傾国の美女 












 この国の生きた秘宝。
 それを求めて、男は一国を滅ぼす猛攻に出た。












「隣国の秘宝を奪おう」

 王子は父である王に進言した。王は方眉を上げておかしそうにからかった。
 相変わらずの傲慢さ。玉座に腰掛け、美女を侍らせている。頬杖をついていない方の手に持たれた銀の杯に、なみなみと純血の葡萄酒が注がれていく。

「珍しいな。お前がそんな過激な政策を提言するとは」

 王子は王を前にして淡々と返した。その視線にはなんの感慨もない。少なくとも、子が父を、臣下が君主を見るものではなかった。

「別に。どうせお前の息子だ。おかしくはない」

 王子の応えは端的だった。
 それに、王は愉快そうに大声をあげて笑って了承した。










 こうして、ある一つの豊かで平和な国が蹂躙され、滅ぼされた。
 王と王妃は殺され、国王夫妻の一人娘であった王女は攫われ、囚われの身となった。










 やがて国王は死に、その息子である王子が新たな王としてその位についた。
 近臣たちは戦慄とした。恐怖政治の始まりかと。なぜなら王子は王を弑してその地位についたからだ。
 だがそうはならなかった。
 もはや故人となった先王はその暴虐の限りで随分と圧政を敷いたものだった。絢爛豪奢を好み、色と食と財宝に強い関心を示した。
 唯一の救いは残虐には過ぎなかったということだ。
 自らに逆らうものには容赦のない暴君振りを発揮したが、そうでなければ一切関心を示さなかった。
 つまり、臣下が善政を行うことについて、それが王の望む何某(なにがし)かに逆らわないものであれば、一切の問題がなかったのである。

 ではこの王子はどうだろうか。
 常は賢明な判断をする王子だ。だがその本質が激しく荒々しいものであることは誰もが良く知るところだった。
 その王子が隣国を力でねじ滅ぼし、父王を弑する暴挙に出た。国は戦勝の浮かれも間もなく、新王がどのような行為に出るか――この国の行く末に待ち受けるものを――息を殺して見守った。

 そうして開けられた蓋はひどく平和なものだった。
 新王は色にも食にも財宝にも興味を示さなかった。公明正大。多くを語ることはないが、鋭いその目は一切の不正、悪逆を見逃さず。かといって極端に走ることはなく。
 国は繁栄の一途を辿り、やがて人々は王がその地位に着いた経緯を忘れた。
 さすがに歴史書までがそのことを葬り去ることはなかったが、先王の悪逆暴虐の様相は実際よりも割り増しされ、王子の弑逆はそこから国を救うためともいえる随分と見目麗しいものとなった。それは第三者の目――つまり、当事者である王子以外の人間から見れば、事実であった。

 幼い日。王子は隣国の『秘宝』の噂を耳にした。
 聡明な王子は行動的でもあったので、一人で城を抜け出して隣国へと潜り込み、その市井(しせい)を見物していた。
 その日、その国の人々はみな嬉しそうな笑顔で口々に『生きた秘宝』を話題にしていた。
 いったいそれはなんのことかと、王子はまだつぶらな瞳をいっぱいに開いて人々の話題に耳を済ませた。
 それはこの国の姫の五つの誕生日の話題だった。
 秘宝とは麗しく愛らしい姫君のことだったのだ。

 さて王子はその秘宝に魅入られた。どうしても手にしたくなった。そして自分だけのものにしたくなった。
 そうして一国が滅びた。
 困ったことに色好みの先王はその姫の柔らかな白い肌に涎を流し、色欲の瞳を向けた。王子はそれがなければ父を殺したりはしなかっただろう。
 王子にとって父親とは、好ましくはなかったが、殺すほど関心を惹かれる人物ではなかった。

 さてその姫だが。
 囚われた後は生涯、城のどことも知れぬ一室より出ることはなかったという。
 開く言葉はただ一つ。

『秘宝の在り処など知らない』

 自分の祖国が滅ぼされた要因はそれだと、姫の耳にも届いていた。だから姫は王子が何を言っても。或いは何も云わなくとも、それだけしか口にしなかったし、何をしようとも、何もしなくとも、姫の視線が王子に向くことはなかった。

 一人。新王の子を産んだが、その子を育てることはおろか、その姿を一目さえ見なかったそうだ。
 子を愛していなかったというよりは、視線を向ける暇(いとま)さえないほど素早く、生まれた子供が母から引き離されただけのことだった。
 父は子を子として愛したが、母の関心がそちらに向くことはもちろん、その姿を、たとえ我が子であろうとも触れさせたくなかったようだ。
 その狭量さに気づくこともないほどに。

 子は父を尊敬し、そのために母のことを一切恋しがることはなかった。やがて父の後を継ぎ王となり、父王と同じく善政を引いたとのことだ。
 人々は未婚の王の子だというその新王が何者であるかと憶測もしたが、並ぶもののないほどひどくすぐれた人物であったので、そんなことはどうでもいいとでいうかのように。誰も彼も、そのことには口も目も耳も塞いだ。











 彼女は自分の容姿(顔)の美醜にはまったく関心のない娘であったので。
 それが、愛する祖国を滅ぼすことになったのだとは。
 ついに、死ぬまで理解しなかった。
 それは即ち、彼女はとうとう最期まで、彼の人の彼女への愛を理解しなかったと。
 そういうことなのだ。















talk
 ヤベェ…。また邪馬台幻想記だよ。これもまた紫苑をどうして邪馬台幻想記って、こうもパラレルが書きやすいんだろう。スクライドとDグレは獣化がやりやすいです。そして幻水はいろんなCPを書きたくなるので大変です。
 ここでの紅真と紫苑は『朝露の君』での正確に非常に近いです。紅真の行動がちょこっと別の方向へ向かうだけで、このような別の方向へ向かったというパラレルです。いろいろと端折った文章でたいへん申し訳ありません。ちょっと疲れがピークです。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)ゆうひ_2006/07/16
back