アリトエル





 人類は主に四つの種属に分けられる。すなわち、地属、火属、水属、風属である。
 その人口比はおおよそ七割を越えて地属が占めている。その背景をも受け、財政面、政治面における発言力もまた地属が握っている。中でも石の民は地属髄一の経済力を背景に、政治の大部分を握っている。その一方で、火属は二割にも満たない人口でありながら軍事的な面から強い勢力を誇っていた。
 1769年、現在では総人口の一割をかろうじて占めるか占めないかほどの水属の一つ泉の民が絶滅。それを受け、絶滅の危機に瀕している民及び文化の管理、保全に向けて政府が動き出した。
 絶滅危惧種として指定されたのは二種。水属月の民と風属光の民である。その後、1800年代に入り火属星の民が加えられ、現在では三種となっている。
 種属の見分けはもっぱら瞳の色を用いる。地属は総じて緑瞳を持ち、火属は赤、水属は蒼、風属は黒である。
 それぞれの種属、民にはそれぞれに特色があり、地属は平均寿命が長く、生殖能力も高い。この点もまた、地属が繁栄している要因の一つであった。


「やっぱり都会は違うな〜」
 一人の少女が、大きな旅行鞄を引き摺って汽車から降りて呟いた。茶色の髪に緑の瞳は地属陽の民の証である。少女の名は壱与。本日初めて、十五年間生まれ育った田舎を出て、人類文化の中心たる都市へと上京してきたところだった。
 彼女の属する陽の民は、人類史上もっとも農耕の発達した民族である。いかなる民族も農業に関するかぎりで彼ら陽の民の技術を越えることはできない。そして、だからこそそれは陽の民にとって命綱であり、自然それは秘密化されていく。故に農産業はその大部分を陽の民に依存することとなっているのが現状であり、陽の民はそのほとんどが生涯を農業に従事するのが一般的であった。彼女の周囲にいる親戚や友人たちもその例に洩れず、こんな大都市に上京してきたのは少なくとも彼女は己くらいしか知らなかった。
 上京の目的は至極簡単だ。進学である。
 彼女は別段農作業が嫌いなわけではない。むしろ、これもまた陽の民にとっては当然のことであるように農作業が好きであった。陽の民の領土にある学校へ進学して、農耕技術の進展のために研究するのも好きだった。だが、それ以上に学びたいことがあったのだ。興味をそそられていると言い換えることもできる。
 そのために、彼女は人類の文化のありとあらゆる中心たる都市。そこに存在する最高学府「倭(やまと)」への進学を望んだのであった。
「さてと。倭へはどう行けばいいのかしら」
 旅行鞄から地図を引っ張り出す。初めて訪れた都会は見るもの全てが新鮮で、いろいろと見て回りたい衝動に駆られもするが、いかんせんそんな暇はない。いつまでも混雑する駅構内に佇み続けるのにも疲れ始めていた。ぶっちゃけ周囲に対して多大なる邪魔者と化している気もしているのである。
「誰かに聞いちゃった方が早いかな…」
 大きな通りにそって行けばよいと言われても、その大通りの数が半端ではない。彼女は殊更神経質だということもなかったが、その通りに出るための道もいくつもあるからどこから行ってもそのうち辿り着けるだろう…と考えられるほど、単純でもなかった。
 地図を見ながら考え、ふと顔を上げる。
「あ…」
 彼女は呟いた。
 彼女の視線の先には天井からぶら下がる案内板がある。そこには見やすくはっきりと書かれていた。

 「倭→」

 つまり倭へ行きたければ矢印の方へ行け、ということである。
 壱与はそそくさと歩き出した。


 天を貫くかのように高く聳えるその建物が、世界最高学府たる倭の中心である。広大な敷地内にはその本館を中心として様々な研究機関が並べられていた。
 本館の正面玄関のすぐ横に受付があり、そこで入寮手続きについて訊ねる。事前に送られている書類の通りにしているのであれば、書類にある部屋へは、すでに荷物が運び込まれているはずだとのことだった。
 寮の場所を説明してもらい、そちらへ向かう。部屋の鍵や寮での生活に関する詳しい説明は、寮の管理人からされるとのことだった。
「なんか事務的で冷たい感じ」
 壱与は不満そうに呟いたが、学校の管理や事務を受け持っている人間などみんなこんなものである。彼らは教師と同じく「学校」という職場にあり「学生」を相手にする接客業についているが、その性質はまったく異にするのだ。事務的で冷たいとはまさにその通りで、彼らは正真正銘「事務員」である。事務的なのは当たり前だった。


 倭の学生層は多岐にわたる。四属すべての種属が集まるというだけでなく、年代もまちまちだ。一般的な就学年齢として、五歳から十歳までの六年間の基礎教育と、十一歳から十四歳までの高等教育が四年間、そして専門教育が十五歳から二十歳までの六年間となっている。つまり、倭は専門教育機関となる。基礎教育と高等教育は義務教育である。
 壱与の属する陽の民は、高等教育まで受けた後にはたいていが「農耕」の専門教育を受ける。大半が二十歳で卒業して農耕を営むが、中には専門教育の上にあたる研究塔に進学して、技術発展のために研究を続けるものもいる。専門教育の教師たる教授や助教授の多くが、どこかしらの研究塔まで行き学んだものである。
 故に、学生層の大半を占めるのは十五歳から二十歳の若者であり、今年新入生の壱与もまた十五歳であった。
「あ、もしかして同じ新入生?」
 寮に着いて受付に行けば、管理人から部屋番号の入った鍵を手渡され、大まかな部屋の位置を教えられた。四階建ての洒落たアパートメントのような建物の寮の名は「杜若」だ。その由来は入学に関する説明書か何かに書かれていた気もするが、壱与は覚えていなかった。
 新年度前である上に休日の午後ということもあってか、寮はあまり人通りがなかった。もっと同じ視点でいろいろと弾む心を分かち合いたい身としてはかなり物足りない。そんなこともあって、割り当てられた部屋へ向かう途中に見つけた、廊下を歩く後姿に声を掛けた。
「え?」
 声を掛けられて幾分か驚いたのだろう。蒼い瞳を開いて振り返ったのは、白くきれいな顔つきの少女だった。
「あれ?もしかして、月の民?」
「……」
 声を掛けた壱与が思わず訊ねると、少女は黙してしまった。その反応を受け、壱与はその問いを発してしまったことを即座に後悔した。
 月の民は水属の一種で、絶滅危惧種に指定されている。特に医療に特化した技術を持つ種属として有名であり、水属の特徴である蒼い瞳と、白い肌に銀の髪の特徴を持っている。
 染髪料やカラーコンタクトの発達で、属種をその見た目だけで判断することはできない。絶滅危惧種に指定されている種のカラーを真似ることは、ちょっとしたお洒落でもある。だからというわけでもないが、絶滅危惧種には一目でそうとわかるように、タグをつけることが義務付けられていた。首に掛けられた肌色に近いチョーカーがそれである。
 絶滅危惧種への暴行や殺人は、そうではない種への同行為と比較して比べ物にならぬほどに重い。それは抑止力であり、チョーカーはそのための判断材料でもあった。また、固体数の確認のためでもあり、事故や事件で人知れずなくなった場合でも、きちんと個体数が確認できるように、位置が確認できるように発信機のような役目も果たしている。
 少女の首には、白い肌にはあまりにも目立つ少し黄色味を帯びた肌色のチョーカーが撒かれていた。
「えっと…その、同じ歳?」
「十三だ。二年前に入学した」
「えっ?!じゃあ十歳で専門教育に?すごいね」
「別に。月の民の持つ医療技術保全のためだから」
「でも…それでもすごいことだと思うよ」
「……そういうお前は?」
「私?」
「陽の民だろ?農耕技術なら、陽の民の専門教育機関以上に優れているところはないだろう?」
 少女は軽く小首を傾げて訊ね、今度は壱与が悩むことになった。
「う〜ん、そうなんだけど…私、ちょっと別のことがやりたくて」
「別のこと?」
 少女は軽く瞳を見開いた。
 それに、壱与は苦笑を返しながら話し出す。
「うん。ちょっとね、法律について興味があって」
 政治は経済と共に石の民がその大部分を握っている。政治家の六割が石の民だ。同じ地属の陽の民は、もっぱら政治には無関心というのが、一般的な見られ方だった。
「みんなにも変わってるって云われるんだけど、気になるから」
「……何が?」
「まだよくわからないけど…」
 たとえば、絶滅した泉の民のこと。なぜ共に社会を築いていながら、その滅びを防ぐことができなかったのだろうか。
 たとえば、山の民のこと。なぜ共に社会を築いていながら、その姿を見せようとはしないのか。
 石の民が政治と経済を握り、炎の民や海の民が軍事力を握り、そうして社会を動かす。石の民と同じ地属でありながら、陽の民や碧の民はそういったことにはいつも無関心で、山の民は自分たちのことだけしか考えず、勝手に社会を形成している。
「たとえば、こうやって同じように、同じところで生活してるのに、バラバラだったり…するところ、かな」
 一つの共同社会を形成しながら、しかし協力などしていないのではないか。
 たとえば、そんな疑問。
「そうか」
「うん」
 ほんの少しだけ会話が途切れて、壱与は満面の笑みを浮かべて顔を上げた。
「私は壱与」


 あなたは―――?


 手を差し出せば、少女は微笑ってその手を握り返した。

「紫苑」



 こうして、いずれ社会に大きな風を巻き起こす二人の少女は出会ったのだった。






----+ こめんと +-----------------------------------------------------

 難産でした。タイトルに意味はありません。意味のないタイトルってやってみたかったんです。
 時代設定はいいかげんです。適当です。全てがなんちゃって状態です。深く考えてません。だから裏なんです。でもそのいいかげんな設定作るだけで丸一日潰しました。たったこれだけの文もいつもの十倍以上の時間掛けて書いてます。それでも中途半端に終わってますが。
 この話で紫苑の性別の設定をああしたのは、ひとえに壱与と同じ寮にしたかったからです。男女共同の寮(学校の敷地内)って…ないですよね?(あるんですか?)
 世界じゃなくて社会です。人間は社会的動物なのです。多分。
 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せ下さいです---2004/04/02〜08

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