◇ 姫秘(ひめひめ) ◇





---*20030820*--------------------------------------------------------------ゆうひ---




 それは、気が遠くなるほど遥かな過去。
 この島が、まだ島でさえなかった頃。
 一人の少女が、眠っていた。



 眠る少女は少年によって守られていた。少年には少女を守っているつもりなど甚(はなは)だなかったけれど、少女は確かに少年に守られていた。
 なぜなら少女はこの世界の時間を動かすもので、少年はただ少女を隠していただけだから。
 誰にも触れさせたくなくて、誰の目にも止まらせたくなくて。
 一人占めしていたかった。



 蒼銀の髪を緩やかに梳く。
 少年は少女に名を付けた。

「紫苑」

 少年は自らが少女に名付けた名で、少女に呼びかける。
 少年は少女の瞳を見たことがなかった。



 少年には名がなかった。
 少年の瞳は炎が血を流したように鮮やかな真紅だった。

「紅真」

 気がつけば、少年は少年の存在を知るものからそう呼ばれていた。
 少年はそれを自らの名とした。



 紫苑はいつから眠っていたのか、誰も知らない。
 紅真がいつから紫苑を隠し続けているのか、誰も知らない。
 紅真以外の誰も、紫苑の姿を知らない。
 その紅真でさえ、紫苑の声や瞳やその記憶。
 何一つ、知らない。
 ただ眠る彼女の隣で、いつも彼女に呼び掛け続ける。

 蒼銀色の髪を手に取り、やわらかく口付ける。

 紅真は初めて紫苑の瞳の色を知る。
 その日、東の果てに海と島が増えた。




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