+ 高天の都/神威力 +
この深い森に閉じ込められている
いったいどれほどの年月が流れたのだろうか。これか先、あともうどれほどの年月(としつき)を待ち続けるのか。あるいは、私を持ってこの役目は果たされぬままに消えてゆくのか。 この森にはもう、私一人があるだけ。 見たこともない夢の都、得体の知れない幻の力のために、なぜ、私はこの深い森の中で一人生き続けているのだろうか。導くべき者の来る確証もないままに。 時折、本当に稀に、欲に駆られて足を踏み入れてきた者どもをただ脅かして追い返すためだけに、私はこの世に生を受け、何も生み出さず、誰にも知られぬままに消えていくのだろうか。ただ無意味に歳を取り続け、体中の皺を深くさせ続け、増やし続け。 「随分と歳を取ったもんじゃ」 きぇっきぇきぇ…と、自分でも怪し過ぎると感じる笑い声を、咽の奥から搾り出すように続けた。声にあわせて肩が上下するのはいつからだったろうか。 良く磨いた白銅鏡に映る己の姿を見る。黒く艶やかだった髪は、自分以外の誰の目にも触れぬままに真白くなって久しい。皺と共に垂れてゆく体中の皮と、随分と縮んだ身長。最近は歩くのにも肉体が悲鳴を上げるようになり、森の番を式神にまかせるようになった。気力よりも先に、体力が衰えていく。 「ミル、お前はさっさといい男でも見つけなよ」 傍らに座する白い犬に声を掛けた。目を眇めて見やれば、いつもの澄んだ瞳で私を見上げている。この子を拾ったのは、いつだったろう。こんな森の奥に、いったい誰が捨てていったのだろうか。やけに人に慣れた賢い子犬で、ちょくちょく森の外にある小さな村へ足を運んでいたのを知っている。やがて自分が捨てられたことを知ったのか、誰にも懐かなくなった。 まったく何をしているのだろうね。いつもいつも、私はいったい何をしているんだろうね。 鏡を覗いては過ぎ去った日々を懐かしみ、日がな一日中葉の落ちることのないこの森の緑の下に座していた。その記憶しかないのに。 白くなった髪は戻りはしないのに。 縮んだ背も、折れた腰も、落ち窪んだ目も、垂れた皮膚も。 何もかも、元に戻りはしない。 …愛した男もいない。友人さえもいない。親兄弟もない。 「わしは、私は…なんのために、生きているんだろうね」 日常の雑事をこなす。誰のためでもない、ただ自分のためだけの雑事。 子供もいない。 私がいなくなったこの後には、いったい誰が私の意思を継いでくれるというのだろうか。そもそも、私の意思とはなんだというのだろうか。 高天の民の末裔として、高天の都へ訊ねようとするものの、神威力を求めるものの本質を見極める。高天の都への入り口を守ること。神威力を悪しき心根のものに渡さないために…。 本当に、そうなのだろうか。 それしかなかっただけではないのか。 私には、それしかなく、それ以外の何かをする勇気もなく、押し付けられたそれをただ甘受するだけの受動性しか持ち合わせていなかっただけではないのか。この森の外へ出るための一歩を踏み出すことさえ恐れて。 この身にはいくつもの方術が修められている。それを扱う気力にも富んでいる。高天の都と神威力に関する知識で私に叶うものはいないだろう。 高天の都は古の方術士たちによって常世に封印された。なぜ古の方術士たちは封印した? 制したものの願いを実現させるという神威力。彼らはそれを前にしてどうしたというのか。 封印して、誰の手も届かないところにおいて、私達はそこに辿り着くための知識を持っているけど、そのための鍵は何一つ持っていない。それでどの面下げて、高天の都へ導くというのか。高天の都へ足を踏み入れるべきものとそうすべきでないものの選定を行ってどうするという? 私は高天の民の末裔。 だからなんだというのだろう。高天の都の真実の姿など、私はこの目で見たことはない。語り伝えただけ。私の生まれて、やがて死に行くだろう場所はきっとここ。この森。 神威力にしたって同じこと。私はただ聞き伝えているだけ。私が実際に目にしたことのあるのは、この森の深さと、その緑の濃さだけ。 だから。 だから、驚いたのよ。 話には聞いていたの。五つの刻印の、その真実の目覚めの輝きに。けれど、話に聞いたそれは嘘だった。 現実は、そんな古ぼけた語り草よりももっとずっと眩くて神々しくて。力強い。 もう少し早くそれに出会えていたら、私の一生も変わっていたかしら。 たとえばこの森から足を踏み出して、素敵な男性と恋をして、子供を作って。孫にでも囲まれて死ぬことができるほど長生きをしたりして。 けれど、それは本当に意味のない仮定ごと。 私一人となり、私の後には私の意思を受け継ぐものはいない。私の命もそう長くはない。そこに、私たちが延々と待ち続けた高天の都へ向かうものが、お前達が現れた。 もう、これ以上先へとこの役目を引き継がせる必要がないということだ。 「本当に、歳を取ったもんじゃ」 強くなったものだ。 せっかくだから、高天の都とやらを垣間見てみようか。いや、やはりやめておこう。 その必要はないし、その意義さえない。 私はその都を捨てた一族の末裔で、滅びた一族の最後の一人。滅びても尚女々しく名乗り続けた名を捨てるものなのだから。 私はこの森で生まれ、この森の深き緑の下で死ぬ。 ここが、私の故郷なのだから。 |
永遠にこの檻に囚われるのも悪くはないと
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ハルばあちゃんです。ちょっと少女気質で。歳は原作の通りで、気持ちが若いときな感じ。女性です。16〜18歳くらいを想定して書きました。ところでミルて雌ですか?雄ですか?ハルおばあちゃんの同性の友人みたいな感じで今回書いちゃったんですけど…お、雄だったらどうしよう…(汗)。 ご意見ご感想お待ちしております_2004/08/25_(c)ゆうひ |
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