◇ 風吹く刻に…。 ◇
---*20040128*--------------------------------------------------------------ゆうひ---
昨夜、紫苑は白苑を伴って大杉の前で待ち人をしていた。白苑は真珠の毛並みに赤瞳の巨大な、それこそ大の大人の腰にまで背の届く犬狼(けんろう)だった。 「拾った時にはこんなにでかくなるとは思わなかった」と、紫苑はため息混じりに度々ぼやくが、それで白苑を厄介に思っているかといえば、そんなこと欠片も思ってないことは、彼を知る誰もが知っていることだった。もっともそれを理解しているのはほかならぬ白苑であるが、それは誰も知らないことだ。 月の明るい夜だった。佇む紫苑と白苑へ向けて歩んで来る人影が充分に確認できるほどに、空は明るかった。 黒い外套に身を包んだ待ち人は紫苑と同じ年頃だろう。黒一色の中に点(とも)る真紅が、それだけがあまりにも強い力を放っているようで、凶々しいまでに鮮やかだった。 紫苑の前で立ち止まり、白苑を一瞥する。すぐに興味をなくしたのか、もとより意味などない行為であったのか。視線はすぐに紫苑に戻された。 たいじする二人は互いに口を開こうとはしない。視線を逸らすことはない。険悪ではないが、だからといって和やかというにもほど遠かった。 奇妙な緊張と静寂が、無意味に流れて行くようだった。主人に忠実な犬狼はただじっとその空気にとけ込むように黙っていた。 待ち人が動いた。ゆっくりと、ゆっくりと、利き腕をあげ、紫苑の冷えた白い肌に触れる。紫苑は黙ってそれを受け入れていた。 銀の髪がゆるく風に揺れる。 「ほら…会えただろ」 待ち人が口を開いた。泣き笑のような表情が、風に吹かれて流れた雲の合間から覗く月影に覗く。 それに、紫苑は嬉しそうに微笑った。 「待ち合わせたから、会えたんだ」 会おうとしなければ、会えなかった。 「会うって決めてたんだ。絶対、会えるって」 「こんなふうに、また会えると思ってなかったから…髪、切っちゃったんだ」 「でも、やっぱりきれいだ」 銀の髪に指を絡めて言えば、その髪の持ち主がその指に擦り寄るように瞳を閉じる。 風が吹き、二人は出会い。 それを知るのは、人語を口にすることのできぬ、一匹の犬狼のみ。 風に吹かれて流れる雲に、月が再び姿を隠した。 |
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