+ 雪雲の上 +










 しんしんと舞い降(ふ)る雪を見上げて。
 しんしんと舞い降る雪が輪(えん)を描(えが)き。

 やがてそれが止(や)み。

 現れるのは、白い光り。



 朝陽が―――昇る。





 彼は丘の上からそれを眺めていた。空と海の色が等しく、どんよりと沈んでいる。
 吹く風は冷たく、彼の薄蒼の髪を揺らしていく。陽が出ていれば銀にも見える自分のその髪が風に攫われるさまを、彼は頓着もせずに放って置いた。

 雪が降るだろうとの予想は見事に当たった。一片(ひとひら)、二片(ふたひら)と白い粉雪が舞い落ちてくる。
 木々に葉は無い。
 人々のみならず、すべての生き物がそっと息を潜(ひそ)めていた。

 彼の赤い外套が翻(ひるがえ)る。鮮やかなそれは、色の無い世界では特に目に痛い。強烈な、まるで射るような赤だった。
 外套を翻して丘を一歩一歩下りて行く。

 雪が降る。
 積もらない。
 雪が降る。
 まるで光りのように。
 降り注ぐ。

 見上げれば雲は厚く。
 太陽の光りは一筋も見えない。

「紫苑」

 彼の名を呼んだのは、彼にとってはひどく聞き覚えのある声だった。
 振り向けばそこにいるのは、思った通りの人物。名を紅真という。その名の通り、強く鮮やかな真なる朱色(あけいろ)の瞳の持ち主だった。

 紫苑はただ紅真を見つめた。
 自分から用件を促がすつもりは毛頭ない。
 紅真は暫らく躊躇うようにしてから、漸く口を開いた。一度決めてしまえば、それまでの迷いなど初めから無かったかのように消えてしまう。潔さの持ち主だった。

「いつ、出発するんだ」
「雪が止んだら」

 紅真の問いに、紫苑は即答した。
 これからどこへ行くというのか。
 それは、彼らしか知らないこと。
 否。
 それは、彼らでさえも知らないことかもしれない。なぜなら、目的地はどことも知れないのだから。

 目的の地はある。ただ、そこへ辿りつくための道が分からない。そもそも、その地のある場所さえ知らず、それが「地」であるのかどうかすらもわからないのだ。

「雪はすぐに止む。すぐに光りが射す。まずは、そこを目指す」

 まず始め。
 一条の光。
 雲間から射す光りの梯子(はしご)。

「もしかしたら地の底にあるかもしれねぇぜ?」

 地獄とテンゴクは紙一重。
 紅真が揶揄するように云うと、紫苑はどこか晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

「だからだ。どうせ、俺たちは空の上では暮らせない」

 地に足をつけてでしか生きられない。
 地に足つけてでなければ、生きてるとは認めない。

「どうせなら、のぼりきってから堕ちようかと思って」

 生きていくのに必要なのは、いつだって大地だった。
 虚無の世界の中で、照る光を創り出すことはできても、踏みしめる大地は創り出すことができなかった。与えてくれたのは、一人の少女。
 照る光のような少女。
 少女の瞳には新緑の命が生きづき、彼女はまさしく母なる大地。

 光りあって闇がある。
 闇があって、はじめて光が存在できる。

 もしも自分が光なら、自分の眩しさに、周りは何も見えなかっただろう。
 そう。
 あの、少女にさえも気づかなかった。

「どうせ欲にまみれてるしな」

 生きたい。
 ただひたすらにそう願う。

 彼は笑って、そう云った。
 濃紫色の雲の上。朝陽が眩(まばゆ)く反射していた。





 寒空の下。
 雪が舞い散る。
 世界は蒼海色に染まり。
 雲の合間から陽光(ひかり)が射す。

 明けない空はない。










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 あとがき +------------------------------------------------------

 あけましておめでとうございます。この小説は2003年の1月中のみフリーとさせて頂きます。よろしければ持っていってやって下さい。
 今回は雰囲気のみで書きました。なので漢字の使い方とか句読点の使い方がいろいろおかしいです。というかその場で思いついた「即興小説」です。
 ちなみに初めと終わりは配布小説のスクライドサイドと同じです。初めは一緒に登場させてしまおうかとも思ったくらいですが、やめました。
 それでは、良いお年を(って、これ1月最後の方になったらコメントとしておかしいかもですね。しかもどっちも同じだし/汗)
 新年そうそうすみませんです---------------------------2003/01/01

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