+ 蒼月 +
それ以上の残酷とは
いったい何を指すというのか
彼女はある意味で巫女だった。 高天へ移り住むことが族長会議で決まった時に、最後まで反対していたのが神職につく者たち。 言い分はこうだ。 神などこの世にいない。 神職についておいてこういうのはおかしいのかもしれないが、神職につくからこそ彼らはそういうのだ。 彼等は神に伺いを立てているのではなく、神の力を借りているのでもなく。この世界に満ちる限られた者にしか見えぬ「何か」を見つめ、読む。自分の心を深く知り、自分の中にある何かを引き出していく。 言葉で語られても自分にはまったく分からなかったが、方術士である自分が心具を創るようなことと同じだと云われ、ああ、そういうことなのか…と、納得したのを覚えている。 大きな十の部族があった。その部族に連なる無数の部族があった。 大きな十の部族を「晄(あき)」とよび、それに連なる小さな部族を、その規模によって大きい順に「捺(なつ)」、「杳(はる)」、「枯(か)」、「灯(あかし)」とし、末端部族を「烙(らく)」とよんだ。 十の晄とは「飛(と)」、「龍(ら)」、「茨(し)」、「礫(れき)」、「空(あ)」、「境(けい)」、「焔(えん)」、「冷(さ)」、「球(く)」、「姫(ひ)」であり、それぞれの部族名の前に晄をつけて呼ぶ。 すべてに部族長が存在し、部族間で話し合われたことがその上の部族に進言され、最終的には己の属する晄の部族間会議にまで持っていかれ、晄部族長同士の話し合いによって全体の方向性が決定する。 高天への移住は、通例通りそうして決まった。 私も彼女も高天の生まれだった。 その出会いは酷く平凡なもので、運命的なものとは云えなかった。 数多あるそんな出会いの中で、それを運命に変えるのは、結局のところ自分の意識次第であるのだろう。 平凡な出会いの中で、私はどうにかして必死の勇気を振り絞ったものだった。 「子乃姫」という仕事がある。 子を望む夫婦の為に子の恵みを願い、子の患うあらゆる病いを癒し、親をなくした子のすべてを引き取り慈しむ。 巫女であり、医師であり、母である。 それが彼女に与えられた役職であった。 彼女は晄姫(あきひ)の族長の第三子で、私は捺璃(なつり)――晄姫に連なる内の最大部族――の族長の第二子だった。 彼女を補佐し護るのが私の役目。 彼女はいつだって笑い、いつだって泣き、いつだって怒った。 それが子供達にとって最も必要なことであると云っていた。 まだ歳若い私達。 自分たちの子供すら持たないまま、彼女はすべての子の母になることを選んだ。 彼女は恨まなかった。 そんな彼女が憤りと憎悪にかられて震える時がある。 じっと、その鎮まぬ衝動に身を震わす時がある。 「これ以上の残酷が、いったいどこにあるというのか」 それは泪さえ渇かせず。 生まれたばかりの隻腕の赤子を抱(いだ)いて見つめるのは、その赤児の親。冷めた目で彼女を見返すその夫婦。 「子を選ぶ権利が親にはある。それがそんなに残酷かね?」 「そうではない。私は所詮ただの人。私の苦しみと怒りしか、私には分からない」 「では何を残酷という」 「子の命を救える私に、すべての子を愛せる私に、なにをもって子を見殺しにしろと云う」 これ以上の残酷が、いったいどこにあるというのか。 高天に移り住んで幾年。 生まれてくる子供のの大多数が、先天的な異常を持っていた。 だから反対だったのだ、とは、彼女や私が云えることでは決してない。 なぜなら、私達はすべてが終わったその後で生まれたから。 その時、そこにいなかった私達に、いったい何を云う権利があるというのだろうか。 だが、今は違うはずだ。 私も彼女も今、ここにいる。 彼女は蒼い月。 「月」をその身に閉じ込めて、永遠の夢に身を任す。 その緩やかな蒼銀の輝きは変わらないのに。その紫翠は生気をなくし。その白い肢体は力なく落ちていく。 決して、私の意見など、聞いてはくれないのだ。 これ以上の残酷。 たしかに、どこにも存在しない。 「ごめん」 彼女を抱き締めた私に、彼女がくれたのは、その一言だけ。 だから、私もそれだけを彼女に贈ろう。 彼女の心など無視して、私は……―――――――。 |
これ以上の残酷など
私には存在しなかった
----+ あとがき +------------------------------------------------------
晄は都道府県みたいなものです。烙は地方自治体とかそんな感じ。国の作りやその運営は、時代が進んでもそんなに大きな違いはないかもな感じ。晄の名前にはたいした意味も伏線もないです。突然変わることも有りです(爆) こんなに短いのに書くのに一週間以上かかってるってどうなんでしょう。いろんな設定作りすぎて、以前にどんな設定を書いたか忘れてきてます(汗) ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せくださいです---2003/04/05 |
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