観用少女 
-プランツ・ドール-




 学校の帰り。日が暮れるまで、彼女を眺めていた。





 家はとても金持ちだった。それこそ雲の上にさえ住めるほど。――比喩だ。
 そしてその割には好き勝手に出歩けていた。

 子供には分不相応な金額の小遣いが与えられていた。きっと、買えないものはない。
 けれどひどく物欲に乏しい子供だった。
 ポケットの中のカードを差し出せば、きっと、目の前に坐するばかりの彼女を買うことなど容易かっただろう。しかし不思議とそうしようとは思わなかった。店の主も声を掛けてはこなかった。

 きっと、知っていたのだ。解かっていた。
 ずっと彼女だけを見つめてきた。硝子一枚を挟んで。
 銀の髪や白い肌。それが、刻一刻と移り変わる景色を反射するかのように変わることを知っていた。
 何もなければ蒼銀のその髪は、快晴の真昼ではきらきらと星の河のように煌めき。夕暮れの刻(とき)には朱銀に流れること。
 白皙の艶やかさ。
 すべて知っていて、いつも新しい発見をする。
 そして、その瞳の色を、未だ知らずにいる。

 瞳を開き、見定めることさえしないのだ。彼女は。

 それでも見つめ続けた。見つめ続けることしかできなかったわけでもないのに。
 手に入れることなら今すぐにだって可能なのに。
 けれど、儚い夢を捨て切れないのだ。
 いつか。
 彼女を見つめ続け、求め続け、いつか。
 彼女のその瞳がふわりと開き、この自分を見つめ、微笑ってくれる。そんな夢。

 求め続ければ、いつか。

 いつか、と。





 その日は偶々、本当に取るに足らないことで、彼女の元へ足を運ぶ時間がいつものそれとずれた。
 俺は相変わらず。
 硝子一枚隔てたそこから。つまりは店の中に足を踏み入れることもせず、雑踏の端に佇んで、彼女を――彼女だけを、見つめていた。

「あっ」

 思わず洩れた声。開かれた彼女の瞳は青かった。
 歓喜に震える暇(いとま)も無く、この脳は不思議に占められた。
 彼女と俺の視線は、一遍も交わっていない。
 切なげな表情で。薄青の眸が俺の頭上を越えて見つめる何かを追い掛けて、その首がゆっくりと横移動をする。
 俺は肩口から後ろを見やり、そしてすぐに理解した。

 だって、ずっと彼女だけを見てきたから。
 彼女だけを求め、彼女だけを見つめ、彼女だけを欲し。
 だから、彼女が見つめる先にあるものも。彼女が欲するそれも。何もかも、瞬時に理解した。

 徒の女子高生だった。
 茶色の髪は短めだった。日に良く焼けた健康的な肌にたるみは無く、瞳の色は新緑のように輝きを持っている。
 彼女が求めたのは、月のような彼女とは真逆の、太陽のような少女だった。

 少女は友人らしき同年代の少女たちと笑いながら通り過ぎて行く。そこに彼女がいることさえ、気がつかぬまま。
 彼女は硝子越しに。ただ切なそうに、愛しげに。その背が見えなくなるまで見つめ続け。
 やがてその背が見えなくなると、その瞳を閉じた。
 瞼が下されたその時。一瞬、涙を零すのではないかと思った。
 それほどに、彼女が儚く映った。

 あらゆる全てのものは、彼女によって与えらえた。

 愛も、憎しみも。
 夢も、絶望も。
 蝶が光舞うような恋も、華が目覚めるような美しい感情のすべて。そして、暗闇に一雫。こぼれる血の禍々しさも。

 その日、俺は初めて店内へと足を踏み入れた。
 ぽけっとにはカードが一枚だけ。
 何も云わずに差し出し、彼女を指差した。
 店主は困ったような、諦めたような、微笑交じりの表情で溜息を一つ。随分と長い、まるで肺の中の空気をすべて吐き出すかのようだった。
 けれど何も云わず、俺はやはり容易く彼女をその腕に抱いた。

 観用少女は愛されれば愛されただけ美しくなるという。
 けれどそれは嘘なのだ。間違いだ。
 彼女たちは、彼女たちが欲する愛を十二分に与えられればそれでいいという存在なのだ。
 そして、彼女にとっての求めるそれは、俺ではなかったというだけ。


 あらゆるすべては彼女から与えられた。


 もう二度とこの手に入らぬと理解した瞬間。ならば、全てが手に入らなくてもいいと思ったのだ。自分の手には入らないけれど、代わりに、他の誰の手にも入らなければ、それでいい。
 その思いは彼女を枯らすだろう。
 なぜなら、それは彼女の求める愛ではないのだから。
 けれど、俺はそれさえ構わぬと。

 この腕の中で、永遠に眠ったまま枯れていく。彼女を咲かすことはできなかったけれど、彼女を枯らしたのはまさしくこの『愛』なのだ。
 ならば、それで構わない。
 そう、思うのだ。





 家に帰り、彼女の姿に触れる。一度でいい。微笑って欲しかった。





talk
 ずっと書いてみたかった観用少女パロ。ネタが全然浮かばず、半ば諦めていたのに、本日、仕事中に突然ネタの神様が舞い降りてきました。うわお。想像してる間はすらすら文章が浮かぶのに、いざ文に起こそうとするとぽんっと頭から丸ごと吹き飛んでしまうものだから困った。すっげぇたいへんでした。それはもう毎度のことですが…(泣)。
 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2007/06/25_ゆうひ。
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