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照れる夕陽にならぶ影
隣に並んで立っているだけでは、何の意味もない。
緋蓮にはどうにも分からなかったが、ある日から頻繁になり、遂には日常になってしまったこのことがある。 夕暮れ時で、山の上では鴉の鳴く声が遠く響いている。緋蓮は山菜や薬草を摘んでおり、その隣には彼女よりもほんの少しだけ背の高い影が並んでいた。 影の本体は少年だった。銀の髪に青い瞳の――より正確を記すならばそれは紫水晶の如き色彩をしていた――その少年は、緋蓮と同年代ではあったが、身分は天と地ほど違っていた。 天と地というのはまったく異なるものだが、同じく並び立つものとして互いの他には考え付かない辺り、どうにも切り離せぬ対のような気がするのは、緋蓮独自の考えだろうか。その意味で、その天と地というものは実のところとても近しく並び立つ存在としても比喩できるのではないだろうか。 緋蓮は考え、しかしそれが聊(いささ)か現実逃避であることに思い至って眉根を寄せた。 それではまるで自分と彼が切っても切り離せぬ対のような関係だと云っているようなものではないか。しかも何の問題の解決にもなっていない。 少年の名は蒼志。月代国に数多いる王子の一人で、唯一の時期国王だ。 彼と緋蓮が出会ったのは幾月だか前のことだっただろうか。緋蓮が身を置く村を支配する貴族の元へと税を収めた帰りのことだった。 緋蓮が山菜を摘んでいるところへ蒼志が現れ、緋蓮はこの国の――この国に限らずとも――王子などというものに直接係わるのはその時が最初で最後だと思っていたが、以来、気がつけば二人は同じ時刻に同じ場所で逢い、同じ行動をしている。つまり日常になってしまっていた。 示し合わせたように後から現れるのは、決まって蒼志の方だった。 いったいどのように行動しているのか。彼は必ず緋蓮の元へと偶然のように顔を出すのだ。 そしてすでに顔馴染みになってしまっていたから、蒼志は緋蓮を手伝う。日暮れの陽が消えて、辺りが暗くなり緋蓮が帰途に着くまで。 緋蓮はその理由が分からない。そうなった理由も分からない。 なぜ自分が王子などというものと行動を共にしなければならないのか、行動を共にすることになっているのかが分からない。 だって緋蓮はただの平民。貴き方からは見下げられる存在――別にそれで緋蓮自身が自分を見下げたことなど一度もないけれど――だったから。 緋蓮はちらりと少し先にある背中へと視線を向けた。その逞しい背中を目の前にすると、緋蓮はなんとも不思議な気持ちに襲われる。 陽の高い内は村の平民たちと大声を上げて遊びまわっているその少年の背中と、今緋蓮の目の前にある少年の背中は、本当に同じものなのだろうか。 仕事もせずに野山を掛ける少年たちを見るにつけ、緋蓮はいつまで経っても遊んでばかりいる少年たちの子供っぽさに呆れされられるばかりなのに、こうやって無言のままに緋蓮の仕事を手伝う少年の後ろ姿はなんとなく頼もしく感じられる。緋蓮は日々の生活に疲れているなどとは微塵も感じていないが、それでもやはり誰かに寄り掛かりたいと感じる気持ちがあるようだと知らしめさせられる。 つまり、その少年の背中に、なんとはなしに寄り掛かりたくなるのだ。 それがもっとも不思議なのかもしれない。 朱く染まった空。空を茜に染めているその陽光(ひかり)に照らされて、緋蓮らとはまったく異なる色彩を持った少年の髪は鮮やかな燃え盛る炎の色に輝いていた。 毎日を日の下(もと)で遊びまわっているその体つきは緋蓮よりもずっと逞しいばかりでなく、健康的な小麦色だ。生まれつき色が白く、夏などはあまりの日差しの強さに赤くなるばかりの緋蓮の肌には決して得ることのできない健康的な魅力が、緋蓮はほんの少しだけ羨ましかった。 「ねぇ、何をしているの」 緋蓮はとうとう声にして問うていた。 蒼志が振り返り、いぶかしげに眉根を寄せて緋蓮を見つめるのに、緋蓮はまったく臆することもなく――当然だ。彼女の心には恥ずかしいものなど何一つ存在していない――その視線を受け止める。 暫らく逡巡した後で、蒼志は漸う口を開いた。どこか躊躇うように語られるそれは、緋蓮の様に比べてなんとも女々しく見える。 「おまえの…手伝い?」 「なんで疑問系なのよ。それに、私はそんなもの頼んでないわ。勝手にやっておいて手伝いだなんて、人に恩を押し付けないで。もしこのことが誰かに知られて迷惑するのは私なんだから」 緋蓮の言葉には容赦がない。鋭く睨みつける瞳はまっすぐに蒼志を射抜き、しかし愛らしい少女の瞳が作るそれに、蒼志は恐怖を感じるより先に魅せられた。 ぼんやりと魅せられていれば、当然他人の目には呆(ほう)けたように写る。緋蓮は今度は眦(まなじり)を吊り上げて怒りを顕にした。腰に両手を当てて胸を反らすその姿に威厳を持つには、緋蓮ではまだ幼過ぎた。 「何をぼんやりとしているの。私の話をちゃんと聞いている?」 「あ、ああ…。悪い」 「悪いですって? 何よ、それ。それで本当に王になるの?今から不安ね。せめてあなたの助けになる方々が思慮深いことを祈るばかりだわ」 「……そんな奴はいないだろうな」 肩を竦めて云う緋蓮に、蒼志がぽつりと零すように漏らした。それは隠す意図を持つものではなかったので、当然のように緋蓮の耳に届く。 意外な――それは発せられた言葉の内容そのものよりも、その言葉の発せられた蒼志の様子を指して――言葉に、緋蓮は思わず聞き返してた。その疑問符は意図したものではなく、むしろ反射のようなものであったが、蒼志は律儀にも対応した。 「え?」 「そんな奴はいないと云ったんだ。少なくとも、この国にはな。俺の親兄弟はもちろん、大臣も貴族共(ども)も…その子供共もだ」 蒼志の目がどこか皮肉気に眇められているのを、緋蓮はただ見つめるだけしかできずにいた。彼がそんな風に自嘲気味に何かを語る姿など、今までに見たことなどなかったのだ。 緋蓮は内心で多少の意外性を感じはしたものの、その驚きを表に出しはしなかった。それは蒼志の様子に僅かにさえも瞠目しなかったということではなく、どういった言葉も返さなかったという意味でだ。 彼女は聡明で自立していた。そしてそれ故に、自分の属する世界とそうでないものをくっきりと線引きして見る冷静さを持っていた。 緋蓮にとって、彼女の属する世界とはまったく関係のない世界に住む王族や貴族――国の中枢で平民以下を支配する階層に属するものたち――の間で行われる思惑や牽制などはまったく興味がないことであった。同時に係わりたくない事柄でもある。 けれど蒼志はそんな緋蓮の様子を意に介することもないかのように言葉を紡いだ。ぽつりぽつりと話されるそれはまるで独白で、緋蓮はそれを右から左へと聞き流していた。 「あいつらはどいつもこいつも俺を傀儡にすることばかり考えてやがる。これからの世の中のことなんて考えてもいない。このまま永遠に、今のような権力争いが続くと思ってるんだ」 王を中心に、その妻たちは嫉妬と厭味と矜持をぶつけ合い、子供たちはその影響を受けて兄弟でありながら、いかに自分が権力の中枢へと身を置き、王と並ぶ力を手に入れるかにばかり謀略を廻(めぐ)らせている。 蹴落とし、騙し、陥れる。 そんなことばかりに時間と能力を費やし、或いは私腹を肥やして怠惰な生活を楽しみ。 蒼志の言葉を相変わらず右から左へと聞き流してた緋蓮は、ふと視界の隅に写った空の様子に気を取られた。 首を巡らし横を向けば、そこには見晴るかす一面の空。真っ赤に燃える太陽は今のこの刻に最盛期を迎えているかのようで、その巨大な様に圧倒されるかのようだ。 気がつけば緋蓮は口を開いていた。 「まあ、これっていいことなのかもしれないわね」 「は?」 「こうやって働くことよ」 蒼志の戸惑う様子など、やはり意に介することなく、緋蓮は一度だけ肩を竦めて薬草摘みの作業に戻るために身を屈めてしまった。 呆然と緋蓮の背中を見るばかりの蒼志に、緋蓮は暫らく黙々と作業を続けた後で、漸く再び声を掛けた。背を向けたまま。 「だってあなた、」 「え?」 そこで漸く緋蓮は肩越しに蒼志を振り返った。再び立ち上がり体ごと蒼志と向き合うと、その黒耀に澄んだ瞳がまっすぐに蒼志を写す。どこかやわらかに眇められたそれに、蒼志は俄かに瞠目する。 緋蓮のそのような微笑に蒼志が出会ったことなど、それまで皆無であったからだ。 「いつも、遊んでばかりじゃない」 それはまるで遊び盛りの弟でも見つめるかのような、優しい、慈愛に満ちた笑みだった。 |
夕陽に隠れて、彼に落ちた闇は彼女には見えない。
こめんと |
ええ~。蒼志さんは緋蓮さんにまったく恋愛対象として見てもらえていません。かなり不憫です。そのうち彼が業を煮やして切れないか(切れたらただの八つ当たりですけどね)ものすごい心配です。自分が書いてるくせにね(笑)。 文字が薄いとのご指摘が多かったので、ほんのちょっとだけ文字色をいつもより濃くしてみました。まだ薄いでしょうか。できればこれ以上は濃くしたくないのですが…。ところで私、夏夜シリーズの続き…というか、終わりって書いてませんでしたっけ?すっかり最後まで書いたつもりなってました。ああ…。この続きとどっちを先に書こう。 ご意見ご感想お待ちしております_(c)ゆうひ_2006/01/13・16・19 |
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