+ とおいひのうた +
思い出すのは、薄紅色の花びらの嵐。 互いに最後に目にした姿は、あつらえたような満開の桜を背景に。 『プラントと地球で、戦争になるなんてことはないよ』 あの時は当たり前だった言葉が、今はこんなにも空しい。 「……アスラン……?」 「……キラ……!」 いつか来ると信じていたその瞬間は、桜の花ではなく、紅蓮の炎に包まれた中だった。 一瞬だったけれど、信じたくはなかったけれど、心の奥底が認めてしまった再会。 思考(アタマ)と感情(ココロ)で認めたくなかった事実は、しかし皮肉にも、互いが呼び合った名によって揺るぎないものとなってしまった。 『キラ・ヤマト』 『アスラン・ザラ』 互いの存在を揺るぎないものにするそのスペルは、その瞬間に二人の道を分けてしまった。 『プラント』と『地球』。 『コーディネイター』と『ナチュラル』。 双方に敷かれたレールは、果てしなく長く、いつ交わるのかも見えない。 ――人はただ 風の中を 迷いながら 歩きつづける―― 戦争が嫌だから、ヘリオポリスに来たはずだったのに。 今、自分はこうしてガンダムと呼ばれるMSに乗り、あれほど再会を望んでいた親友と向かい合っている。 キラは、ともすれば考えることを放棄しそうになる頭を、必死に立て直した。 疑うことも、もうできない。 自分のフルネームをあれほどはっきりと呼べるのは、コーディネイターには彼以外に考えられないから。 今、自分と対峙しているのは――。 「……アスラン」 呟いた名は、もうあの日のように気軽には呼べない名前。 そしてこの瞬間、否応なく彼らの進む道が決まる。 戦わなければならない――アスランと。 やり切れない思いに、キラは唇を引き結んだ。 ――いつか、再び会えるはずだとは思っていた。もちろん、もっと違った形で。 なのに――自分たちは今こうして、考えうる最悪の形で向かい合っている。 互いに、譲れないものを背負って。 キラは、拳を握りしめた。 ……もう、アスランと共に微笑み合うことはかなわない。 自分はこの手で、人を、それも彼の仲間を――。 『……キラ』 開かれた通信に、キラは弾かれたように顔を上げた。 「アスラン……」 『キラ、どうしてMSなんかに……どうして、ここにいるんだ!』 彼の言わんとするところが分かり、キラは目を伏せる。 そう。あの日桜の下で別れた理由は、その頃はまだ噂でしかなかった、戦争を避けるため。そのために、無二の親友である彼とすら別れて、キラはヘリオポリスに移り住んだ。 『――キラもその内、プラントに来るんだろ?』 アスランの言葉に、うなずきたかった。しかし、動きゆく時代の波は、確実にそれを阻んで。 第一世代のコーディネイターである自分の両親は、当然ナチュラル。コーディネイターの両親から生まれたアスランとは、似て非なる立場の自分。 プラントに行けば、周囲から浮いてしまうのは目に見えていた。 中立国のコロニーであるヘリオポリスならば、コーディネイターもナチュラルもない。少なくとも表向きは、そうやって過ごせる。 アスランとの別れは容れがたかったが、ヘリオポリスへの移住は、実際のところ悪い話ではなかった。 戦争は、嫌だったから。 自分はただ、友達と笑い合い、平穏に暮らせる、そんな場所にいたかったから。 そこにアスランがいないことだけが、心残りだったけれど。 まだ十三歳の子供に過ぎない自分たちに、取り巻く環境を変える力などありはしなかったから――。 だから、あの時は別れた。 いつか、また会える――根拠もなく、でも疑いもなく確信して。 ……でも、それがどうして。 僕は君と、こうして向かい合っているんだろう。 僕はただ、穏やかな時間があれば良かった。 教授から時々、プログラムの解析を頼まれたり、友達とふざけ合ったり、笑ったり。 そこに君がいればと、何度も思った。 けれど、君はプラントに行ったから。 それなら、それぞれの道を歩けばいいと思ってたんだ。 今は離れていても、いつかまた会える。 道は必ず、どこかに続くものだから。 いつか、僕と君、歩いて来た道はつながるはずだと、そう思ってた。 ――なのに。 別々の道を歩いて、いつの間にかたくさんのものを背負って。でもそれをすべて捨てなければ、君の隣は歩けないんだね。 でも、背負ったものは大きくて、大切で――。 裏切れないんだ。 ――ごめん、アスラン。 僕は、君を選べない――。 ――人はただ 風の中を 祈りながら 歩きつづける―― 戦争を終わらせるために、戦争に身を投じた。 矛盾すること甚だしいけれど、ただ待っているのはごめんだったから。 その結果が、これだ。 ――こんな再会、望んじゃいなかった。 モニターの映像のみが光源の薄暗い空間で、アスランはかすかに肩を落とした。 信じたくなどなかったのに、信じざるを得ない事実。 あれほどはっきりと、自分を呼ばれては――。 「……キラ」 彼の名を呼ぶ声は、あの時よりも幾分、低くなって大人びた。 彼の声は、あの時のままに聞こえるのに。 その彼と――自分は戦うのか。 ――キラとの再会は、もっと違った形で果たしたかった。 間違っても、こんな救いのない状況ではなく――何の屈託もなく、笑い合いたかった。 その時が、一日でも早く来ればと、願っていたのに。 『……アスラン』 不意に聞こえたキラの声に、アスランは意識をそちらに向ける。 『アスラン。――君がこんなところにいるなんて……思わなかった』 「……おまえこそ」 そう。アスランにしてみれば、キラの方こそこんなところで――それもMSなんかに乗っていることの方が驚きだ。 道で轢かれて死んでいた子猫にも、同情して泣きそうだった優しい彼が、さっきまで自分の戦友と激闘を演じたMSに乗っているなんて。 ――あの機体は、『ストライク』というコードネームだと……このMSのデータベースに、そうあった。 『Strike(攻撃する)』など……何と、彼に似つかわしくない名前だろう。 皮肉なのは現実の常。だがこれは、あまりにも悪趣味で。 運命などという言葉は信じちゃいないが、そんなものが実在するなら呪いたい気分だ。 ……あの日分かたれた道の途中で、あいつは何を得たんだろう。 俺たちは、こんな形で向かい合うために、別れたんじゃない。 平穏な時の中で、再び会いたかった。 ――ザフトでは、本当の意味で心を開ける相手など、望むべくもなく。 ここに君がいればと、何度も思った。 けれど、仮定なんかに意味はないから。 だから、それを現実のものにしたいと願った。 今は離れていても、いつかまた会える。 そのために、俺はこの混沌に身を投げた。 いつか、平穏を取り戻した世界で、また君と笑えるように。 ――なのに。 離れた道は平行線で、間違っても交わりはせず。無理に道を同じくするには、背負ったものが重過ぎる。 しかしそれは、打ち捨てるわけには行かなくて。何しろ、コーディネイターの命と誇りがかかってる。 捨てられないんだ。 ――すまない、キラ。 今の俺は、君の隣を歩けない――。 壊れたコロニーの中では風が渦巻き、キラの機体はまともに煽られて、宇宙空間へと放り出されようとしていた。 「キラ――!」 アスランの呼ぶ声も、伸ばそうとした手も、もう届かない。 吹き荒れる風は、両者を決定的なまでに引き離して。 もう――互いには届かない。 ――思い出すのは、紅蓮の炎よりあの日の桜。 君の声も、聞こえた風のざわめきも。 すべては、とおいひのうた。 ――END―― |
----+ はづき様よりあとがき +-----------------------------------------------
ものの見事にはまってしまったガンダムSEED。自分のサイトの更新もできてないのにパロ書いてる場合じゃないだろと一人ツッコミしつつ、気がつくと脳味噌と手が勝手に動いてました……(汗)。 第三話……辺り? こんなダメ文でも、読んで頂ければ幸いです。 |
------------------------------------------------------+ 感謝の言葉 +----
突然素敵小説が送られてきてもうびっくりです。そして感激大はしゃぎ。 アスランとキラ。双方の、互いを思いながらも自分たちの行く道を、選び取った路をしっかりと捉えている姿と、幼い頃の暖かな記憶の対比が切なく…。だからこそでしょうか。とてもきれいだと感じました。 レイアウトの方、あまり重くならないように桜色をイメージしてまとめてみたのですが…すみません。なんだかごちゃごちゃしてうるさいですね(汗)うう。こんな自分が歯痒く悔しいです(泣) はづき様、素敵な小説を本当にありがとうございましたです。 |
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