桜…暁葵(ぎょうき)






夜が明けて訪れるのは暁










 神々の数だけ国があり、国の数だけ戦が起こった。戦のたびに人は死に、人の死ぬたび嘆きが襲った。神は人を戦に駆り立て、しかし責任などない。故に止められない。初めから止める気などないから関係ないが。
 神々の数だけ国があり、国の数だけ戦が起こった。戦のたびに人が死に、嘆きが襲い、けれど神々には風が吹くことほどの意味も持たず。
 そうして戦は、ある日突然終わりを告げた。
 すべての国が滅ぶことで、人から見れば長い人の歴史の中で初めて、戦はその終焉を迎えたのだった。



 暁葵前年一斉噴火。
 暁葵元年一斉噴火。邪馬台国建国。女王卑弥呼退位。
 暁葵三年女王壱与即位。当年十三歳。



「久しぶり、紅真君」

 流れる茶の髪を揺らして顔を出した少女に、紅真は顔を顰めた。薄暗い部屋に扉から入る眩しい外界の光が煩わしいせいでもあり、その少女の訪れもまた歓迎とは程遠いものであったからだ。

「さっさと扉を閉めろ」

 それでも帰れとは云わなかった。云っても仕方ないからだ。
 扉を閉めて足を踏み入れた少女の姿が闇の中に浮かび上がる。肩までしかないのが惜しいほどに、その髪は美しかった。

「相変わらず不摂生な生活を送ってるのね〜」
「余計な世話だ」

 紅真は少女へ一瞥もくれることなく、机の上に山と積みあがった書類を読んでいく。それでさえ、彼にとってはどうでもいいことであった。
 少女はそんな紅真の態度にまったく腹を立てるでもなく歩みを進めた。彼女が一歩を踏み出すごとに、土埃が軽く舞い上がる。紅真の机の前へではなく、そこからみて右斜め前方に置かれたソファに腰を下ろした。再び埃が舞い上がるが、少女はやはり気にも留めなかった。
 薄汚れた部屋の様子からは掛け離れて、その部屋の内装は一流品ばかりだ。少女の腰を下ろしたソファもまた同様に、その価値に恥じぬ心地良さで少女を出迎えた。

「忙しそうだね」
「てめぇと違ってな」
「私より忙しい人っていないと思う」
「だったら働いてろ」

 紅真の答えはにべもないが、それでも律儀に答えを返す辺りに、少女は彼には気づかれぬように細心の注意を払って笑みを浮かべる。相変わらず薄暗い部屋にある窓には薄手のカーテンが掛かり、外の光を取り入れるのを妨げていた。

「女王様になんて口の聞き方かしら?」
「そりゃ大変だな。さっさと人民が誇れる女王様になってくれ」
「手厳しい」

 少女は苦笑を浮かべた。邪馬台国女王壱与。今年で十五になる少女は、その地位にあっては幼いといっても過言ではない自分よりさらに二つばかり年下の少年を見やる。
 紅真はその真紅の瞳に感情も見せないままで、書類を機械のように片付けていく。
 壱与は口を開いた。

「この国の歴史もおかしいものだよね。国が建国して、その隣に書いてあるのが王の退位。新王の即位はその三年後」
「そもそも建国ってのがおかしいだろ」
「新生邪馬台国って書くべきかな?唯一海に沈まなかった国?島?」
「今となっては大陸と島の違いなんてないだろうけどな」
「邪馬台国は世界中に残るどの陸地よりも大きな面積を残した島にあり、残った陸地全域を支配している。故にこの島は今となっては大陸であり、点在する島々をも支配下に置き、世界に唯一の国家を築き上げたことになる。だから建国」
「歴史の講義を開きたいなら他所(よそ)でやれ」
「一斉噴火を予知できなかった責任を取らされ、卑弥呼様は王位を追われた。私は幼すぎるという理由で軟禁状態。おかげで復興が三年延びたわよ。私がさっさと王位についてれば、絶対に今よりももう三年分復興させてる」
「だろうな。俺は稼がせてもらったからどっちでもいいけどな」
「必要なのは利己主義じゃなくて助け合う心っ」
「災害時の復興支援は国の重要な役割の一つだろう。一回の商人の出る幕じゃねぇよ」
「一介の商人ねぇ…。それにしては、良く稼いでるんじゃない?今度は何に目をつけたの」
「桜…これ以上は極秘だ。ちゃんと仕事を供給してやってるんだからいいだろ」
「それは大感謝」
「国で仕事を増やせよ。無職業者を全員雇うなんてのは無理だぜ」
「耳が痛いよ〜」

 黙々と話していた。
 話しているのに黙っているというのはおかしな言い方だが、彼らはまさに「黙々と」話していた。会話に意味はなく、かといってそれ以外の動作に意味があるわけでもなかった。壱与はただぼんやりとして座るまま、紅真もまた彼にとっては暇つぶしでしかない重要書類に目を通す作業。
 互いに待っていた。
 本当に聞きたいことを、相手が尋ねてくるのを。訊ねてくるのを。
 互いに待っていた。

「紫苑くんは、見つかった?」

 壱与が語り、しばらくの間をおいてから紅真が否の返事をした。もはや落胆や疲労のため息も出ないほどに、二人の間では多く繰り返されたやり取りだった。


 本当に生きてるの?


 壱与は幾度となく口にしそうになりながら、いつだってそれを胸の内に押し止めてきた。そうできたのは、「紫苑」の生きていることを当たり前のように疑っていない紅真が、彼女よりも前に立って紫苑を探しているからだと、壱与はその言葉を胸に押し込むたびに思う。
 あの幼馴染の少女は、どこへ消えたのか。
 一斉噴火でことごとく大陸が沈み、多くの人が死に、彼女は行方不明になった。普通なら死んだと思うのに、生きていることを疑わない者が一人いるだけで、どうしてこんなにも信じられるのかと思う。

「紅真くんは、強いね…」
「当たり前だ」

 誰もが死んだこの状況で、行方の知れぬたった一人の生を頑なに信じられることは、意外と難しい。生きていることを願うのは案外簡単なのに、願えば願うほどに、もしかしたらもう…という最悪の事態に襲われる。それに侵食されない紅真を、壱与は純粋に強いと思った。

「…邪馬台国も、変わったね……」

 壱与の新緑の瞳が、寂しく遠くを見つめた。










炎が燃える様はまるで夏








----+ こめんと +-----------------------------------------------------

 久しぶり(?)に女の子紫苑ですvvネタメモが落ちてるのを見つけて書き始めましたが、もういったい何を書こうとしてたのかわかりません。そんな感じで進んでいきます(たぶん)目指すはベタベタでコテコテ。
 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せ下さいです---2003/12/06

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