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只今、情緒不安定。

 黒髪黒目が主流の、この単一民族国家にあって、彼女はとにかく浮いていた。
 ロシア人である父親の血が色濃く出た彼女は、この国の人々とはまるで正反対だ。白銀色の髪にアメジストの瞳。この国で生まれ、この国しか知らぬ彼女は、幼いころはよく、そのためにつらい思いをした。だから、彼女は自分の容姿というものが嫌いだった。
 ラブレターをもらっては、なんと卑劣な揄いをするのだと憤ってみせ、心の奥底ではその傷のあまりの痛みに泣いているような子だった。
 だから、彼女はいつもじっと黙っていた。ずっと一人で、じっと黙っていた。
 それでも彼女は自分を隠して生きていけるような器用なことはできなくて、なまじ優秀な彼女は文武両道。一見すると大和撫子。
 憧れと嫉みを一身に浴びて、それでも彼女はどこにも目も向けず、じっと、じっと、ぎゅっと拳を握り締め、ただじっと、一点だけを見つめて黙し続ける。そんな生き方をしていた。
 そんな彼女が恋をした。壱与の憂いは嫌気に変わった。

 重低音のテーマ曲が流れる。時刻は午前二時。壱与は枕から顔も上げずに手をさ迷わせ、音源たる己の携帯電話を探る。彼女がこの曲を着信メロディに指定してるのは一人しかいなかった。
「はい…。もしもし~……?」
 まだ半分以上夢の中に身を浸しながら、壱与は電話に出る。目は開けようとする意志と眠ろうとする本能の鬩ぎ合いに苛まれ、白目を剥いたようになっていた。
『壱与ー!!』
 とたんに耳に突き刺さる聞きなれた声に、壱与はうんざりとした体で、耳にピタリとくっつけていた電話を僅かにその身から遠ざける。起き抜けにそのボリュームは何とも煩わしかった。起き抜けでなくとも、耳に痛い大音量だったが。
「な~によ~、紫苑君…。今、何時だかわかってるの~」
 多少の恨みを込めながら、視界壱与の意識はいまだ半分以上が夢の中だ。目を擦る手と言葉を告げる口。そして眠り続ける瞼と擡げる頭。
 電話口の向こうでは親友の紫苑が半泣きの態で喚いていた。
『だ、だって、明日着ていく服が決まらないんだ!!』
「服~?」
『そうだ。云っただろ、明日っ』
「あ~、はいはい…。紅真君が誘ってくれて、二人でお出かけでしょ~。やったじゃん。紫苑君、初デート」
『で、デートじゃない!!』
 だってまだ付き合ってもいないんだから。
 そう主張する紫苑の顔が真っ赤に染まっているだろうことは、壱与には手に取るように分かるが、いかんせん彼女は眠かった。そしていい加減飽きていた。呆れていた。だから応えもお座成りになる。きっと壱与は悪くない。彼女はそう信じていた。
「いいじゃん、も~。デートで」
『よくない!!』
「あ~、はいはい」
 その心境は、まさしく「どうでもいい」だったろう。
「で、何にそんなに迷ってるのよ、紫苑君」
 相変わらず目をこすりながら伊代は尋ねる。結局、面倒見のいい性質の彼女には、妹分も同然の紫苑のことを切り捨てることなどではしないのである。
『そ、そうだ。なあ、壱与』
「ん~?」
 目を擦る手はやまない。そろそろ瞳が痛くなってきた。
『あ、あのな!』
「ん~?」
 壱与の頭が持たれ、とうとう枕の上に舞い戻った。ぼすん、と軽い空気音が響く。主に壱与の耳元でだけ。
『じ、実はな、その、』
「ふんふん」
 意識が再び眠りの深淵へと沈みこもうとしていた。耳元の紫苑の声が、心なしか遠ざかっていく気がする。
『だ、男子は、』
「んん、」
 携帯電話を持ち上げている腕も疲れてきた。下ろしてしまえと脳が命令しているような気がする。
『ど、どんな下着が好きなんだ?!』
「ん~……」
『……』
「……」
『……』
「…………は?」
 壱与の意識が微妙に覚醒した。電話口では紫苑の焦った声が壱与に必死の弁明を試みている。
『い、いや、だからな。やっぱり、赤とかピンクとか、そういうのがいいのか?! っていうか、紅真は赤とピンクのどっちが好きなんだ?!』
「はぁ…」
 壱与の推測するところでは、紅真はあれでけっこうな乙女主義だ。紫苑のことを絶対に純情ふわふわ白百合の少女とでも思っている。
 だから、壱与は答えた。
 ぶっちゃけ紅真の好みの色など知らないし、好きな女性の下着が何色だと飯田とか想像しているなどとは思ってもいないし、彼への信頼にこたえるために、敢えてそうではないだろうと思っていることにして、けれど彼女は再び眠りにつきたかったので。
「ふりっふりレースのピンクなんじゃない」
 赤なんて引かれるわ。
『そ、そうか! ありがとな、壱与』
 ぶち。
 電話が切れた。どういたしまして、と返す暇(いとま)も与えずに。
 壱与は携帯電話を放り投げ、今度こそ枕に突っ伏した。掛け布団を顔の上まで引き上げる。
 寝よう。
 そもそも、つきあってもいない、デートでもない。そんな「お出かけ」で、彼女は彼に下着の色がわかってしまうような何があると思っているのだろうか。ショーツに穴が開いていたってばれるものか。
 ……ごめん。それは云い過ぎた。撤回しよう。
 再びの眠りにつきながら、壱与の、働きを停止し出した思考は、最後にそんなことを思い浮かべたのだった。




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予想より遙かに短くなった。このエピソードを書いてしまったら、他のエピソードを書き足すとどうにもおさまりが悪くなってどうしようもない。
なんかシリーズ化したい気がむくむくとする。どうしよう。こんな紫苑どう?とか言いながら、でも拍手も撤廃しちゃった。管理できない!
紫苑が乙女な話が書きたかった。ついでにタイトルはすんげぇ頭悪そうな、それでいて少女漫画ちっく(?)なものにしたかった。
だからさ…。ギャグは難しんだよ、私には。ふわふわしたかわいいお話しも書けないんだよ(涙)。
written by ゆうひ 2008.10.08