◇ 日常のコトダマ ◇





---*20030716*--------------------------------------------------------------はづき---




 たったひとつの言の葉にも、呪を宿らせるこの国の風土。
 ――実は結構面倒だ。

「紫苑くーん!」
 呼ばれて思わず立ち止まり振り返るのは、《名前》という言霊に込められた《呪》に引かれたせい。
《名前》はいわば、魂につけられた鎖のようなもので。呼ばれると、振り解けない。
 特に、コイツは。
「方術の授業は? もう終わり?」
「あいつらも色々やることがあるからな。一日中方術の訓練をしてるわけにもいかないだろう」
 オレも付き合いきれない、と締めくくれば、壱与はけらけらと笑った。
「じゃあ、ちょっと付き合って」
「……どこに?」
「これから、子供たちと川に魚釣りに――」
「却下」
 即座に返して歩き出しかければ、壱与が腕を揺さぶって止めにかかる。
「ええっ、行こうよ〜」
「……確かこのところ、ナシメが外出禁止令を出してたように思うのは、オレの思い違いだったか?」
 とたんに、壱与が額に汗しつつ、妙に薄っぺらい笑みを浮かべた。
「え? ええ〜っとぉ……身代わり置いて来たから大丈夫?」
「……なんで疑問形なんだ」
 この一言で確信する。宮殿では今頃、ナシメが頭をかきむしり、「あのじゃじゃ馬娘が!!」などと絶叫しつつ、駆けずり回っていることだろう。哀れだ。
 ついでに向こう一週間くらいは、特に厳重に監視つきで宮殿に釘付けにされるに違いない。その監視の役目が、かなり高い確率で自分に回ってくるだろうということは、とりあえず今は気づかないふりをしておいた方が、精神衛生的にはいいだろう。
 そこまで考えて、深々とため息をつく。
 ……結局のところ、このままなし崩しに引きずられて行ってしまうんだろうと、想像に難くない未来に。
「もうっ、いいから行こ! ね!」
 そのまま腕をつかまれ引っ張られて、とりあえずやがて来るであろう未来には目をつぶり、ゆっくりと歩き出す。

 ……前言修正。
 たったひとつの言の葉に、呪を宿らせるのは、実は国土でもなんでもなく、人でしかあり得ないんだろう。
 そしてコイツが、その言葉に言霊を込めれば。
 …………最強じゃないか?
 なし崩しに人を引きずり込むのが、結構得意な女王に、こっそりと天を仰ぐ。

 ……実のところ、こうやって流されるのが割と嫌でもなくなったということは……。
 しばらく、言わずにおいた方がよさそうだ。




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