+ 平和主義宣言 +






 世の中、知らない方がいいこともある。


 キラ・ヤマト(十六歳)は、このところとみに疲れていた。
 そりゃあもう、精神的にも身体的にも、というかぶっちゃけた話人生そのものに疲れていた。
 彼にしてみれば、戦争が嫌でヘリオポリスに移ったはずだったのに、実はヘリオポリスの中立は表向きで、裏じゃガンダムやら戦艦やら隠し持ち、さらにその裏の顔に起因したガンダム奪取作戦に巻き込まれ、なし崩しにパイロットに据えられ、挙句の果てには実は敵方だった親友に拉致られかけるわ、曲がりなりにも味方のはずのアルテミス士官からバッシングされるわ、もう彼的には不幸のどん底突き抜けて運勢下降一直線、という感じである。
 こんな状態で、少々やさぐれた気分になったとしても、誰にも責められまい。
 とはいえ、まだそれを表に出さない程度の自制心を保っている辺り、そこらの軍人よりよっぽど強靭な精神力の持ち主と言えよう。
 今日も今日とて、朝っぱらからストライクの整備に駆り出され、さっそく疲労感が押し寄せてくる。
 ……はぁぁぁ。
 マリアナ海溝なんざ目じゃない、深い深いため息をつきつつ、キラはちまちまとストライクのOSを修正していた。
「お、やってるな、ボウズ」
 色んなイミで何かと構ってくるフラガ大尉が、ひょっこりとコクピットを覗き込む。
 ……キラ無反応。
「……おーい? ボウズ〜?」
 ひらひらと眼前で手でも振ってやろうかと、コクピット内に身を乗り出した時、それは聞こえた。
「……ああもう、何か何もかも面倒くさくなってきたなぁ……ストライクのOSって、自動攻撃プログラム組めるほど余裕あったっけ?――ああいいや、イザとなったらアークエンジェルか向こうの戦艦のメインコンピュータハッキングしてプログラム組んじゃえばいいし……」
 …………何だか、聞いてはいけないモノを聞いてしまった気がする。
 てか、オマエ誰?
 周囲に人魂でも飛ばしてそうな陰鬱さで、ぶつぶつぶつぶつエンドレス、しかも初搭乗時のOS書き換え時とタメを張れる早口で呟きつつ、キーボードに何か恨みでもあるのかと訊きたくなるような勢いで指を叩きつけるキラに、フラガは無駄に爽やかな笑顔のままシステムフリーズ。
 ……だめだ逃げよう、ここは魔界だ。
 瞬時にそう判断を下し、コクピットから飛び離れた辺り、さすが歴戦のツワモノといえるだろう。
 二次災害を防ぐため、整備士たちにも『間違ってもストライクのコクピットには近づくな』ときっちり言い渡し、とりあえずフォローは忘れない、アークエンジェル一の気配り男ムウ・ラ・フラガ二十八歳。


 ――思えばこれは、噴火の前触れの火山性微動だったのかもしれない。


「前方より、熱源四!――イージス、デュエル、バスター、ブリッツ! 後方にナスカ級もいます!」
 パルの声に、マリューは指示を下す。
「大尉のゼロとストライク、出して!」
 もうすっかり慣れっこになってしまった警報に、ブリッジのスタンバイも手早い。もちろんパイロット二名も、スタンバイはOKなのだが……。
(……ボウズの奴、大丈夫だろうな……?)
 色んなイミで不安を抱えつつ、フラガを乗せたゼロはカタパルトよりロケットスタート。
 次いでカタパルトに送り出されたストライクには、エールストライク装備が施される。
「……キラ・ヤマト。――行きます」
 景気良いスタートには不似合いな疲れた声音に、ミリアリアの胸にはちらりと不安がよぎったが、それは一瞬のことだった。
 ストライクのモニターには、こちらに向かって来る四機のガンダムが映し出されている。
「……アスラン……」
「――キラ!」
 互いが射程圏内に入ると同時に、待ちかねた様子で、アスランからの通信が入る。
「キラ、いいかげんに目を覚ませ! おまえだって、僕たちと同じコーディネイターだろう!」
「アスラン……もうやめよう。僕は……もうこれ以上、戦いたくなんかない……!」
「キラ……」
 と、ここまでは完璧二人の世界だったのだが、悲しいかな、傍観者では満足できない人が約三名。
「ええい、アスラン! いつまで生ぬるい説得などやっている気だ!」
「さっさと落としちまえよ、こんな奴!」
「今度は、アルテミスの時みたいに逃がしませんよ!」
 イージスを押しのけて、デュエル、バスター、ブリッツが参戦。アルテミスの時の雪辱をと、撃って撃って撃ちまくる。
「うわっ、ちょっと……!」
 それでも何とかかわしたところへ、イザークが爆弾を投下した。
「逃げの一手か、臆病者がっ!」


 …………臨界点、突破。
 そりゃあもう盛大に、キラの堪忍袋の緒はブッちぎれた。
 心なしか何か切れたような音が聞こえたのも、あながち気のせいではないかもしれない。


「……ふ、ふふ……ははは……」
 イキナリ肩を震わせてくすくす笑い始めたキラに、ザフト組はモニター越しに顔を見合わせ、異変を察知したアスランが恐る恐る声をかける。
「……キラ? どうした?――具合でも悪いのか?」
 ややあってゆらぁりと顔を上げたキラは、薄笑いを刷いたまま口を開いた。


「……誰のせいだと思ってるのさ?」


 普段の、いかにも少年らしい少し高めの声からは想像もつかない、地の底から響くかのようなドスの効いた声音に、運悪くストライクと通信回線を開いていた者は残らず凍りついた。
「…………キ、キラ?」
 ひしひしと嫌ぁな予感を胸に抱きつつ、それでも根性振り絞って尋ねるアスランに、キラは暗い微笑みと共に言葉を継ぐ。
「そりゃあ疲れもするよね。ただでさえ人手足りなくて、パイロットに至っちゃ僕と大尉の二人だけっていうところに、毎回毎回MSは殺到するわ戦艦はくっついて来るわ。――大体僕は軍とは何の関係もない民間人だって言ってるのに、大抵の人がことごとく聞きゃしないし、その上拉致られかける落とされかけるわ、寿命削るようなサスペンスフルな戦闘に叩き込まれるしさ」
 その大部分においての原因であるアークエンジェルブリッジとザフト組は、キラの底知れず冷たい声音に、絶対零度の空間に放り込まれた気分になった。
 …………キラがキレた…………。
 重力もないのに、滝のごとくに血の気が引くのを、居合わせた全員が実感する。普段から程よくキレているザフト組に比べ、今まで抑えに抑えていたキラのブチ切れっぷりは、そりゃあもう想像を絶する凄まじさだった。
「……もしかして俺ら、地雷踏んだ?」
 ぽそっとディアッカが呟く。大体においてその通りだが、地雷よりももっとタチが悪いのは確実だ。
 何しろ、地雷の爆発は一回こっきりだが、キラの怒りはそんなもんじゃ収まらない。
 絶対に!!
 この時点でもう、キラ以外の全員が戦意喪失、むしろ一刻も早くこの場を立ち去りたくてたまらない心境だったのだが、最強……もとい最恐モードに入ったキラと彼の乗るストライクに背を向けるのは、今この場に限っては自殺行為だ。
 しかしそんな状況で、口を開いたチャレンジャーが一名。
「わ、分かった……今日はもう僕たちは帰るから、君も帰って休んだ方がいい。な?」
 さすがキラの旧友にしてザフトのエースパイロット、アスラン・ザラ。言ってることは限りなく弱腰だが、むしろこの状況でキラに話しかけられるその度胸を称えたい。
 それに対して返されたのは、無言のスマイル。
 ……にっっこりと全開のその笑顔の背後に、漆黒のブラックホールがぱっくり口を開けているように見えたのは、目の錯覚だろうか。
 いや錯覚に決まってる、というかぜひとも錯覚であってくれと切望するアスランに、キラは笑顔のまま口を開いた。
「そうしたいのはやまやまなんだよ。実のところ、僕もう精神的にも結構一杯一杯だしさ」
「そ、そうなのか……」
 引きつりつつも、キラのフルスマイルにつられて笑みを浮かべたアスランの顔は、しかし次の瞬間凍りついた。
「というわけで艦長、ストライカーパック射出してもらえますか?」
「…………キラ君?」
 と、こちらも引きつり笑顔のマリューに、キラは笑顔全開でのたまう。
「だって、今回はこれで終わっても、また出くわせば戦闘は確実でしょ? だったらいっそのこと、二、三機くらい落として稼働台数減れば、向こうにもこっちの苦労分かってもらえるかなって」
 ……今のキラに逆らってはいけない。逆らえばこっちが落とされる。
 そう確信したマリューは、速攻で指示を下した。
「ストライカーパック、射出して」
「……無理でもやるしかなさそうだな」
 マードック軍曹、もはや諦めの境地でため息一つ。
 マジで射出されたストライカーパックに、ザフト組は目を剥いた。
「ちょ、ちょっとキラっ!?」
「本気ですかっ!?」
 彼らがおたおたしている間に、ランチャーストライク装備に換装を済ませたキラは、にっこりと一言。
「大丈夫、コクピットには当てないから。ただ、動くと狙いが外れるから、動かないでくれると嬉しいな」
 ……コイツ本気だ!!
 今までのどんな戦闘よりも、より切実に命の危機を感じ、ザフト組は青ざめた。
 クルーゼ隊長、お願いですから帰還命令出してください。
 少年たちの思いが通じたか、はたまた通信を傍受していた故か、ヴェサリウスからの帰還命令が下されたのはその三十秒後だった。
「――アスラン逃げる気っ!?」
「いや、ほら、上官からの命令だから! っていうかキラも、帰って休んだ方がいい! 体調崩したりしたらいけないだろ?」
「そうですよ、それに今度出会っても、僕ら出撃拒否しますから!」
「てか、むしろもう会いたくねぇ……」
「……同感だ」
 遺伝子操作などという、もはや神の領域に片足突っ込んでる手段によって生まれた彼らだったが、その心境を一言で表すならまさに『触らぬ神に祟りなし』であった。
 この瞬間、ザフトの精鋭四人をまとめて恐怖のドン底へと叩き込んだキラが、ザフトの要注意人物リストの筆頭に名を記されたことは、ザフト軍内だけの秘密である。


「……『ぼーっとしてお人好し』はどこへ行った、アスラン・ザラ……?」
 伝聞と実物のあまりのギャップに、人知れずぽそりと呟くラウ・ル・クルーゼ二十八歳。


 ヴェサリウスに帰還したアスランから、事のあらましを聞き出したラクスは、ため息をついて一言。
「まあ……よほど疲れておられたんでしょうね。お気の毒に、キラ様……」
 ……いや、アレはただ疲れてたからとかいう次元じゃないだろう。そんな生易しい次元を軽々と飛び越えてるような気がして仕方がないのは、気のせいなのか?
 今日この時ほど生きて帰れたという実感を噛みしめたことは、未だかつてない。
 窓から見える星の瞬きに、遠い目を向け考えることは一つ。
(……俺、転属願書こうかな……)
 これから先も、またあんなダークネスなキラと対峙することもあり得ると考えると、色々なイミで心が痛い。
 黄昏るアスランを乗せて、ヴェサリウスは今日も星の海を行く。


 そしてここにも、黄昏たくなっている人が約一名。
 もはや絶対無敵な地球軍の守護神と化したキラ&ストライクと、彼によって盛大なトラウマを抱えてしまった自隊の精鋭たちから上申された転属願のことを考えると、むしろ自分の方こそこんな任務返上したいくらいだと頭を抱えたくなったクルーゼがいたりした。


 余談だが、アークエンジェルに帰還したキラに、すぐさま休息の時が与えられたのは言うまでもない。


 まったく、世の中には知らない方が幸せだと思えることが数多い。


――END――








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 はづき様よりあとがき +-----------------------------------------------

あとがきという名の言い訳

……すいません出来心です(脱兎)。
キレたキラ君を書きたかったんですが、UPする前に本編に先越されました。
私あくまでもキラ君至上主義ですので……(乾いた笑ひ)。
ご意見ご感想、どうぞメィルでご存分に(爆)。

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 はづき様、いつもいつも本当にありがとうございます!!(もう、こればっかり云ってますが、他に言葉が出てこないです)楽しい小説で心が癒されました。
 キラがすてきでしたvv切れた彼はかっこいいです〜(笑)
 いっそ彼にはこのまま本当にアークエンジェルとかとかをハックして頂きたいです。そしておたおたして血の気の引くみなさんを見たい(笑)
 普段、おとなしくてぽけっとしている人ほど、きれた時は恐いんですよ。クルーゼさん。
 素敵小説、本当にありがとうございました(ってか私、貰いすぎ?!)


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