+ ムゲン +






 ――僕が暗闇を恐れてるのは いつか そのまま溶けてゆきそうだから――


 薄暗かったコクピットから顔を出して、キラは息をついた。
 ほとんどなし崩し的に、ストライクガンダムのパイロットとなってしまった自分。けれど、友人たちを守るためには、これに乗るしかなかったから。
 その力を手に入れたことは、幸運か不運か。
 キラは、今や地球連合軍の主力となったストライクガンダムを見上げた。
 これに関わって得たものは、友を守る力。
 そして失ったものは、平穏な日々と住み慣れた場所。
 砕け散る大地に、自分が今まで歩んで来た道さえもが、崩れたことを知ったから。
 もう、後戻りはできない道に踏み込んだのだ。
 そして――崩壊してゆくコロニーの中で確かに聞いた、忘れ得ぬ人の声。
(……アスラン)
 まさか、敵味方に分かれて再び見(まみ)えることになろうとは、夢にも思わなかった。
 もはやあの日のように、共に微笑うことも、並んで歩くこともできないのだと、言葉よりも雄弁に示されたあの瞬間。彼もまた、後戻りのできない道に踏み込んでいたのだと悟った。
 今度会う時は、嫌でも敵同士として、刃を交えるためだけに。
 それが、今の自分たちの立場だから。
 機体を見上げる紫暗の瞳が、暗く翳った。
(……戦うのが怖いっていったら、弱いと思われるのかな)
 いつ果てるとも知れない戦いは、まるで底なしの闇のよう。
 身を投じ続けていれば、その暗闇に捕らわれて、『キラ・ヤマト』という人格も輪郭も、溶かして消されてしまいそうで。
 本当に怖いのは、その暗黒。
 そしてその闇の大部分は、かつての友に刃を向ける後ろめたさからだと、キラは自覚していた。
(アスランと戦うのは……嫌だ)
 もちろん、他の人間と戦うのだって十分嫌だ。だが、彼の場合は次元が違う。
 彼が自分という存在を求め、また自分も彼の存在を求めていることが分かっているが故に。
 それでも、自分はここを去れないから。
 彼の隣には、いられないから。
 消去できないパラドックスが、また闇を広げていく。


 どんな小さな灯りでもいい。
 僕に、自分を保つチカラをください。




 ――僕が永遠を好まないのは 今日の 次にある明日を求めるから――


 格納庫の床に下り立ち、アスランは一瞬、息苦しいヘルメットを脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。
 自分自身で、地球軍から奪った機体。それを駆って、あの時に望まぬ再会を果たしたキラと戦っている。
 理想と現実のギャップの大きさに、自嘲めいた笑いが唇の端をよぎった。
 一旦噛み違った歯車は、どうやらとことんまで狂わなければならないらしい。
 ――だが、どこで狂ってしまったのだろう。
 考えれば考えるほど、思い浮かぶのはある一つの情景。
 桜の舞うあの日の、キラとの離別に遡る。
 ずっとつないでいた手だから、少しの間離していても、またすぐにつなぎ直せると思っていた。
 それが錯覚だったのだと、どうしてあの時気づけなかったのか。
(……キラ)
 まさか、こんな混沌の中で、こんな形で手を伸ばすことになるなんて。
 もう自分も彼も、あの日のようには笑えない。互いに現実を知り、戦う術を手に入れ、その手を血に染めた。
 未来を描いて空を見上げたのは、もう遠い昔のよう。
 それが、今の自分たちに与えられた現実。
 格納庫から見える暗い宇宙に、翡翠の瞳が細められる。
(いつまで続けられるんだろう。俺も、あいつも……)
 終わりの知れない戦いを体現したかのような、限りなき空間。
 その中でMSを駆り、互いに心の底に迷いを抱えたまま、得るもののない戦いを繰り返す。そんなことを、自分も彼も続けていかなければならない。
 先に限界を迎えるのは、自分か、彼か。
 ただ自分は、自ら戦いに身を投げたのだから、音を上げるつもりなどないのは確かだけれど。
(……それにしたって、キラと命のやり取りなんて、皮肉にもほどがある)
 他人の命を軽く見ているつもりはないが、彼は自分にとって唯一で特別だから。
 それはあの日に、改めて心に刻まれた思い。
 たとえ今、互いに譲れぬものを背負ってしまったとしても。
 狂った歯車のままでも、構いはしない。
 それが最後まで、回り続けるのならば。


 過ぎた時間は重ねて、前を向く力に変える。
 そうして、望む明日を掴み取れれば、それでいい。




 砲火飛び交う宇宙は無限。
 共に微笑ったあの日は夢幻。


 そして――夢現の戦いの中、今日も彼らは宇宙(そら)に舞う。


 ――END――







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 はづき様よりあとがき +-----------------------------------------------

あとがき…めいたモノ
 うたシリーズ(笑)、第二弾。元ネタはポルノグラフィティの『Mugen』より(まる分かり)。この曲好きです。かなり。もちろんSEEDのOP&EDは外せませんが(笑)。
 実はラスト三行を書きたいがためにここまで話を膨らませたというのは秘密(ばらしてどうする)。相変わらずの駄文攻勢、申し訳ないです。落ち着くまでおつき合いください←殴。

------------------------------------------------------+ 感謝の言葉 +----

 突然素敵小説が送られてきてもうびっくりです。そして感激大はしゃぎ2(笑)
 たとえ互いの路が食い違ってしまっても、回り出した歯車が最後まで回り続けるならば…。最後には望むべき未来に辿りつけるのならば。なんか戦争に狂わされ心が壊れていく感じがして切なかったです。そんな戦争の中で、キラの「どんな小さな灯りでもいい」という言葉がまた…。
 最後の3行。私、ああいう同じ読みで漢字の使い分けで意味を変える用法好きなのです。でも自分では上手くできなくて…。「ムゲン」という言葉がそれぞれすごく上手に使われてて素晴らしかったです(大尊敬)
 はづき様、素敵な小説を本当にありがとうございましたです。


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