできなかった。 彼が何を云いたいのかなどわからないし、彼がなぜ自分に会いに来たのかもわからない。 譲れないものがあるのだと、云っていた。 自分にだってそうだと、決して負けない、諦めないと…云いたいことはいくらでもあったけれど、声を発することすらうまくできなくて。言葉すべて霧散するばかり。 「あいつは死ぬ」 「!!!」 紅真の突然の台詞に、壱与の肩がびくりと跳ねた。彼の示すあいつというのが誰を指しているのかなど、訊ねなくてもわかる。 翡翠と真紅が重なる。 重ねたのは赤だ。射るように、強く。翡翠がそこから逃れることを許さない。 「高天の都が開封されて、神威の力を手に入れる。誰がそれを手にしようと、この倭国がどうなろうと、俺にはどうでもいいことだ。 でも、高天の都を開けば、紫苑は死ぬ。だから、俺は全力であんたの夢の実現を防ぐ」 今は、だから陰陽連に組みする。 「私は…たった一人じゃない。すべての人を救いたいの…」 どうにか口にできた言葉は、しかし自分で云っていても呆れるようなものだった。 知っている。 本当はわかっている。 生命の価値は人によって違うのだ。 自分にとってあの少年の命が他の人たちよりも少しだけ尊いように、彼にとってその少年の命はすべてなのだ。他のなにものもすべてが消え去ってしまうくらいに尊いのだ。何より神聖で、重要なのだ。 その理由が何であるのかなど知らない。 理由も、人それぞれ。 夢の大きさも、大切なものの大きさも、誰にもはかることなどできない。比べることなどできない。 本当は知っていた。 けれど、口にせずにはいられなかった。でなければ、その強い意志に飲み込まれてしまいそうだった。 怖かった。 「俺は、すべての命を犠牲にしてでも…あいつの、紫苑の気持ちさえ犠牲にしてでも、その命を護りたい」 「紫苑くんは、あなたのことを知っているの?―――あなたの、願いを、知っているの?」 ひどく口が渇いているのを、壱与は感じていた。べたつく口内に舌がもつれる。 紅真は僅かに瞳を伏せ、ゆるくその首を左右に振った。 それはいつの頃だろうか。 刻印を持つ者の犠牲がいつかきっと訪れることを、感じていたのだろう。 そして、それに激しく抵抗があったのだろう。 なぜそれがそんな思いを持ったのかなど、今ではどうでもいいことだ。 ただ、そう思ったその人はいつまでも護ることをその血の使命とした。永遠に、その血の絶える日が来ようとも。 高天の都に封じられた神威の力。 高天の都の封印を解く鍵となる五つの刻印。 刻印を有する血統。 刻印を有するものすべてを護りたいと思ったのか、それともそのうちの誰か一人だけを護りたかったのか。ただ、永いときの中で、まるで何かの犠牲のように死ぬかもしれない誰かを、護りたいと思っただけなのか。 そんなことはわからない。 ただ、自分は護ろうと思った者の血の流れの果てに生まれ、そして見つけてしまった。 魅入られてしまった。 自分にとっての、掛け替えの無い存在。 月読の剣をつなぐ月代王家を見護り続けてきた存在を、しかし月代王家の者は知らない。 それでいいのだと、自分自身でさえ思っている。だから、誰も名乗りをあげなかったことを不思議にも思わないし、これは結局自分たちが勝手にやっていることなのだと、知っている。 沈黙が流れた。 どれほどの時間が流れたのか。夜風に揺れる木々の葉の擦れるざわめきが、次第に耳に大きく響くようなになった頃。 紅真は、漸くその面(おもて)を上げた。 再び向けられる、射抜くような真紅の眼差しに、壱与の肩が僅かに跳ねる。 「俺は、五つの刻印の内の一つだって持っていはいない。奪えるものなら、奪ってしまいたい」 五つの刻印の何か一つでも持っていれば、自分がその力を使わなければいいのだ。五つ揃わなければ、高天への路は開かれない。刻印の呪縛は発動しない。 奪ってしまえるのならば、奪い取ってしまいたい。彼を、呪縛から解き放ってしまいたい。 自分が刻印の力を発動させ、そうすれば、彼を護るだけでなく、彼の願いさえ叶えてあげられる。 彼の…ためになれる。 けれど、それは無理だから。無理だと知っているから。 「俺は、強くなる。強くなって、あいつを護る。お前の夢の実現を、絶対に防ぐ」 紫苑は、死なせない。 壱与は森の中に一人、佇んでいた。 最後に発せられた、彼の言葉が忘れらない。 うるさく、しつこく、それは耳の奥を、頭の中をリフレインする。 『紫苑は死なせない。俺が……護る――――』 「何よ…」 どさりと地面に膝を付き、壱与は悔しさを吐き出すかのように呟いた。拳を握り締めれば、一緒に地面の土が抉られる。 搾り出すような声音が、静かに周囲に響き、そして消えていった。 「何よ…だったら私は、私は……」 「誰も死なせないわよ」 いまだその方法は見えず。 しかし決意は何より固く。 運命の輪は、回り続ける。 |
----+ あとがき +------------------------------------------------------
日記で宣言しましたとおり書きました。邪馬台幻想記小説でまじめに。 そこはかとなく紅真×紫苑なのはそこはそれ。現在会員一人の邪馬台幻想記紅真×紫苑推奨委員会会員としては譲れないということで(注/そんな委員会はありません) しかしダメダメですね。書いてて、こう…小説になっていないというか、文章が書けないんです。文章がきちんと成り立ってくれないというか。 やはり紫苑様のお誕生日を忘れてスクライドの劉カズに狂っていた呪いなのでしょうか?でも今スクライドがないと生きていけないの…。 さてさて。もしかして(ゆうひの小説の中では)はじめてかも。の、壱与&紅真の組み合わせです。いかがでしたでしょうか? それでは、ご意見ご感想お待ちしております(切実)---2002/09/29 |
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