+ 夢の後 +










一滴の雨がやがて湖になるように










「大陸ではどこも国の記録とは残っていて然るべきなそうな」
「そのように」
「ならば我が国にもあってよろしかろう。我も女王として先代たちの偉業を書き記しておくことに必要性を見出しておる」
「ありのままをでございますか?」
「それは無理なこと。我も十分承知しておる。建国の祖たる初代卑弥呼は呪(まじな)いしじゃ。世界のいでき始め、国のいでき始めとはそういうもの。彼女は神話の如き長い在位期間を持つそうな。どこかで本当かなどわからぬもの。あまりにも保身的であったと」
「そのように伝えられております」
「ふん。実際に神であったわけでもあるまい。…だが、我らの国が神によって造られたというのは、どうにも甘美な響きじゃ。そうは思わぬか」
「そのように」
「二代目壱与は神々から与えられた使命を果たした。いわば神の意の代行者。この島を統一し、今の国の領土の大半を為したと」
「三代目都朔(とのり)が北から侵略を受けましたが」
「彼奴(きゃつ)は勇猛果敢じゃ。侵略を受けて逆に奪いよった。その後も南へ侵略を繰り返して領土を広げるその勢力はまさしく鬼の如き。四代目守那(かんな)は彼奴を鬼に心奪われしとして思惟(しい)したそうな…。我には彼奴の方が余程鬼に魅入られたと見える」
「三代目は87歳。その在位は有に50を越えていたとか」
「よくも生きたものだ。守那は40歳前後だったか?」
「時期女王と改められて20年は過ぎていたかと」
「年寄りの考えること。しかしまあ、おもしろいものだな。三代から先はあまりにも人間味溢れて記録が残っておるのに、肝心の初代と二代がわからぬ。歴史家に伝えよ。我が国の成立を美しく整えよと」
「仰せのままに」





 神々の愛の賜物。豊穣の我らが大地は、貪欲な餓鬼が跋扈しておりました。天に座(ま)します我らが神はそれを憂い、心身清らかな幼子(おさなご)に一つの円鏡を賜りました。戦好きの男は大地を炎で焼くばかり。母なる心を持った少女がその鏡を陽光に翳すと、大地は真っ白な光に覆われ餓鬼は浄化されました。少女は神々の意を受けて白き大地に田畑を開き、餓鬼から解き放たれ心を無垢に戻した人々をそこに導きます。神々はそこを国として封(ほう)じ、少女を王としました。邪馬台国初代女王卑弥呼の誕生です。卑弥呼は神々の心のままに国を守り治めておりました。しかし人とは愚かなもの。ある日彼女は一人の男――実はそれは国外から紛れ込んだ狡猾な邪鬼――に唆され、固く閉ざされた国の門を外へと向けて開いたのです。門の外は鬼の跋扈する荒野。邪馬台国は女王卑弥呼の失策によって滅ぼされようとしていました。それを嘆いた神々は邪馬台国内でも特に慈悲と慈愛に満ち、高貴な心を持った一人の少女に一条の槍をお与えになりました。少女の名は壱与。壱与は神の槍をその手にし邪鬼を退かせ卑弥呼を浄化し、邪馬台国の二代目女王として卑弥呼が神より授けられた円鏡を手にしたのです。壱与は円鏡の光を国の外へと解き放ち世界を広く浄化していきます。心洗われた人々は壱与へ忠誠を誓い、邪馬台国はやがて倭の島全体へと広がりました。鬼どもはそれに抗しましたが、愛と武勇に秀でた壱与は神から与えられた浄化の槍を持って鬼どもを退け、倭はつつがなく平定されました。





「なんとも子供だましでかわいらしいお話じゃな。我の年齢に合わせて書いてくれたのかえ?」
「神話とはそのようなものかと」
「お主も娘よりも幼い女王に頭(こうべ)を垂れるのはさぞ不快なことじゃろう」
「女王に忠誠を誓っておりますれば」
「優等生の答えじゃな。…ところで壱与の倭国平定じゃが…彼奴は確かに数多の小国と根気強く話し合い同盟国を増やした。だが、その裏で闇の仕事を一手に引き受け暗躍した者がいると噂に聞くが。記述が一言もないのは何故(なにゆえ)か」
「女王が仰っているのは月族の祖のことかと」
「月族…。あの口煩い彼奴らのことなど話題に上らせたくもない。女王は我じゃ。なのに彼奴らはいつもいつも我を諫めんとする。汚らわしい暗殺者どものくせに」
「月族の表の顔は神器を守る神職の長(おさ)なれば、国の行方を常に憂うのが仕事かと」
「神職が政(まつりごと)に口を出すなど、それこそお門違いじゃ。女王たる我に言を唱えることは、そのまま政を意のままに操ろうとすること。なぜ誰もそれを指摘せぬのか。そもそも星族は何をしておるのじゃ。月族が増徴せぬための調停者としての星族ではないのか」
「星族は裏の軍でございます。月族と違って裏の顔しか持たぬあの者たちには、戦以外に興味を持ってはおりませんので」
「月族と繋がっている可能性はないのか?」
「古来よりの犬猿の仲。それはありますまい」
「ふん。表の軍――国の守役の長たる樹族は何をしておるのか」
「表であればこそ、裏には敵わぬ力があるかと。現に星族の持ってくる情報がなければ国の維持はたいそう難しくなるものと思われます」
「強すぎるが故に裏であるか。汚れ役を進んでやるべき者が必要であることは、我も認めるところじゃ。じゃが、それを表に持ってくれば抑止力になりて更に国の存続を楽にはしないか?」
「大きすぎる脅威は攻撃の的になります」
「ふむ。…しかし、これでは月族が文句を言ってくるのではないか」
「月は夜に属するもの。国の基礎となる陽光とは相容れぬものでございます」
「陽光の前では姿が隠れて見えぬということか」
「御意」
「はたしてそれで納得するかの」
「しょせんあれらは神職であれば」
「…まぁ、どちらでも良い。所詮こんなものは戯言でしかない。それなりに暇が潰せればどうでもいいのじゃからな」
「国のいできはじめがこれで決定されますが」
「国造りも治めることも、暇潰しじゃ。我は常に暇を持て余しておる」
『女王とは本来、国のために心身を削り尽力するものですが』
「何者じゃ?」
『「星」』
「ほう。先ほどそなたらの噂をしておったところじゃ。なんじゃ、この歴史書に不満でもあるのか?」
『お噂に上りました通り、星は自らの輝きにしか興味がなければ』
「そのわりには先ほどの言(げん)、どうにも月のようじゃったが?」
『あれらは戦乱を忌みております』
「暗殺者のくせに。…それで、お主は何をしに来たのか」
『…女王を殺しに』
「え?」





「感謝いたします。そうそうに新しい女王を迎えましょう」
『珍しく月どもの護衛がなかったおかげだな。よくあいつらを撒けたな』
「月とは裏の守役。女王の真の護衛。五月蝿い奴らです。知恵をつけてきた女王など邪魔なだけなのに、毎度毎度守ろうとする」
『その金のカフス…代々の「月」を継承する者が受け継ぐはずだが。なぜお前如きが持っている』
「さすがは月族とは宿命の敵対者である星族当代の「星」だ。よくお知りで」
『答えろ』
「今の「月」を名乗っているのはうら若い女ですからな。いかに不可思議な術を使おうと、力で男には敵いませんよ。まして裏の軍たる陰族を放てばそれこそ、一人では抗しきれますまい。これで月族も少しはおとなしくなるでしょう。次の「月」は我々が選んだものにさせましょう」
『「月」は今どうしてる?』
「さて?陰族の者どもに犯されでもしているのではないですかな。…ああ、あれはあなた様にとっても憎々しく思うものの一人でしたな。今なら切り刻むくらいの形は残っているでしょう。陰族に連絡を入れましょうか?」
『必要はない』
「…な、なにを……」
『古来より、月と星は蜜月関係にある。せっかく手に入れた権力を棒に振ったな』
「ばか、な…」
『本当にな』


 腹から刃が抜かれ、紙片の上に鮮血が舞い、歴史を語る文字は覆い尽くされた。


『所詮は子供の遊戯…か』












誰(た)が思いは何処(いずこ)へ残るのか













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 あとがき+説明 +--------------------------------------------------

 100%創作です。邪馬台国がずっとずっと続いていたとして。裏事情をいろいろ説明したいんですが、台詞だけで構成したかったんですが…。どちらも中途半端に終わりました(説明もできてなければ、台詞だけにもなってない)。
 こういうのを書くときにいつも思うのは、卑弥呼を漢字で書くのって本当にきついよな〜ってことですか。だってさ…意味が(汗)。それをいったら邪馬台国もですけど。でもまあ、その漢字の意味にこだわらず一つの固有代名詞として割り切って書いちゃえばそうでもないですか?卑弥呼は邪馬台国の女王でそれ以上でもそれ以下でもない!!みたいな?
 「月」とか「星」って言うのは名前です。月族の中から当主が選ばれて、その当主は代々「月」と名乗る。とか、そんな感覚の名前です。実際は別に当主ではなくてお役目を果たす人間くらいな感じですか。「月」を引き継いだら金のカフスを、「星」を引き継いだら黒の勾玉をそれぞれ引き継ぎます。それらは常に伝承も引き継いでます。女王はもう傀儡です。ちっちゃな子供をつれてきて甘やかして女王に仕立ててます。実際の政治は女王を連れてきた人――うまく立ち回って権力を握った人?がします。平安朝の頃の摂関政治時代に近いイメージですかね。
 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せくださいです---2003/02/10

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