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+ 亡霊の澱 +
それは声にならない。 それは音でさえない。 しかしそれは叫びだ。 悔しさに涙する妄執だ。 これは何だ? それが、彼が第一に抱いた感想だった。 それは驚きでもあったし、背筋の薄ら寒くなるような気味の悪さと嫌悪感でもあった。 黒雲が渦巻くように気持ちの悪いそれが、虫の蠢くように胸中に蟠っている感じだ。しかし吐き気とは違う。 そんな単純なものではなく、もっと気持ちが悪い。 そうだ。いっそ吐けてしまえば、その方がすっきりするのに。 ゆっくりと息を吐き出す。 そうすれば、胸のむかみも多少はやわらいだ。 紅真はその名の由来であるだろうと思わせる、強く輝く真紅の瞳を、改めてそれに向けた。 檻だ。 格子の間から腕を伸ばし、口は大きく開かれている。空洞だった。 ぽたり、ぽたりと水滴の落つる音の発信源がそれであると、紅真はようやく気づく。その瞳もまた空洞。ただ涙だけが落つる。 湿った音を響かせる。 これは何だ。 紅真は再び呟いた。 声は出なかった。 胸中で問いかけながら、しかしその正体を知っている気がしてならない。思い出すことを拒否する何かが、自分の中で無意識に働いているのを意識していた。 ここは地獄かそうでないのか。 紅真はどちらでも良かった。 ただ、ここが世界のもっとも下。世界の底でさえあれば、ここがどこでもかまわなかった。 白銀の髪を残滓に、上へと旅立った彼とは逆に、彼のためにと下へ来た。 だから、彼が求めるのはここが「底」であるということだけだ。 樹液のような滓(かす)が、風に乗って纏わりつくようだった。 空気が澱んでいくように、自分の周りを囲んでいくのを感じていた。 これは何だ。 問いかけながら、しかし彼は答えを見つけていた。 これは亡霊だ。 これは醜い醜い妄執だ。 紅真は皮肉気に口端を引き上げた。 おもいきり、笑い出したい気分だった。 願って止まず、求めて止まず、手を伸ばしても届かず、声を限りに叫んでも届かない。 涙は悲しいからではない。悔しいからだ。 無念だ、と。 悔しくて仕方がない、と。 落つる涙が叫んで止まない。 「これは…俺か……」 笑いを含んだ低い呟きだった。 檻に閉じ込められたそれは、尚訴えるのだ。 悔しい、と。 愛しい、と。 「ああ、わかる」 その気持ちは分かる。 痛いほどに。 それは、切ないほどに。狂おしいまでに、愛しいと思うこと。 「そうか…てめぇが、あの石碑に書かれてた野郎か」 混乱を引き起こした者。 神を人に貶めた者。 神を人に追い落とした者。 「なんだ、これは、俺じゃねぇか」 紅真は笑った。 肩を震わせて笑った。 おかしくて、笑いが止まらなかった。 紅真は笑い続けた。 亡霊は鳴き続けた。唸り続けた。 伸ばした腕が、彼に触れた。 彼は哂いを止めた。 紅真は自分の体が恐怖に震えているのを感じた。触れた腕の体温が低くなっていく。 目の前に亡霊はもういない。 彼を取り囲んでいた澱みも消えた。 彼は恐怖に体を震わせた。蒼褪めた。 ここは世界の底だ。 亡霊は彼だ。 彼が現在の彼として生まれるときに置いてきた――否、あまりの強さに、打ち倒すことも消すことすら叶わず封じられた――執念。 それは愛から生まれた怨念だ。 怨念はやがて妄執となり、封じられた。 それは常に叫んでた。 ただ一人の救いを求めて―――。 彼は震えた。 そして決意した。握り込んだ腕から血が流れ出て、衣服を汚した。 怖れるのは、自身の身が澱むことではない。再び怨霊になってもかまわない。 沈んで、澱んで、どこまでも浅ましい姿を晒そうとも。 それはあの恐怖に比べたらば、あの絶望に比べるのなら、たいしたことではない。まして怖れるになど値しない。 また、守れぬこと。 それだけが、ただ怖い。 檻なの中から抜け出して、今度は地獄に堕ちようか。 |
----+ あとがき +------------------------------------------------------
無理矢理更新です。なので画面がすてきに白い上に意味不明ですね(死)これは一話を書き上げるのにたいそうな時間を要します。なんでこんなに時間が掛かるんだろう、というくらに掛かります。けっこう表現方法などに気をつかっているのかもしれません(自分で書いててなんで「かも」なんでしょうね/蹴)。今日は鋼の錬金術師の放映日~vv ご意見ご感想い頂けたら嬉しいです---2003/10/04 |
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