◇ 心に灯(あか)りが燈(とも)るように ◇
英雄の条件などない
鬱陶しいと思われている自覚はあるが、僕にはそれを改善する気持ちなど皆無であり、それを、彼は十二分に知っていた。僕は彼の後ろを、まるで生まれたばかりの雛鳥が親鳥の後をついていくように追い駆け、彼はそんな僕を見てはいつだって、軽くため息をついていた。 同じ国――ここは邪馬台国という――の兵士たちはその度に笑い声を上げる。彼らにとっては僕も彼も同じ「子供」なので、どうにも微笑ましく、どうしようもなく可笑しいのだろう。 その気持ちは分からないでもない。彼がそれを苦々しく思う気持ちは、彼らが僕らを見て笑うことよりも尚分かる。 それでも、僕はそれを止めはしなかった。 僕にとって、彼は英雄だ。命の恩人で、師匠だ。 死に掛けていた僕を助けた彼は、僕に様々なことを教えた。それは生きるためのものであり、生き残るためのものである。つまりは、戦う術(すべ)だった。 剣術と方術。医学や文字もも教わった。 彼は僕が一つ一つ覚えていくことを待ってなどくれず、できないとダダをこねればすぐにでも見捨てる気だっただろう。 一つ一つ丁寧に教えてくれるわけじゃない。やってみろと云い、僕が馬鹿のようにがむしゃらに突っ込んではそれを薙ぎ払った。僕は彼に吹き飛ばされながら、必死になって起き上がり、這いずり、彼の教授に喰らいついた。決して振り落とされないように、しがみつき続けた。 当初、僕が彼から武術を習うことを羨ましがっていた者たちは、その様子を見るにつれて次第に冷や汗が流れ始めたようだった。彼が自分たちに武術の指南を行うことに積極的でないことに、むしろ安堵しているようにさえ感じられた。 後日、それが確かであることを、僕は彼ら自身から直接聞く機会に恵まれた。嬉しくもないが、誇らしくはあった。 彼は女王の護衛だ。僕は彼を手伝う。彼は必要ないというが、僕はそれをやめない。 朝仕度の準備をしたり(朝食を含めた彼の食事の準備は僕がする。母の手伝いをしていたから料理はできた)、僕が知っても大丈夫なくらいには、たいして重要ではない彼への伝言を伝えたりその逆に彼からの伝言を伝えたり…そんなことばかりしている。 僕は、できれば彼の手助けがしたい。けれど弱い僕にはまだそれができない。もどかしくて、いつも願う。はやく強くなりたい…と。 少しでも早く、少しでも強く。 女王は知らない。 彼がしてること。僕がしてること。 僕が彼に初めて出会ったとき、餓死寸前の僕に彼はただ一言、訊ねた。 そして僕は答えた。 「王を殺したい」 あんな王ならいないほうが余程いい。 あんな国ならないほうが余程いい。 それは僕の身勝手だと彼は云い、しかしそのための術(すべ)を僕に与えてくれた。 僕は王を殺し、国が壊れた。 焼け落ちていく宮殿と、そこから飛び火して燃え尽きていく国を見つめながら、姉と兄を王から救えたらいいと思ったが、生きていると思った姉も兄も、とっくに王に殺されていた。 涙が流れない代わりのように、彼が僕の隣にずっと佇んでくれていた。僕の国の最後の姿を、じっとその記憶に止め置くように、見つめ続けていたから、僕もそれに倣った。 後に、彼は笑いながら言った。僕が瞳の奥に焼き付けるかのように目を見開いて見つめていたから、自分もそれに倣ったのだと。 そして彼は云った。 「あの炎は、美しかった」 その言葉が、なんだかやけに嬉しかった。 まるで、あの国が、あの国に生まれ殺されていった家族たちが、友人たちが、あの醜い国とは何の関係もなく、美しく貴(とうと)かったと言ってもらえているようで。 人は貴いのだと、それを殺すのは罪であると、きちんと教えられた気がして。 僕の罪を知っていて、それでも見捨てず、罵らずにいてくれる人がいるのだと思えて。 ひどく、嬉しかった。 心に温かな熱が生まれたのが知れた。 今日も、僕は朝陽が空に昇るのと合わせて目を覚ます。 彼はそれよりももうずっと前に起きて、一人で修行に励んでいる。どこでどんなことをしているのかまでは知らない。 僕は彼がそれを終えて帰ってくる前に、食事の支度を終えておく。 田畑や森の色が移ろいゆく中に、僕は一日一日が確実に過ぎていくのを感じながら、彼の後ろを歩いていけたらいいと願ってた。 |
それはあまりにも些細なことだった。
誰かにとっての運命を変えるようなことというものは、たいていはそんなものだ。
世界の本当の姿がどうであろうとも、自分の目に映る姿以外の真実が存在しないように。
英雄もまた、そんなものなのだ。
----+ あとがき +-----------------------------------------------------
短ッ!!でも書き上げるのに凄い時間掛かりました…(一日かけてないですけど3〜4時間くらいか?)。 「英雄の後姿を追い駆けて」の続編のつもりです。おそらく主人公であるだろうと思われる「僕」には名前さえないという…(不憫) 「〜(だっ)た。」調が多いのは、淡々とした雰囲気が出したくてやってみたことです。どうでしょう? それでは、ご意見ご感想頂けたらありがたいです---2003/10/31 |
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