来世の逢 











 生まれる変われるなら女がいい。彼はまた、男に生まれ変わる気がするから。






 昔から変な子供だと思われていた。朱が嫌いなくせに目が離せない。特に瞳に赤があるとより顕著にその症状が現れた。
 動物園に連れて行かれた物心ついたばかりの頃の記憶。ウサギやモルモットに触れることのできるそこで、自分は眸の赤い一羽の兎を酷く怖れたのを覚えている。
 真白くふわふわとしたそれ。何を恐れる必要がある。
 けれど怖ろしいのだ。真っ直ぐと自分を見つめてくる円らな瞳は余りにも純粋で。何もかもを暴かれそうな気がした。そしてすべてを根こそぎ奪い尽くされてしまうような。
 だから怯え、そして払い除けた。それも頑是無い子供がわけも分からず力いっぱい動物を扱ってしまうそれではない。嫌だという拒絶を持っての行為だ。
 父も母も驚いていた。やんちゃだったが、小動物を意図的に傷つけるような子供ではなかったから。
 自分でも驚いた。
 炎に魅入られることがある。白く輝く刃物の輝きに魅入られたことがある。
 それが危険な心理状態だと思われていることを理解し出したのは、いつのことだったか。そうしてその心理状態を抱えたまま、今日まで生きてきた。






 この国は多様な人種の混在により、その人間の見目は様々だった。比率でいえば黒髪黒目が多いが、そうでないから珍しいというわけでもない。
 銀髪に藤眸の紫苑もまた、そういう少女だった。つまり、黒髪黒目ではないが特別珍しい色合いというわけではない。けれど彼女はとりわけ美しかったので注目を浴びた。
 そんな彼女の通う高校。まだ一年だ。入学した当初から、彼女へ近づこうとする少年は後を絶たなかった。けれど彼女は異性には興味がないと公言して憚らない。異性に興味がないというより、人に興味がないのではないかとは彼女の同性の囁くことだ。
 転入生が現れたのは、それが何も変わらぬ頃だった。
 黒髪に赤い瞳の少年。紫苑は怖れた。名前は紅真。聞いた瞬間に、それまで感じたことがないほど、その恐怖が増した。そしてそれが消えた。なぜなら彼もまた、紫苑に怖れを抱いたことを感じ取ったからだ。

 少年は目つきが悪く、口も態度も悪かった。同姓にも異性にも、目上の者に対してもその態度は不遜で可愛げの欠片もない。だが顔は良かったし頭もそれなりに良かった。運動神経は抜群だ。
 だから学校一の美少女がその隣に立てば噂にならないはずもないし、好意を向けられるはずもない。誰もが二人のことを気にするが、当の本人たちだけがそのことを一切気にしない。気にしているのは別のことだ。つまり、どうすれば自分の気持ちがはっきりするのか。

「眸の赤い男は嫌いなんだ」
 紫苑が云う。彼女はいつもそれから会話を始める。
「嫌がらせか?」
 紅真が顔を顰める。紫苑が首を横に振る。
「違う。赤い瞳を見ると胸がかき乱される気がして落ち着かなくなる。だから、嫌いなんだ」
「俺はてめぇが嫌いだ。見てると胸が掻き回されるようでむかむかする」
「なら同じだな。それなのに側にいる」
「いないと余計ムカつくからだ」
「……側にいると、落ち着くから、かな」
 教室内で。二人が会話を交わしている様子を、遠巻きにだれもが注目している。いつものこと。授業毎の合間のこと。けれどその会話の内容を聞き取ることができないものは幸か不幸か。二人の会話はいつも同じことの繰り返し。
 互いが互いへ何を感じ、何故互いが互いの隣に立ち、隣に立たれることを許すのか。それをただ確認して、休み時間は終わる。授業開始の鐘が鳴り、席へと戻り、次の授業を無言のままに受ける。
 会話の内容が日々変わるのは登下校の時だ。二人、並んで帰路につきながら会話は尽きぬのに顔を見合せぬのは何なのか。
 紫苑は苛々していた。
「最近すごく苛々する」
「なんでだよ」
「なんだか昔から我慢ばかりしてる気がする」
「……俺がこっちにきてまだ一ヶ月くらいだろ」
「だってそんな気がする」
「……何をそんなに我慢してるってんだよ」
「……」
 紫苑は黙り込んだ。紅真に出会った時から、なんだか分からないがとにかく何かを我慢している気がして仕方がない気分を味わい続けているのだ。本来紫苑は短気な性質だった。これだ男だったら激昂しているくらいには短気だ。
「……美人だって良く云われる」
「はぁ?」
 紫苑のらしくないセリフに、紅真は大げさなほど顔を顰める。紫苑は表向きは気にも留めないそっけなさで無視をした。
「何人もの男に告白れたされたことがある。というか、今も良くされる」
「だから?」
「……」
 いい加減。いい加減に、そういう仲に進展してもいいのではないだろうか。
「云うことはない?」
「ないな」
「……云ってないことはない?」
「ああ」
「……」
「でも、聞いてないことはある気がするな。聞くのが怖くて、聞きたいけど、聞きたくないような」
 紅真はどちらかというと白黒はっきりつけたがる性格だ。こんな風に問題を先送りにしたり、放っておいたりするのは、本来の彼が厭うことである。だからだろう。語る紅真の表情はどこまでも苦々しいものだった。
「てめぇに何かを告げて、その答えを求めてなんかいないはずなのに。本当はその答えがすごく気になってる」
「何かって? 何か答えを求められるようなことを聞かれた覚えはない筈だけど」
「俺も記憶にねぇよ。でも、何かを伝えた気がする」
「……」
「……」
「もう一度伝えてくれれば、思い出すかもしれない」
「覚えてねぇよ。しかもなんか知らねぇけど、もう二度と伝えるつもりもねぇ」
「なんだよそれ。……でも、すごくそれを聞きたい気がしてる」
「絶対に云わねぇ」
「覚えてないくせに」
「そっちこそな」
「……」
「……」
「何もないのは確かだと思う。……でも、紅真に伝えないといけない――っていうか、伝えたいことがあった気がする」
「……」
 暫らく歩いてから、どちらともなく呟いた。
「手でも繋いでみるか」
 それはどちらの思いだったのか。周囲の思惑とは外れ、二人はそれでもまだ、恋人同士はおろか、友人ですらなかった。












 それから触れるだけのキスをした。考えたこともないのに、大願成就した気がした。







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 『過去の虚』の最後(たぶん)。ごめん。私に青春恋愛物はやっぱり無理だった。なんというか…、こう、甘酸っぱくて、切なくて、でもしんみりと幸せな高校生の恋愛を描いてみたかったのです。玉砕する気は格前からしてたけどさ…。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)ゆうひ_2007/05/12。
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