◇ 風2 ◇





---*20030421*--------------------------------------------------------------ゆうひ---




 一人になって初めての冬が近づいていた。


 見上げれば曇天で、今にも雪がちらつきそうだった。
 肌を掠めて過ぎ去っていく風は冷たく、しかしその冷涼さが心地良い。
 右腕に視線を向けた。
 黒髪に青瞳。自分と同じ…少しだけ年下の姿の少女が。自分によく似た少女が、その腕を掴んでいた。

 自分はあの国と共に滅んでいくのだと思っていた。
 死に向かうように、敵兵に駆け出す。
 責務を果たす為に、叫びを上げて逃げる民の元へ駆け出す。
 そんな自分の腕を掴んで引き止め、怒鳴りつける声が蘇る。

『あなたを守るために、みんなが滅びを覚悟して戦ってる!!』

 自分は、守られる立場なのだ。
 けれど…守れる人間に、なりたかった。

 紫苑は一歩足を踏み出した。
 もう、その歩みを止めようと腕を後ろに引くものはない。
 その右腕を掴む者は、逆に、自分を前へ前へと引っ張っていく。
 目の前には、森を一望できる断崖の執着点。

 知っていた。
 本当は、彼女こそが、守られる立場に立っていたかったのだと。
 知っていた。

 炎に包まれて、なぜ自分だけが生き残った?
 沈下した炎の痕。自分の右腕を掴んで放さないままの、よく見知ったその手だけが残っていた。
 その先は、どうして焼けた?
 離れず傍にいて、共に炎に包まれて。
 なぜ、君だけが焼かれた?

 君が、僕の腕を死へと引く。

 また一歩足を踏み出して、不意に左腕が後ろに強く引き寄せられた。

「紅真…」

 振り返った先にいた人物に、紫苑は僅かに目をみはった。

「なに…やってんだよ!!そんな奴に引きずられてんじゃねぇよ!!!」
「…うるさい。なんで…なんで、放って置いてくれないんだ!!」

 怒鳴った紫苑の瞳には、僅かな涙が滲んでいた。
 紅真は息を呑む。

「上手くいかなくなると、すぐに我を忘れる。……分かってるんだ。わかってても、この激情を止める方法なんて知らない!!」

 そんなのは知らない!!
 どうすればいいのかなんて、分からない!!

 ただ泣きじゃくる紫苑の左腕を掴んだまま、紅真は俯いたままで、声を絞り出した。
 嗚咽が交じった、微かに震える声音。

「それでも…生きろよ…!!」

 お願いだから。
 死なないで。


 もうすぐ、冬がやって来る。
 肌を掠めて吹きぬける風は冷たく、触れてくる手のぬくもりが、胸に染みて。
 ただ、泪を流した。


 ぼくは、いきたい。
 生き、続けたい。




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