+  邪馬台国 +



戦に飽いた人々が、この国を作り上げたのだ




 子の出産と成長と。農作の苦労と喜びと。他者との語らいに心を躍らすことを。
 そんなことを願うことを、誰が責められるというのでしょうか。
 戦場(いくさば)にその身を置きながら、思うのは誰でしょうか。
 家族の顔を、恋人の顔を、友人の顔を。
 その思い浮かべた人々の表情は、どのようなものでしたか。

「もう、泣かないって決めたの」

 一人の少女が、泣き腫らした真っ赤な瞳で笑って言いました。





 人が一人で生き抜くには、この世界は少し厳しい。
 人が集まり国ができるのは防衛的にも生産的にも有効だ。
 そして、国ができれば戦が起こる。
 戦が起これば人が死ぬ。
 ならばどこの国にも属さずに生きよう。
 少数でも一人ではなく、畑も開けぬ山の奥だけれど水の豊富なここを根城にして。
 どうせ焼けてなくなる畑なら、その前に俺たちが奪って食ってやろう。
 ここに集まった奴らはみんな兄弟だ。
 俺たちの家族を死なせておいて、むざと生き残って偉そうに踏ん反り返ってる国王どもに、目に物見せてやろう。
 ここに集まった仲間は、みんな兄弟だ。



 お山の上からは怖ろしいなりの大男を先頭にした山賊団が非道を働きに下りて来る。
 お願いだよ、王様。
 あいつらをやっつけておくれ。



「どうして裏切ったのかだって?」
 それは冷たい冷たい瞳でした。
 それは冷たい冷たい声音でした。
 体中が痛くて冷たくて、目は霞むし頭はぼんやりしてて働かないし。
 目の前にいる黒い影。
 その正体は誰だったのでしょうか…仲間だったはずなのに、今はその顔さえ見えません。
「俺はもともとお前たちの仲間なんかじゃない」
 いいえ、違います。
 彼は確かに自分たちの仲間でした。
 自分たちの家族でした。
 たとえ血は繋がっていなくとも、同じ痛みと悲しみと暖かさを知る家族です。一緒に騒ぐと楽しい仲間です。
「お前が、お前たち山賊が、俺の家族を殺したんだ!!」
 真っ白な頭の中に、雷が落ちてきたような衝撃に一瞬襲われたそれが何だったのか、今でも分かりません。





 戦がない頃は良かったね。
 みんなが幸せだったよ。
 みんなが笑ってた。
 くだらない喧嘩でさえもが楽しくて、まるで祭りのようだったね。
 ねぇ、女王様。
 助けてください。
 あんな戦い騒ぐばかりしか頭の中にない奴ら、さっさと追い出してしまってください。
 だって、あなたがこの国の本当の王様なんだから。
 ねぇ、女王様。



 みんな、みんな、生きたくて戦っていた。
 みんな、みんな、生きたくて。
 みんな、みんな、何かと戦っていた。

 人よりもずっと大きな体をしたその男も、真っ白な頭で、生きたくて生きたくて、必死に「何か」と戦っていた。
 戦って、戦って、そんな中で、戦いたくないたくさんの誰かのために、戦い続けることを誓った小さな少女と出会いました。


「ひどいケガ…。もう大丈夫よ。安心して…。」


 少女は頭からも腕からも、体中から血を流した大男に言いました。
 優しく優しく言いました。
 そうして、大男は別の戦いに身を投じることになります。
 殺された彼の家族のために。
 たくさん殺してきた誰かの家族のために。

 もう、そんなことの繰り返されない「国」を目指す戦いでした。

 それは、今までのどのような戦いよりも辛く厳しく、先の見えない戦いです。
 けれど、今までのどのような戦いよりも、希望の光で輝いている戦いでした。
 これほどの激しい戦いの中で、人々は笑顔で笑っているのです。
 笑顔で笑って過ごせるということが、どれほど当たり前のことだと説かれても、大男たちはそれを何よりも貴いものだと思うことをとめることができませんでした。
 もちろん、それは戦いですから、笑顔だけで収まるものではないですし、何よりも誰もが厭(いと)うている血が流れて人の死ぬこともあります。
 それでも、戦い続けるのです。
 ただただ、夢に向かって、突き進むのです。

 今はもう幻想のような時代のことです。
 戦い続けるその国の名を、邪馬台国と呼びました。




小さな願いが集まって、やがて大きなこの国ができあがる




----+ こめんと +----------------------------------------------------

 小説じゃないですね。なんでしょうか、これは。壱与とヤマジにスポットライトをあててみました。
 ところでこれ書いてるときに「お母さん開けてよ!!」という泣き叫ぶ声が外から聞こえてきました。あまりの懐かしさにちょっと遠い目をしてみたり…。
 ご意見ご感想お待ちしております_2004/04/23

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