チェリー・ブロッサム
結婚しよう。 そう告げれば、彼女は優しく微笑み、肯定の言葉を発した。 |
「やる」 紅真はそう云い、手に持ったそれを無造作に己の前へと突き出した。 差し出されたそれに首を傾げるのは、差し出された当の本人である紫苑だ。 「なぁに、これ?」 首を傾げる紫苑に、紅真が簡潔に説明した。 「黒曜石でできてる。代々、うちの国の王の正室に与えられるものだ」 紅真の説明に、紫苑は再び首を傾げた。 「私の国では、王の正室は時期国王を生んだ女性がなるよ。私の父上にはもう五十人くらい妻がいるけれど、私を生んだから、母上は平民出身だけど正室なのですって」 つまり、紫苑は紅真の正室が誰になるかはまだ分からないはずではないのかと問うているのだ。 紅真は紫苑の台詞に一瞬だけ押し黙った。紅真の国でもその法則は変わらぬものであったからだ。 しかし紅真はそんなものはくそくらえだと思っている。 今の彼には、目の前にいる少女しか要らなくて、きっとその気持ちは永遠に変わらないものだと感じていたからだ。 彼女にあった瞬間に、自分はその存在だけをひた求め、その存在の為だけに、この命は翻弄される。そして、それが何よりの幸福になるだろう。 そんな予感の出会い。一目惚れだった。 けれど彼女はそうではないのだ。 彼女がそうではないこと。そのために、紅真は彼女と隣り合うことに言いようのない喜びを感じ、穏やかさに満たされ、同時に、胸の締め付けられる切なさに襲われる。 「俺の親父は女好きなんだ。いつもいつも、夜は違う女のところに行く。おまえの親父もそうだろ。でも、俺は違う」 紅真が少しムキになって云うと、紫苑はやはり首をことりと傾けた。 「私の父上はいつも母上のところにいる。でも、そうすると母上は怒って、父上を追い出すの」 紅真は驚きに目を見開いた。 「父上は母上を愛していて、でも、母上は父上を愛してはいないという。母上は父上には義務と責任がって、たくさんの妻となった女性の元へ平等に訪れるべきなのもそうだと仰ってる。母上は、いずれ私にも同じ責任が生まれると云う。そうなったときに、決して父上のようにはするべきではないと」 紫苑が微笑んだ。彼はちゃんと紅真を愛している。 紅真が紫苑を愛するのと同じように紅真を愛し、けれど二人の違いはただ。それ以外があるかないか。 だから紅真は思う。 紅真は紫苑を失わなければそれでいいが、そうでない紫苑が、紅真以外の何かを失ったとき。いったい、紅真にはそれを埋めることが出来るのだろうかと。 しかしそんな紅真の思惑など微塵も思いつきもしない紫苑は、やはり微笑んで紅真に告げた。 紅真と会っているとき、紫苑はいつだって華綻ぶようなふわりとした微笑みをその雰囲気に貼り付けている。 その雰囲気のままに、紫苑は紅真に本気で告げたのだ。 私も父上のように何十人もの妻を娶るけれど、私の夫は紅真だけだよ。 紫苑は微笑んでいて、紅真は言葉も出ぬ程の驚愕にその思考のみならず。時間をも、停止させた。 |
結婚しよう。 そう告げられて、私はそれがずっと一緒にいるということだと知っていたので、喜んで了承しました。 彼も喜んでくれる。そう信じて――。 |
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短くて軽いお話を提供致します。そんなつもりで(笑)。11月22日(いい夫婦)の記念に何か書きたかったのですが、思いがけぬ残業で間に合いませんでした。なのでちょっとだけテーマを変えて。この話は『ハジマリハ恋、きっかけは雨。そして黄昏で終わる恋。』よりも『幼なじみに贈る5つのお題2』の設定を継いでいます。タイトルの『チェリー・ブロッサム』は、なんかとにかく『初々しい』感じが表現できればとつけました。この話が裏ではないのは紫苑が男の子だからです。そして紅真は紫苑のことを『女の子』だと勘違いしてます(爆笑)。だから紅真視点のときの紫苑の表現は『彼女』、『少女』になり、紫苑側に立っての表現だと『彼』になります。ちなみにここでの紫苑は結婚諸々の意味を正しく理解していません。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/11/22〜23_ゆうひ。 |
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