◇ ふゆのせかい ◇





---*20031118*--------------------------------------------------------------はづき---




 冬。
 万物が寒さに震え、雪に覆われ、未だ来ぬ春を夢見て長き眠りにつく季節。
 しかしそれは、死の季節ではない。


 さくり、さくり。
 雪を踏むかすかな音をたて、少年がひとり、真新しい雪原を横切っている。
 さらりと揺れた髪は、雪が輝くような白銀で、紫の瞳は明けそめる暁の空を彷彿とさせる。
 決して弾むような足どりではないのに、その歩みは雪に足を取られることもなく軽やかだ。
 まるで、ヒトならぬもののように。
 やがて、彼が足を止めた頃には、地面のなだらかな傾斜はなくなり、視界は広々と拓けていた。眼下には、何もない。ただ、一面の白とわずかな起伏が、どこまでも広がるだけ。
 彼の吐息が白く天に昇り、彼の後ろにはかすかな足跡。それだけが、彼の存在を確かなものと告げている。
 その時、背後にかすかな雪鳴りの音を聞いて、彼は振り返った。
 刹那、目に飛び込んできたのは鮮烈な色。
 黒と、紅。
 黒髪の少年は、白い息を吐きながら、唇を歪める。
「何をするのかと思ったら、雪見かよ」
「……冬は、嫌いじゃない」
 白銀の少年は、再び眼下に視線を戻す。
「雪は、戦の炎を消して覆い隠すから」
「は……綺麗事だな。戦の火を起こしてる身だぜ、オレたちは」
「……おまえは、好きでやっているのか?」
 問いに、黒髪の少年は目をすがめた。白銀の少年は、顔を上げて遥か遠くを見晴るかす。
「……この下には、国があるんだ」
「あった、だろ。おまえが崩した」
「ああ」
 淡々と、白銀の少年は言葉を返す。
「崩して、雪の下に埋めた」
 黒髪の少年が、雪を踏みしめて隣に並ぶと、白銀の少年は言葉を継いだ。
「……冬は、生命が増える季節だそうだ」
「はァ? 冬なんて、何もかもが死んで朽ち果てる季節だろうが」
「もともとは、そういう意味らしい。――『冬』は『殖ゆ』。雪の下で忌みごもる間に、生命の再生を待つんだそうだ」
 やがて来る、『晴る』の季節のために。
「……だから、雪の下に埋めたのか」
「さあな」


 二人の少年が見下ろす雪の下、ひとつの国が長き眠りに就いている。
 新しい生命の胎動が始まる、その季節まで。


 長き『ふゆ』は、未だ明けない。
 だからそれまで、この世界で生きてゆく。


 いつか、春が来るまで――。




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