- かく語りゆく英雄の -
緋い花が咲くたびに
この世に真っ白な平和なんてありえない。それを世界の隅々にまで届かせるなんて不可能。だって、僕らに恵みを与え、あるいは干上がらせることさえ自由自在の天の女神でさえ、その輝きの及ばぬ領域があるのだから。 だから、僕と彼は、こうしてこの道を歩み続けるのだ。 真っ白な世界を作ろうと歩み続けるその影で、僕らは真っ赤に染まる道を歩むのだ。 「だからお前はバカだというんだ」 敵の心の臓を一突きにして、僕にとっての英雄は語った。その紫水晶の如き瞳が今まさに写しているのは、もちろん僕の姿などではなく、濁った血を吐き散らしながら、今にも倒れこみそうになっている大男だった。 これといって特出すべき点もないありふれた男だ。盛り上がった筋肉でさえ、あまりにも均整から外れていて滑稽だった。 男が倒れこんでこれない理由は明確だった。彼が男に突き刺している剣が、未だに引き抜かれていないからだ。つまり、彼が男の体を無理矢理に立たせているということだ。 わけの分からない呻き声が、男の不恰好な筋肉のように濁った血と共に滴り落ちる音がする中で、彼は淡々と語った。 「この程度のことも分からないほど未熟でバカだ。理(ことわり)を知れば武術を扱うものとして、人として、そん所そこらの奴らなんか固い土の上を歩くよりも他愛無い存在になる」 だからといって、彼はその「理」というものがなんでなるのかという具体的なものは何も語ってはくれない。ただ「感じろ」といって、歩き去ってしまうのだ。 「だがそれは最強なんかじゃない。圧倒的な力、あるいは強固な意志の前では、理屈なんてあまりにも無力だ。人を殺したい時は殺気を消せ。抑えようのないほどの殺意が迸るときは、殺す術のみを用いろ。それだけを考えろ。嬲るつもりでなんているなよ。そんな中途半端なことをしていると、猫だって鼠に噛まれ、運が悪ければそれで何もかも終わる」 彼は一息に語る。けれど早口ではない。 一言一言、はっきりと。けれど噛み締めるようにではない。 聞き取りやすく、理解しやすいその声音がじんわりとにじむように胸の中に染み渡るイメージ。 本当は僕が殺すはずだった男。油断していたのだろうか。男の剣に切り落とされる直前に、僕と男の前に滑り込んできた彼。 気がついたときには、男は彼の剣に貫かれていた。 彼は男の体から剣を引き抜いた。赤い血が火花のように散って、男が倒れ、土埃が舞う。どおんっという重い音とと地面が僅かに揺れた気配。 男の体が微かに動いた気もしたが、それが男にまだ息があるからなのかまではわからない。否(いや)、息などないだろう。 彼は殺したのだから。 彼の瞳が僕を写した。僕はそうして久方ぶりに、本当に久方ぶりに、体を動かすことができたような気持ちで、両手に持っていた剣を慌てて拾いに行く。 男の馬鹿力に跳ね飛ばされた剣だった。 「ただの馬鹿力は、案外侮れないぞ」 考えが読まれたようで、びくりとして振り返った。そっと伺うように盗み見た彼の表情には微かな笑みが浮かんでいて、至極楽しそうだと思った。歳相応の――彼はまだ子供なのだ――悪戯小僧のような笑み。 「しばらくは、ヤマジの奴に稽古をつけてもらうといい」 ……。 その言葉で、彼が何をそんなに楽しそうにしているのかが分かった。邪馬台国一の力持ち。 「…うえ〜」 心底から疲れを感じて洩れた僕のその声に、その情けないだろう表情に、彼はまたおかしそうに笑う。そして、その真紅の外套を翻して歩みだす。 「早く、追いついて来い」 そう云って微笑う彼の表情は、僕には確かに優しくて。 げんきんなことに、その英雄の、あるいは師匠の甘い飴で、僕の心は有頂天なほどに高揚して舞い上がる。踊らされているという自覚はあるが、嬉しいから、それでいいやと思ってしまう。 「はい!!」 元気良く返事をして、剣を拾い上げて、僕はまたいつも通り。 英雄の背中を追い掛けるのだ。 |
英雄の言葉は後世にまで残る
けれど、それは歪められた言葉
部分的に欠けた不完全なもの
僕が聞くのは生の声
そして、僕はそれを記憶する
決して忘れぬように、一言一句洩らさずに
英雄の語る他愛無い冗談の隅までも
----+ あとがき +-----------------------------------------------------
このシリーズもお久しぶりです。まず思いついて書きたかったのは真ん中の紫苑の長台詞です。あれは元々全部繋がってました。切れてなかったんです。 いつもの通り、夢爆走中のものですが、楽しいですか?書いてる私は楽しいですが…。 ご意見ご感想頂けたらありがたいです---2004/05/22 |
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