◇ 誰が私を食べていた? ◇





---*20030606*--------------------------------------------------------------ゆうひ---




 求める前に求められ、欲する前に与えられ。
 だから、その事実にすら気づきもしなかった。




 彼から離れたのは自分。




 中天にさしかかった月は、どこか赤味を帯び、常の清涼さとは掛け離れた禍禍しさを放っているようだった。
 いつ見ようとも、太陽の光はその瞳を焼くほどに眩(まばゆ)く、その白さが失われることがないのに対し、月の姿のなんと多彩なことか。
 炎の灯かりを持ってしても、月の光に勝ることはない。
 夜の覇王はまさしく「月」であるのに、それはただ無言のまま。
 陽のひかりのように、胸に熱く語りかけてはこない。何を恵むこともない。
 夜の闇を覆(くつがえ)すこともない。
 けれど、たしかにこの時間の「王」なのだ。

 木材でできた家屋の下、彼はただからだの奥から湧き上がる痺れにも似た甘い囁きに震えていた。
 二の腕で己がからだを抱き締めれ、何に絶えるというのだろうか。ぎゅっとその身を縮(ちぢ)込ませる。
 吐き出す息は冬の寒空に似合わず、甘い熱をはらんでいた。

 それは熱情。
 緩やかな胎動。

 痺れを伴なう甘い疼きに、紫苑は再びからだを震わせる。
 耐えるようにその頭を打ち振るえば、この世に類を見ない銀糸の髪が頬を流れる。
 狂おしく顰めれるその表情の中。
 欲して止まない「欲」に、満たされぬ狂おしさからの涙が浮かぶ。

「はっ、ぁ……」

 ただ二の腕は己がからだを拘束するだけ。
 止まぬ欲情が体の中心から疼き、せりのぼってくる。

 アツイ。

 紫苑は涙を吐き出したした。
 零れる吐息もまた熱く、熱に浮かされた頬に、床の冷たさが染み入ってくる。




 月は夜の覇王。
 けれどいつも。

 それはなにかに食われようとされながら。




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