+ 黒意 +










いつの時代だって 人は

神々のために
戦(いくさ)をし








 この黒い勾玉は、代々受け継がれてきた唯一のもの。この裏に彫り込まれている「シオン」という言葉は、何を意味するのだろう。
 自分の祖先は、この勾玉に、何を託したというのか。
 何を、祈ったというのか。

 どうでもいいことではある。
 これは、義務でも責務でもなく。
 ただ、自分が決めたこと。

 誰に強制されたわけでもなく。長く追い求めていたかのように。
 自分の魂が、自分のすべては、あの、無垢なる魂に囚われた。
 あの、まっすぐで、直向(ひたむき)な魂に、囚われた。

 それだけなのだから。





 「紅真」
 名乗らぬ自分に、男はその名を与えた。

「貴様…どこまで知っている。何を、知っている」

 目の前に佇むその男は、自らを「シュラ」と名乗った。その表情に湛えられた笑みの種類を、自分は知っている。
 嫌な笑みだ。
 油断のならない男だと、直感が訴えた。

 けれどその手を取るしか道がないことも知っていた。
 神々の強さなどいらないが、自分にはそれとは違う、それ以上の力が必要であるのだから。
 神々の力になど惑わされない、自分だけの力が必要なのだ。
 そして、何よりも、ただ。

 その傍に、居たかった。

「何、とは?」

 俺の思惑など何もかも知っていて、あいつは口だけで笑って答えた。
 その目の奥に、嘲りの光が見えても、自分にはただ見つめ返すことしかできないのだ。ただ、真っ直ぐに睨み付けることだけが、今、自分にできる唯一の対抗。
 それでは少し悔しいので、自分も男と同じ笑みを作って答えた。

「お前の野望は、叶わない」

 そのことを、お前は知っておくがいい。
 それでも尚、足掻き続けるがいい。

「誰の夢も、叶わない」

 神々の力に魅せられた者の夢は、叶わない。
 その力を欲する者の夢は、無残にも打ち砕かれる。
 なぜなら、神々は夢など叶えてはくれないし、願いも祈りも聞き届けてはくれないから。

 そして、自分が壊すから。

「それもまた、おもしろい」

 男は云った。
 昏い微笑を全身に湛えて。

 翻したその身に、俺は無言で付き従った。


 その先に、「彼」が、いる―――。







 魂に刻まれた呪い。
 誰も知らない真実。
 扉を開くことができるのは、鍵を持つ唯一のその者のみ。
 鍵は、魂に穿(うが)たれた、その、刻印。

 輪廻を繰り返し、来たるべき日のために、来たるべき者のために、縛られ続ける。


 あなたに会いたくて、私は、こんな所にまで、来てしまいました。

 あなたは笑うのかもしれません。
 あの、最後に見せた。
 泣きそうな、困ったような、微笑で。

 それでも、ただ、あなたに会いたかったのです。


 そして、今、そうしているように。
 わたしは、あなたの意思も決意もすべて無視して、あなたを自由にします。


 わたしは、あなたのその微笑に、こころ決めてしまったのです。







 絶望に苛まれ、それそでも君は美しく。僕は、必死でそれを隠していた。
 誰に知られようとも、君にだけは知られたくない。
 僕の決意も、真実も。―――何もかも。

 初めて君の姿を見たのは、もっと、ずっと、遠くからだった。
 僕は君に魅了され、僕のあるべき意味を知る。

 否定されるのが恐くないかと問われれば、何よりそれは恐ろしい。
 けれど、それ以上に、僕はもう決めてしまったし、何よりそれ以上が考えられなくて、引き返すこともできない。
 引き返せるのなら、そうするべきなのかもしれない。
 けれどなぜだろうか。
 君は、僕の存在を否定るすことはないような、そんな気がする。

 僕は君の笑顔を、遠くから見かけたことがあり、けれど君が僕に笑いかけたことは一度もない。
 けれど僕は、君が、僕のこの思いを知って、苦笑する姿を見たような気がするんだ。
 僕が君を呼び、しかし君は君の意思を違えはせず、君はその運命を自分で選ぶ。その、呪われる運命の道を、受け入れる。
 僕が君を呼び、君は、まるで我侭で甘ったれで、聞き分けの悪い…けれど、大切な大切な我が子でも見るかのように、苦笑する。

 それは、哀しげで。
 切なくて。
 呆れを含んでいて。
 けれど何よりも、慈愛に満ちていた。

 僕は、君のそんな微笑を見たことがない。

 けれど、僕は知っている。
 なぜなのかは知らない。
 けれど、僕は知っているのだ。

 そして思う。―――否、思ったのだ。
 激しい奔流に撒き込まれたかのような衝撃の中で、僕は涙を流して思ったのだ。


 取り戻す。


 ただ、そう思ったのだ。
 炎のような熱い衝動がこの身を焼き尽くす中で、僕は、それだけに支配されたのだ。

 けれど僕は、そんな事、知らない。

 知らない、ん…だ……本当に―――――……。







 紅真は躊躇いもなくその剣を振るった。
 破壊するのはその肉体ではなく、その心。
 紫苑が嗚咽と共に蹲るのを、笑みを湛えて見やっていた。


 君はきっとその扉を開くだろう。
 君にはその力がある。
 それは君の夢。
 しかし僕はそれを阻む。

 君の魂に刻み込まれたその呪いを解こう。

 魂と呪は深く、まるで反物のように織り込まれ、編み込まれ。一度粉々にしないといけないから、すごく、痛い思いをさせてしまうかもしれないけれど…どうか、許して欲しい。気に痛みを与え、それでも尚、君をその呪から解き放ちたいと願う、この僕のエゴを、許して欲しい。

 君が、たとえそれを君が望んだとしても、受け入れたとしても。
 僕は、君が僕以外の何者に縛られることに耐えられない。


 君を、何者からも、解き放とう。


 そう。この、ボクからも、解き放とう。

  ―――――永遠、に。




 それが、私の意思なのだ。









いつの時代だって
神は 人々のためにと

戦を止めはしなかった










ダカラ私ハ

其ノ力(チカラ)サエ

拒絶スル










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 あとがき +------------------------------------------------------

 朱叫の続きです。朱叫よりも時間的には前になりますが。
 今回は背景にかつてないほど迷いました。イメージはけっこう固まっていたのですが、なんか〜!!と言う感じで。いくつか使いたいのがあってどれ使うか迷っていたという理由も重なりました。そして前回同様たいそう読み難いレイアウトとなりました。すみませんです。
 まだまだこの設定でお話しは続きます。少なくともあと2話は話し考えて書き始めてますので、多分おそらく大丈夫です(←ニホンゴオカシイ)でも今回のように文にまとまりがなくつらつらと書いて行く上に、レイアウトもこんな感じで統一していきます。ごめんなさいです。
 紅真がストーカーと化していますが、元からそういう設定なので気にしないvv
 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せくださいです---2003/03/07

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