死者の灰 



人が死者を前にして考え得ることは、およそ二つだけ。
埋葬するか、蘇生を望むか。それだけだ。
そして取るべき選択は二つに一つ。いつだって。





 別にてめぇが嘘をついていたって構わねぇ。てめぇは初めから――それこそ自他共に認める――嘘吐き野郎だった。
 別にてめぇが陰陽連を私物として使い捨てたって構わねぇ。元々この組織を作った――そして育てて完成させた――のは、てめぇなんだから。
 別にてめぇの胸中に誰がいたって構わねぇ。そもそもてめぇには興味なんてねぇからだ。

 卑弥呼というその女が、てめぇにとってどんな存在であったかなんて、そんなのはどうでもいい。
 そんなものの為にあんなにも人を殺したのか憤る奴もいるけれど。そんなことの為に命を懸けて動いてきたのかという奴もいるだろう。
 けれど俺は知ってるから。
 たった一人。そのたった一人の為に、あらゆる全てを犠牲にしても構わないとさえ思う欲を、知っているから。
 だから、何も云うまい。
 制したものの願いを実現させるという神威力。一つだと思われたそれは限りなくあった。
 高天の民は、神々を封じたのだ。
 人が世界の実権を握るために。神々から、世界の支配権を奪い取るために。
 命そのものの神々を消し去ることが怖かったから、世界から切り離された高天の都を創り、そこに封じたんだ。万が一にもその力が必要になった時の為に、五つの鍵を用意して。必要な時は封印を解けるようにして。準備万端で。
 それでも人は神々を恐れた。怖くて仕方がなかった。
 できれば永遠にそれらが復活を遂げることなどないことを――人智の及ばぬ事態が起きぬことを――願いながら、方術を人の歴史から消し去ろうとして。
 けれど時間はそうするには少し足らず。或いは人の欲望は人の思惑を超えて。

 目覚めた鍵たち。
 開かれた扉。
 解き放たれた都という名の檻。
 復活を遂げる神々。

 神々は失われた己の実態を人の形(なり)に求め、人は力だけとなった神々を、ある者は制し、ある者は乗っ取られ。
 俺は乗っ取ってやった。
 いきなりこの意識を奪おうと入り込んできた見知らぬ、わけの分らぬ老いぼれ!!
 誰であろうと。
 何であろうと。
 俺が俺以外の支配下に入るなど、絶対に許さない。

 その場に居合わせ、俺がその存在を名とともに認識していた奴のほとんどが、俺と同じように己を保ち、そして俺と同じように、以前とはまったく同じではなくなった。
 神々の怒りも、恐怖も、悲しみも。記憶と思いのすべてが、否応もなく意識に入り込んでくる。自分ではない誰かの思いが強制的に自分を侵食しようとする不快感に、自己を守り抜いた誰もが顔を顰める事となった。
 手にした奇跡のような力と、その為に失われたもの。
 強制的に、この世の何かを体現する存在となり。それはつまり、自分の望まぬ柵(しがらみ)を背負うことになったということ。
 そうしてもう一つ。
 もう誰も、あそこへは。あの、生まれ生きたあの地へは、戻ることが叶わぬということ。

 今、神々の生まれた国にあり、もう二度と、神々の創ったあの国には戻れぬのだ。

 俺にとっては、別にどうでもいいことだったが。そこを守ると決意して闘ってきたあいつらにとって、その故郷に戻れないということは、ひどく、ひどく、遣り切れない不条理だったろう。





 …………。



 神話があった。
 死人を蘇生させる神の話。
 悲しみに囚われた私には、その神話だけが最後の希望であり、その希望に藁にも縋る気持ちで、こんなところまできた。
 私の愛しい妻の亡骸――美しさを損なわぬように防腐処理を施した。永遠に美しいままの彼女――を抱きしめ、私は茫然と、目の前にまします神を見上げた。

 この国が初めて造られた時、それを作るための力を得る為の鍵が五つ必要だった。それは人間に封じられていて、それを手にするための扉を開いたことで、そのための鍵を封印していた奴らは粉々になった。灰の一粒までも集めて、神となって得た巨大な力のほとんど費やして。数千年。漸く、我が妻は肉塊にまで戻ってきた。姿形なんてどうでもいいのさ。そんなものがどれほど変わっても、やはり永遠に、こいつだけが欲しくて、こいつだけが愛しい。

 神は語った。笑ったかどうかは分からぬが、そこにある黒く見難い塊を愛しげに愛でているのだけは、はっきりとわかった。
 あんなにも醜いものを愛でるなど、考えられもしない。
 嗚呼! 神々とは、やはり人智を超えた存在なのだ!!



 …………。





 別に、てめぇが神の力を奪ってでも叶えたかった願いがなんだったかなんて興味がねぇけどな。
 別に、てめぇがどこの誰に執着してようと興味がねぇけどよ。
 別に、てめぇが夢破れてこの世から消える道を選んだところで、痛くも痒くもねぇけどよ。

 そうまでしてもう一度会いたかった女は、お前に何を告げたのか。
 あれほどに強い意志をもったお前が満足して消える事の出来る言葉とは何だったのか。
 それには少しだけ、興味がある。

 俺たちの生まれ故郷は随分と美しくあって、穏やかなようだ。あいつらが天候も新芽も何もかも、いいように配慮してやってるんだろうぜ。
 でも時に厳しいというから、人を乗っ取った神と、神を乗っ取って神となった人とは、相変わらず反目し合っているということだ。
 俺はそれには全然興味がないから関わってねぇけどな。
 それに関わるだけの気力があったところで、参加するだけの力なんてねぇし。

 でも、もうすぐだと思うんだ。
 もうとっくの昔にこいつの意識は戻っていたから。いろいろと話した。
 もうすぐで、あいつは自分の意思で動けるようになるはずだ。

 好きだと。好きだと告げたかった。
 ずっと、愛していると伝えたかった。
 抱き締めたかった。
 本当は、本当は。
 ただ求めていた。
 そしてやっぱり、戦いたい。
 どちらが強いのか、今度こそ、白黒はっきりつけるんだ。

 何度だって、剣を交えて。







結局、私は妻を埋葬した。それしかないと諦めて。
そして私が神とみとめたその存在は云う。
それこそが、人が取るべき正しき道理であると。





talk
 あれ? なんでシュラ×卑弥呼なんてやってるんだろう…。でもメインはばっちり紅真×紫苑ですよ。また神様パラレルですけどね(笑)。『きみとぼくの契約』における神々の過去話として考えたネタだったのですが、ちょっとずつ設定と書きたいことがずれてきたので別物の短編としてUPしました。どうしようかな。『きみとぼくの契約』一から書き直そうかな…。
 今回は意気込みに反して駄作に仕上がりました。最近、本当にスランプなんですよ。何書いても書きたいことが霧散して書ききれないで終わる。なんかなぁ…。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2007/04/02-07_ゆうひ。
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