幻のあなた 




あなたは誰?





 それに初めて出会ったのはいつだっただろう。おそらく三つかそこらだと思う。けれど、それは物心ついての記憶であり、歴代王族の墓のあるそこへは生まれた頃から毎年連れてこられていて、記憶の中にある出会いには、驚いたという記憶はないから、それ以前──もっとずっと前。物心つく以前から、私はその姿を見知っていたのかもしれない。

 空に浮いたそれは半透明で、私にしかその姿が見えていないのだと気がつくのに、たいした時間も必要とはしなかった。おそらく、これは幻というものなのだろう。なんの幻なのかなどわかりようもなかったが、そう思った。
 未知なるそれに恐怖を抱かなかったというのは、今にしてみれば不思議なことのようにも感じられる。幼過ぎただけかもしれないが、依然として現れ続けるそれに、いくつの年を経てもなお嫌悪さえ抱かれないということは、それが私にとってそうなるべき存在ではないということなのだろう…と、今となっては思いもするのだ。
 彼が何者であるのかということを考えなかったことはない。考えて答えが出たこととて一度とてなかったが。

  年の頃はどれほどだろう。若く見積っても父を越えていることは間違いないように思う。幾代目かの王の魂でもさまよい出たのかとも考えなかったこととてなかったが、鴉の羽より美しい漆黒の髪も鮮血よりも鮮やかな赤い瞳の王の話しなど聞いたこともない。
 月代の王は総じて銀の髪に青い瞳で、例外はないのだから。

  王妃ではない。あれは間違いなく男性だ。王妃の血の強かったために、王位継承権の奪われた王子だろうかとも考えた。しかし、あの赤い瞳は間違いなく半神たるの証し。異形の怪物であれば王家の墓には並べられぬ。異形でなければ、ただ人(びと)ではありえない。ただ人でなければ王か。月代の王ではありえない。されば英雄か。英雄であれば王家の墓には並ばない。まして私の前に現れるはずもない。

  私は国を滅ぼした罪深き。月代の最後の人。すでに王子の身分など剥奪されている。
 他の誰でもない、私が剥奪したのだ。
 民も王たる父も、母さえ守れぬこの私に、いかにして王子を名乗れよう。まして私などよりもずっと幼くか弱く、守られるべき子供達をさえ見殺しにして。

  今、月のない星の輝く夜世界にありて、ただ死を待つだけの愚かさを。
  あまりの惨めさ、ふがいのなさに、月にも見捨てられしに。私は泣くことはおろか、笑うことさえできず。ましてどうして一人でなど立ち上がれようか。


  今、ただ、死を待つだけの愚かさを。





 星の煌めきが、まるで私を嘲笑っているかのようでした。私も内心で哂っておりました。
 ただ死を待つだけの惨めな私の手を引くものが現れたのです。愚かにも、私はその手を取ってしまうのです。それに縋りつくように。
 星が嘲笑っているかのようでありました。あるいは、これは月に見捨てられた惨めな私を、星々の煌めきが導いてくれたのかもしれません。
 愚かにも、愚かにも。
 愚かにも惨めなままに、生き抜けと。

 男の手を取る隣では、いつものあの幻の彼が、静かに私を見つめておりました。

 目の前の男よりも年上であろうその人は、目の前の男と似た衣装を身に着けており、こんなときにこんなことに気がつく自身に、私は胸中で再び哂いました。
 そうなのです。私は、私にしか見えぬこの幻に、心底心を許してしまっているのです。いつの間にか、狂おしいほどに、その姿を求めてしまっているのです。



 あなたは、いったい誰なのですか?
 どうして私の前に現れるのですか?
 私の心に根付いてしまうのですか?
 あなたは、いったい誰なのですか?



 狂おしいほどに、あなたのことが気になり、愚かな私はただ死を待つときでさえ、救われておりました。隣に写るあなたの姿に、見知らぬ誰かの幻に、心底安心しておりました。

 男について一年が経ち、私は目を見開くことになりました。
 黒い髪、赤い瞳のあなたは、私と同じ年頃で目の前に現れて。常に私を嘲笑うのです。惨めな私のふがいのない姿に怒りの瞳を向けるのです。
 まるであの日の星の煌めきのようで、私はやはり私を哂うのです。
 彼がいるときは、あの幻の彼はなく。幻の彼がいるときは、そこには彼がいない。
 私はやはり問うのです。
 もはや問うことしかできないから、私は問いかけるしかないのです。


 あなたは、誰?
 誰なのですか?


 森の中で出会ったあなたのその剣(つるぎ)の名を聞き、私はまたも微笑うのです。
 あなたの姿が隣にあると、私の心はすっかり落ち着いて。
 もう小さな何かに煩わされることなどどうでもよくなるのです。
 あの日の月のない夜のように、あなたの隣で愚かにも。
 ただただ、今、死を待つのみの穏やかさで。





 きっと、あれは遠い未来のあなた。
 私の知らないあなたの姿。
 それだけを、今の私は確信するのでした。





あなたは如何(いか)して、私の前に現れるのか。





----+ こめんと +----------------------------------------------------

 また携帯電話で書きました。お題でない短編ってどれくらい振りですか?怖くて数えられません。
 今回、壁紙で本当に使いたいのが黒背景用だったのですが、面の背景はできれば白が良くてコレ使いました。月と星が一緒でかわいいのって中々なくて(-_-)...。ちょっとシンプルすぎたかな〜…。
 ご意見ご感想お待ちしております_(c)2004/12/07_ゆうひ

------------------------------------------------------+ もどる +----